AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と霧の都市 その28



 途絶した間に、どれだけの時が経過したのだろうか……。
 一時的にとはいえ、完全に何も考えることのできない状況に陥っていた。

 なので、周囲がどうなっているのかを認識できていない。
 そのため、視覚を使わずとも分かる、それ以外の五感が異常を訴えていた。


「温かく柔らかい感触、息漏れ、そしていい匂い……ここは天国でしょうか?」

「──ここで君を落とさないのは、頑張った君へのせめてものご褒美だよ。分かっていてそれを言うのは、むしろそうして欲しかった
ということなのかな?」

「……お姉さん、僕とは反対側に誰かいる気がします」

「正解。いつの間にやら、君といっしょのことがしたかったみたいでね。こうして膝枕をされに来ていたよ」


 まだ目は開けていない。
 なんというか、それをした途端にすべてが終わる気がしたから……代わりに感知をした結果、膝を挟んでそこには──精霊が居た。

 ただし、これまで感じられていた強大な反応は嘘のように消え、衰弱するように弱々しくなっている。

 それは今なお進行しており、やがては消滅してしまうだろう。
 ……そうなる前に、やらなければならないことがある。


「お姉さん、精霊に──これを」

「等身大の人形……どういった効果があるのかな?」

「精神体や星辰体に肉体を与えることができる魔道具ですね。お姉さんは、これでどうにかなると思いますか?」

「……原因は剥離による存在の風化さ。どうにかジャック・ザ・リッパーとしての核は取り除いたが、急激な弱体化に体の方が耐えられなかったようでね」


 彼女がそれから精霊を説得し、なんだかんだで受肉することになった。
 だいぶ時間が掛かるだろうが……そこは、彼女に任せることにしよう。


「──もう、いいんじゃないかな?」

「……何がですか?」

「依頼は終わった。精霊は君によって、生を繋ぐことができた……これは立派な救済と言えよう。そして、君は僕のことを先生ではなくお姉さんと呼ぶようになった。意思表明なのだろう? だから目を開けない」

「……見たくなかったんです──お姉さんがそんな風に、悲しそうにしてくれているのが分かってしまうから」


 従来の魔本と違うこの世界が、どうなるかに確証は持てない。
 確実ではないとはいえ、別れの時だ……それは彼女も理解している。

 彼女の中で、少なからず俺が居なくなることを悲しんでくれているのだろう。
 だが、偽善者としてあまり涙というものは見たくなかったのだ。

 開いた視界に映った彼女は、涙を流してはいなかった。
 だが、その跡も充血したと思われるやや赤くなった目も……俺の心を重くする。


「君はよくやったよ。自己満足、それでいいじゃないか。間違いないく、君こそがこの事件の立役者だ。そう誰かに仕組まれたからではなく、ボクや他の者たちを動かしたこと。誇っていい、ボクは君に感謝している」

「……でも、それ以上に反感を買ったと思いますが」

「それはボクも同罪だから構わないさ。それより君の気にしていることは……そうだね、信頼ができないことかな?」

「っ……! 分かり、ますか?」


 驚く俺に、探偵だからねと答える彼女は、少しだけ笑みを浮かべた後、真剣な顔へ。


「信用はしてくれている。実績が、その証明だからね。だけど、信頼は心の問題だ……自分には無理だ。そう思う君には、未来への期待は難しいだろうね」

「どうすれば、良かったんですか。信じようと思ったら、すぐにそれができる……そんなことはありませんでした。何度言われても、何度やってみても……心のどこかで、否定的な部分があるんです」

「ボクは探偵であって、心理カウンセラーでは無いんだけどね。うん、信じられないというのは仕方がないことさ。そして、信じ続けるというのも正しい。ただ、君には向いていなかっただけさ」

「……何かあるんですか? 僕みたいに卑屈な人間でも、誰かを信じられるようになる方法が」


 自分で言っていて、余計に気が沈む。
 まあ、主人公だ凡人だと言っているのは、俺の根幹がどこまで行こうと下から上を仰ぎ見ることしかできないヤツだからだろう。

 そんな風に考えることすらも、探偵の推察にはお見通しなようで。


「下からの……弱者から視点も、決して悪いモノじゃない。君がすべきことは一つ、ただ貫くだけでいい。猜疑心を抱え、それでも偽善を。信じられないという君の弱さを、信じていればいいんだ」

「えっと、どういうことですか?」

「君を信じられないなら、それは信じられるということ。自分を信じられるなら、それもまた信じられるということ。どうだい、これなら簡単だろう?」

「まあ、それなら……でも、根本的な解決に至っていない気がします」


 解決していないと言えば、この世界そのものであるクエストもそうだな、と考える。


「──意識を切り替えたね。おそらくクエストという依頼のことだろうけど、精霊が目覚めるまでは終わらないと思うよ。だから、もう少しだけ話に付き合ってもらうよ」

「あはは……分かりました」


 ここまで読まれると、もう乾いた笑いしか出てこないや。
 けど、俺でもできる的確なアドバイスだと思えた……俺も少しは変われるかな?



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