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山田 武

偽善者と東の南釧 その05



 決闘場の中で現在、俺はミントの期待に応えるべく戦い続けていた。
 刀一本と隠し持った拳銃で挑むのは、先祖返りの人鬼の少女。

 ミントが期待しているのは、俺が彼女を救うという結果だろう。
 問題は彼女が生に執着しておらず、死にたがっているという点だ。


「符術の『指揮紙』を使われとるんか……」

「知ってるんだ」

「魔物、あるいは妖怪などに使う代物じゃきに。本来でありゃあ、人には通用などせんけども……」

「そう、わたしは別。死にたくても自分じゃ死ねない」


 視える者には見えてしまう、彼女を拘束するように編み込まれた術式。
 魔力体として仕込みまれた符が、体内から術式の命令を絶対順守するよう体を縛る。

 それはさながら、東洋版の隷属の首輪。
 対象が絞られている分、持ち主の自力が高ければ相応に高位の存在だろうと縛ることができるようになる。

 彼女の場合、魔核を持たないため抵抗する力が弱かったのだろう。
 それなりに優秀な陰陽師でも、縛れないような才覚を俺の眼が同時に視ていた。


「なら、なんとかしちゃる」

「やっぱり殺してくれるの?」

「いいや、殺さん。まあ見ちょれ、やれるだけやっちゃる気に」


 適当な口調がさらに雑になっているが、それを咎める者は居ない。
 相対する彼女も、些事など気にも留めずに金棒を担ぎ──切迫し、勢いよく振るった。


「──『昇竜ノボリリュウ』」

「む、硬い」

「単に武技を使ううつけとは違うんじゃ。それ、続けるぞ──『山割ヤマワリ』」


 まず下から上に放つ武技をなぞり、金棒の勢いを殺す。
 そのうえで、金棒を再度振られるよりも早く上から下へ武技をなぞって振るう。

 金棒を当てようとギリギリまで考えていたようだが、間に合わないと判断した少女は一度距離を取る。

 今までの相手ならこれを二、三度繰り返せば倒せていたが、今回はそうもいかない。
 一連の動きで彼女の殺る気スイッチが起動してしまったようで……気迫が変わった。


「凄い……もう少しなら、壊れなさそう」

「……『回流カイリュウ』」

「──“剛利鬼ゴウリキ”」

「重ッ……なんの、『堅気功ケンキコウ』じゃ!」


 鬼用の妖術、それが少女の用いた身体強化方法だった。
 人鬼の力が先祖返りするほどの適性の持ち主なら、その強化幅もかなりのものだ。

 ズシリと沈む体を支えるべく、体幹を気功でがっちりと堅めて攻撃の衝撃を受ける。
 そのうえで、事前に発動した“回流”をなぞり、金棒を受け流して少女へ仕向けた。

 遠心力などの物理法則を味方につけ、威力がやや増した金棒の一撃。
 少女はそれを──ただ顔面で受け、不動のまま立っていた。


「…………」

「……ダメか」

「いい。だから、本気を見せて」

「不味ッ!」


 最低限、手首だけを動かし再び金棒をこちらに振るう。
 だというのに、これまで以上に風を生み出す力強いスイングだった。

 すぐに“堅気功”を解除し、軽く跳躍。
 体は風圧に呑まれ、かなりの距離を取ることになる。


「──“妖化”」

「なっ……お前さん!」

「これで死ねるなら本望。最期ぐらい、やりたいようにやって死にたい」


 彼女の額に生えた角が、急激に伸びて反っていく。
 筋骨の密度は増し、血は駆け巡り、心臓は激しく脈打つ……鬼としての姿が顕在する。

 妖怪としての性質を強化する“妖化”なのだが、混血や先祖返りが使った場合はこのように本来の姿を取り戻すような効果を生む。

 だが、使い過ぎれば力に呑まれ、やがてはそのまま……体内に魔核に生成され、本当の魔の存在と成り果てるだろう。


「さて、どうしたもんかのぅ。ミント、お前さんの意見は……変わらんか」

『うん!』

「そうけぇ。まっ、やるだけやって、ダメならしかたなかと。死ぬより楽しいこと、教えちゃるきに──『居合イアイ』」

「上等」


 挑発に対する答えなのか、それとも俺の行いを褒めているのか。
 鬼化の影響か無表情だった彼女の口元が、笑みを(吊り上がっているけど)浮かべる。

 決着は一瞬で済む、俺たち……というか彼女の気迫に押されたのか、決闘場からはいっさいの音が鳴らなくなった。

 そして、そのときは唐突に。
 観客が手に持っていた物を、舞台に落としたその瞬間──動き出す。


「──ンッ!」

「──『抜刀バットウシン』」


 鬼の膂力を全力で活かして金棒を振るう少女に対し、俺は収めていた打ち刀を最適最速で引き抜くある一点を狙う。

 結果──俺は腹部に金棒を喰らい、尋常ではない速度で壁と激突していた。
 お互いがすれ違う、なんて展開は相手の動きを邪魔しないように攻撃しないと無理だ。

 彼女はその辺をしっかりと理解し、殺しに掛かってきた。
 それでも俺は彼女よりも先に刀を振るい終え、成すべきことを成し得ている。

 少女がゆっくりと俺の下へ近づいてきた。
 主催者側から見れば、それは勝利宣言のためだと思ったのだろう……静寂に支配されていたこの場に活気を取り戻さんと声を出す。


≪これは……勝負ありか!? さぁ、紅桜、敗北者に相応しい末路を──≫

「……して」

≪…………はっ?≫

「どうして、殺さなかったの?」


 はらりと彼女の足元に落ちた、二枚の紙。
 かつて一枚だったそれは、切れ目が分からないほど綺麗に切断されていた。

 俺が斬ったのは彼女に非ず。
 心臓を包み体内へ潜んでいた、彼女を縛る“指揮紙”の符そのもの。

 普通なら不可能に近いが、幸いなことに今回は条件が良かった。
 彼女が先祖返りで魔物ではないこと、そして彼女自身の体の頑強さが異様だったこと。

 結果として、『心』を籠めた“抜刀”は符のみを切り裂いた。
 彼女の肉体は異物を検知し、それを排除することができたわけだ。

 その代わり、俺は死にかけなわけだが。
 ミントも自分が頼んだことなので、彼女に怒ったりはしない…………だが、自分を責めて泣くのはやめてくれ。


「娘が、お前さんを救ってやれと……ごふ。応えてやるんが、いい父親ってもんじゃ……げほっ」

「…………」

「あとで会わせちゃる、じゃけん死ぬな……ぐぅ。お前さんの命、娘が貰っちゃる……。ふぅ、だいぶよくなった」

「……本当に、人族?」


 自分同様、凄まじい速度で体を治した……いや、直した俺に驚いたのだろう。
 まあ種も仕掛けも、スキルや武技もあるので気にしないでほしい。

 会場は再び唖然としているようだが、俺たちには関係のないこと。
 壁から這い出た俺は、体を動かして解しながら会話を続ける。


「これを使わんで済んでよかったわい。こっちじゃ加減はできんけんのぅ」

「……まだ戦えるの?」

「いーや、死にたがりと闘うのはもうごめんじゃい。じゃけんど、いい場所を教えちゃる気に、そこで何かを見つけるとよか──夜まで待っちょる、お友達と・・・・来りゃ良かと」


 紙を一枚、乱雑に放った。
 それを彼女が受け取ったのを確認し、ミントが俺に触れる。

 ──俺の姿は、この場の誰からも認識できなくなったことを確認し、その足で決闘場から出ていくのだった。



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