AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と迷宮内反乱 その05



 最初に訪れた迷宮『生命の秘海』、その仕様がほんの少しだけ変わっていた。
 それはまだいい……この後に行く迷宮、それ以上に変化しているんだろうな。


「──ようやく深海区画まで来たな。まあ見ての通り、暗視や反響定位みたいなスキルが無いとちょっと難しいだろうな」

《私の場合は、聖気である程度周囲を探ることができますが……この場所はそれ以上に、動きづらいですね》

「深海圧だな。暗い場所から襲撃してくる魔物に、水の中かつ重圧が掛かった状態で対処しなければならない。遊び感覚でそのまま攻略しようとは、思えないわけだ」


 昔はそういう連中も居たのだが、その仕様に大人しく白旗を振った。
 ……何人か諦めない奴もいるが、彼らは丁重に対応しているぞ。


「深海になると、魔物も規格が普通のヤツとはだいぶ違っている。例えば、こんな風に」

『……何ですか、この異形は?』

「俺や先輩の世界では、こういうのが海の底にたくさん居たんだよ。海水圧に負けない形に適応したヤツがな」


 のっぺりとした魚型の魔物が、俺たちの目の前を通っていく。
 どうやら深海の魔物にまで、見つけ次第攻撃という指示は与えられていないようだ。

 そりゃあ深海の魔物は、そのどれもが7以上の強い個体ばかり。
 迷宮の権限を完全には持ち合わせていない反乱者では、動かせなかったのだろう。


「ああでも、アレはさすがにうちの世界には居なかったな……かなり危険だし」

『……スライムでは?』

「ああ、スライムだぞ。だが──アレを見てもそれを言えるか?」


 海の中だというにも関わらず、地上と変わらずポヨンポヨンと弾んだ移動をしていた葛餅や雫型のイメージがピッタリなスライム。

 ナシェクはその外見から油断してしまったようだが、そういうヤツは真っ先に死ぬ。
 魚型の魔物が一匹、そんなスライムを襲うべく突撃し──体を通過した。

 すぐにターンをして再度攻撃を……ということもなく、そのまま動きは停止する。
 その瞳はまさに死んだ魚のよう──というより、死んだ魚そのものだった。


『…………どういった理屈で?』

「スライムの体内だけ、水圧が違う。急激な変化に耐えられなかったら、それで死ぬ。もともとこの環境でしか生きられない存在だったからこそ、その程度で死ぬ。もちろん、適切な対応をしていたら問題無いんだがな」


 レベル、あるいはスペック自体が高ければ対処可能だ。 
 そのスライム──『深海粘体ディープマリンスライム』は、あくまで水圧を弄れるだけ。

 頑丈な体さえあれば、体の中に手を突っ込み核を破壊して倒すことができる。
 当然、人であれば武器を使い離れた場所から倒すことも……スライムは初見殺しだ。


「まあ、そういう場所だ。死んで慣れろ、と祈念者になら言えるような環境だが……これでも深海としてはまだまだ浅い方だ。もっと深い場所には、もっと強い個体ももっと悪辣な個体だって居るぞ」

『……ここは、蟲毒か何かでしょうか?』

ここは・・・違うな。とにかく、先へ行くぞ」


 ナシェクに深海を説明しながら、奥へ奥へと進んでいく。
 海底火山のような場所や、海溝のような場所などを通り下へ向かう。

 その間も魔物は出現するが、隠れ潜むスキルがきちんとやり過ごしていた。
 深海は光の届かない闇の領域、多くの魔物たちが視覚とは異なる感覚に秀でている。

 ゆえに光のある場所は限られており、ただ隠れるだけでは丸裸な場合もあった。
 そこはナシェクの協力を仰ぎ、氷で体温を下げたりしてどうにか突破している。

 ──そしてしばらくして、深奥へと辿り着いた。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 天使と悪魔の迷宮もそうだったが、基本的に最奥にはだいたい施設が用意されている。
 海の底にあるそこは、まさに煌びやかな宮殿で──竜宮城とも思えるだろう。


「ナシェク、ここからが本番だぞ」

『……ええ。この気配、間違いありません』


 高い知性を持つ魔物たちは、フェニ同様にある目的を持って配置された個体が多い。
 この迷宮の場合、深海を除く広大な海の統率を行ってもらうためだ。 


「ここに居るんだろう? 出てきてくれ」

「──ようこそ、『宮遇城』へ。お久しぶりでございます、メルス様……ええ、大変お久しぶりです」


 俺の声に応じ、宮殿の奥から現れた羽衣のような衣装に身を纏った女性。
 彼女こそ、この迷宮に住む海の管理者──『深淵人魚・天魔種』のローラだった。


「ローラ、何か言いたいことは?」

「……お会いしたかった、先ほどの言葉に嘘はございません。メルス様がお忙しいことは重々承知です……しかし、今回の話に乗ってしまいました」

「首謀者が居ると? うーん、それ自体は予想していたからいいんだけどな。じゃあ、俺が言いたいことも分かるか?」

「…………その聖なる槍は、私を突き刺すためのモノでしょうか?」


 多大なる勘違いをしているようなので、とりあえず槍を仕舞う。
 キョトンとした表情を浮かべる彼女に苦笑し、俺は手を前に差し出す。


「そうじゃない。むしろ逆だ……ローラ、俺と外へ少し出ようぜ。今回の騒動、お前たちといっしょに終わらせる」

「! よ、よろしいのでしょうか?」

「俺が決めたんだ、誰も逆らえんよ。それともローラ、お前は嫌か?」

「とんでもございません! メルス様のご命令とあらば、このローラ全力で務めさせていただきます!」


 俺の手を両手でギュッと握り締め、意を決した表情を浮かべるローラ。
 そうして一人目との交渉は、あっさりと終わるのだった。



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