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山田 武

偽善者と魔王城潜入 その07



 虚声の眠る地──第五層。
 その奥に存在する大広間に、今再び灯りが燈っていく。

 挑むのは俺こと死霊術師ガイスト(仮)、そして【魔王】四天王が一柱『回廊』。
 ついでに大量に揃えているアンデッドたちと共に、この地を生み出した原因へ挑む。


《……なるほど、アレですか》


 この迷宮は核によって構築された物でも、ましてや自然環境が作った物でもない。
 封印されるほど強大な存在、その個体から漏れ出る魔力に侵されて生成された物。

 声や空気の阻害効果も、そのエネルギーを浴びて迷宮と化したため。
 今なお何らかの束縛を受けているソレを視ながら、俺は感嘆の意を唱える。


《個体名は『息生消静[ブレスエット]』、それにしてもアレは……宝玉ですか?》


 最奥で待つそれは、間違いなく無機物だ。
 内部で術式が魔法陣として刻まれているそれは、魔道具であっただろう一品。

 だが、鑑定スキルを使わずとも誰の目にも分かってしまうその名称の法則。
 まさしくそれは、彼の存在が魔物として一個体として証明されている証だった。


《き、聞いた話によると、もともとはある研究の産物だったようです。ですが、その実験は失敗、周囲の街を滅ぼしての大惨事。そのため、影響の無い地面に埋めて封印したのですが……》

《迷宮と化した、というわけですか。ああ、道理でアンデッドたちに残留思念が残っていたわけですね》

《ひぃ!? わ、分かるのですか!?》


 今の俺は縛り中に得た、思念感知や霊感スキルを持ち合わせているからな。
 死霊術師の中には持っていない者も居るらしいが、それは良いのか悪いのか。

 元は迷宮ではない、にも拘らずアンデッドたちが蔓延っていた理由。
 それは[ブレスエット]の生み出す環境に適合するのが、アンデッドだったから。

 迷宮に非ずとも、迷宮である以上環境に合わせた魔物が自然に生み出される。
 だが、枯渇していたんだろうな……ゆえに必要な魔物は他所から取り寄せた。

 かつて[ブレスエット]に殺された、多くの人々……悪い意味ではあるが、それでも明確な縁を持つ彼らの尊い犠牲によって、迷宮としてこの地は完成したのだ。


《いずれにせよ、私たちは命を果たすのみです。『回廊』様、封印を解除するためのモノはお持ちですよね?》

《は、はい》

《彼の存在を解き放つために、どういった条件が必要ですか? それは、この場からでも可能なものですか?》

《い、いいえ……この魔石を、直接触れさせなければなりません。中には、封印を解く専用の術式が刻まれています》


 ふむ、もし近づいたら終わりな相手だったら致命的な条件だな。
 これを『回廊』にやらせるのは……ああ、転移で距離を縮められるからか?

 ……だが、まだ認識が甘いだろう。
 相手が封印を解かれることを望み、何もしてこないならまだいいが、無機物であるがゆえにその辺りを期待はできないはずだ。


《よろしければその任、私にお任せしてはいかがでしょうか?》

《…………》

《アンデッドに運ばせるだけですよ──そんな目をしないでください》


 こちらを見るその目は、光を失った純黒とも呼べるもの。
 これは……アレだな、テメェ如きにやらせるわけねぇだろ、的なヤツだ。


《近づいた際のリスクは、『回廊』様も理解しているはずです。何より、この任は私も共に請け負っております……問題が生じるよりかは、お任せいただけた方が良いかと愚考いたしますが》

《……分かり、ました》

《ありがとうございます。それでは、魔石をそちらのスケルトンにお渡しください》


 スッと渡された魔石を受け取ると、俺の指示でスケルトンは[ブレスエット]の下へ。
 特に何も無く、魔石は術式へ干渉──スケルトンが突然瓦解する。


《ッ……!?》

《接続が遮断されました。有線……ああ、常に魔力を繋げていたのですが、それすら断たれましたね。なるほど、では別の方法で操るとしましょう》


 封印から解放された[ブレスエット]は、己の魔力によって宙に浮いていた。
 何をするかはさっぱりだが、最悪再び地上に出てかつてと同じことを行うだろう。

 封印を解いた目的が同族の殺処分ならまだしも、人族への利用なら本末転倒だ。
 同族を守るために同族を殺していたら、それこそ過去への侮辱でしかない。

 アンデッドたちを再び向かわせる。
 今度は一定量の魔力を供給しておき、遮断されてもしばらくは動けるようにした……のだが、数秒後には崩れ去ってしまう。


《空気は消されているのではなく、吸われている? であれば、空気も消滅しているのではなく減衰している…………そうか、そういうことですか》

《な、何か分かったんですか!?》

《『息生消鎮[ブレスエット]』、その能力は──空気吸引です》


  ◆   □   ◆   □   ◆

 かつて、『魔法士殺し』というプロジェクトが発足していた。
 さまざまなアプローチによって、敵の魔法使いを無力化するという目的だ。

 思いつかれた手段の中に、詠唱という魔法発動手段を封じる考えがあった。
 無詠唱ができる超一流の者ではない、それ以下の魔法士の数を減らすという方法。

 風魔法の中には、“静寂サイレント”という沈黙の空間を生み出す魔法が存在する。
 それを利用し、敵対者のみが魔法を使えない環境を生み出すという形に纏まった。

 ──結論から言おう、それは成功する。
 一定領域における、魔法の発動がほぼ完全な形で封殺されたからだ。

 ただし、“静寂”が空気の流れを抑える形で発動するのに対し、ソレは空気を辺りから奪い取る形で声を封じていた。

 その誕生に、悪意は無かったのだろう。
 あるいは、敵の殺害を目的としているのだから、生まれる前から悪意によって生まれたとも言えるのかもしれない。

 だが、そのたった一度の起動にそうした悪意は関わっていない。
 それでも、悲劇は──[ブレスエット]の始まりは訪れるのだった。



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