AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と渡航イベント中篇 その16



 結論から言えば、彼女たちはやる気を出したし俺もいちおう許された。
 仮釈放だのなんだの言われたが、そもそも無実だから関係ない。

 勝てば有名なランカー(らしい)カナを味方にできるので、考えてみれば何も悪いことではないとのこと……ならいったい、どうして俺は捕縛されたのやら。


「しかしまあ、上手く潰せたもんだ。これもひとえに、怪盗様の活躍があったからかな」


 PKたちの根城だった船に潜入して、情報収集をしてもらったからな。
 まあ、彼女の望みである【強欲】の適性度向上に繋がるかは……正直微妙だが。

 第一、俺に【強欲】を制御できるだけの適性が無いので何を教えられるのか。
 ただの凡人の小さな小さな欲望など、一つとして適性値を満たせていないのだよ。


「さて、今はまた素材集めか……勝負するからには、本格的に船の強化をしないといけないからな」


 カナは船ではなく従魔のコンディション次第だが、俺たちは船にちゃんと乗るのだ。
 すでに[シーノウン]が封じていた海は解放され、レースがスタートしている。

 イベント期間中ならいつスタートしてもいいのだが、速くても損は無い。
 中継地点のように存在する小島で、速ければいろいろなアイテムが回収できるのだ。


「って、ナックルが自由民から聞いてくれていたんだよな。うちはそういうアイテムが無くても速いって自信があるヤツばっかりだから、最後ら辺に行くってことになったけど」


 なので早々に出てそういったアイテムの力で加速するか、最終日近くに出て万全の態勢で挑むのか……それはクラン次第である。

 天気などもスキルで分かるので、自分たちにとって最高の日を選ぶのだ。
 邪魔をするPKの力も減衰しているし、純粋なライバル以外の邪魔も入らないだろう。


 閑話休題トモとかくやつ


 俺は街の中を徘徊している。
 自由民も悩まされていた[シーノウン]が討伐され、街の活気も高まっている……のだが、まだまだ問題は存在した。

 もともと地上のフィールドに配置されていたユニーク種、そして[アズルジャア]。
 祈念者が解決しなければならないことが、今なお残っている。


「まあ、ゴールしてもこっちには戻ってこれるし、船旅もできるんだけども。このイベントエリア、また来れるんだろうか?」


 俺は次元魔法で強行突破することもできるが、普通の祈念者には難しいだろう。
 レイドラリーイベントのように、どこかに入り口ができるならまだしもな……。


「しかしまあ、俺だけ全然やることが無い。ユニーク種の討伐は譲りたいし、船の改造は自分たちでやるって言われたし……何をしていればいいのやら」


 人に任せていたら、自分のやるべきことを失ってしまった……ただそれだけだ。
 特にやることもないので、面白い物が無いか調べていた。


「……ふーん、釣りか」


 そんな中見つけたのは釣具屋。
 レンタルもしているようだが、今の祈念者は船の方に忙しいので誰一人として寄ってはいなかった。

 俺もそこに寄る気はない。
 わざわざレンタルせずとも、すでに自前の釣り竿を持っているからだ。


「スローライフとかだと、釣りもするもんなのかな? まあ、せっかくだからやってみるとしよう」


 まずは“空間収納ボックス”を使い、眷属と遊ぶために作っていた釣り具を準備する。
 竿とルアー、そしてリールなどをしっかりと繋げて船着き場へ向かう。

 祈念者が大量に船を並べ、動かしたりしている区画が多いが、自由民専用のスペースなどもあるのでそちらなら釣りもできる。

 現に[シーノウン]が居なくなった影響で魚が来たのか、それを釣るために釣り師たちが挙って釣りをしていた。


「経験はさっぱりなんだが……まあ、彼らを見ていればなんとかなるか」


 釣りスキルは持っていなかったが、釣り竿にスキルをレベル1状態で付与してある。
 俺は生産神の加護持ちの一流職人なので、上級の釣術スキルなんだけどな。

 スキルの補正に任せて、勢いよく竿をしならせてルアーを海に抛る。
 あとは待つだけ、そのうち魚か魔物がヒットするだろう。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「──ねぇ、ねぇ、そこの人」


 体を揺らされ、ふと意識を取り戻す。
 あまり釣れなかったので、ヒットするか周囲に変化が起きたら覚醒するように設定し、リープたちの居る心象世界に行っていた。

 そこで彼女たちと話し、溜めていた問題などの解決策を考えていたのだが……どうやら外部からの干渉という条件を満たして、強制的に意識が引き戻されたようだ。


「ん? ああ、あまりに釣れなかったからつい寝ていた。悪いな……お嬢さん?」

「疑問形じゃなくてもお嬢さんです。ねぇ、貴方はプレイヤーでしょ? どうしてこんな所で釣りをしているの?」


 俺を起こしたのは、これまた上手くその姿が認識できない不思議な少女だった。
 女の子、ということは分かるのにそれ以外の特徴がなぜか捉えられないのだ。

 とはいえ、怪しいからと言って会話をしないという選択肢はない。
 俺としても、暇な釣りをしている間の話し相手を求めていたし。


「俺はとあるクランの下っ端なんだがな。あまりに周りが優秀過ぎて、やることが無いんだよ。手伝おうにも必要ないって言われて、やることも無くて彷徨っていたら……釣具屋があったから釣りをしているのさ」

「まあ、そういうことだったのね。ワタシはそんな経験ないんだけど、似たような理由でここに来たの」

「どんな理由なんだ?」

「逆なの。やることが多すぎて、なのにみんな頑張らなくていいって。ワタシはやるべきことにだけ専念してほしいって……その気持ちは嬉しいのだけれど、いっしょに参加したかったのよ」


 抽象的で全部は理解できなかったが、要は省かれたということだろう。
 俺も似たようなことを思ったな……そう考えると、さらに興味が湧いてきたな。


「なあお嬢さん、今は暇か?」

「ええ、さっき言った通り」

「なら、俺と釣りなんてどうだ? 退屈で仕方ない、そんな時間を無意味に使い潰す素晴らしい遊びだぞ」

「まあ素敵。なら、いっしょに楽しみましょう。えっと……」


 ああ、名前をまだ言ってなかった。
 けどまあ、せっかくなので立場なんて気にしなくていい感じに──


「俺のことは好きに呼んでくれ。俺はお前のことをお嬢さんと呼ぶからさ」

「あなたがお嬢さんなら、ワタシはお父さんかしら?」

「……なぜ? というか、俺はお前のパパになる気は無いから止めてくれ」

「そう、ならお兄さんにしましょう。少しの間だけよろしくね、お兄さん」


 彼女に釣り具を渡して、二人でルアーを海に投げる。
 ついでに折り畳み式の椅子を彼女に渡し、ただただボーっと海を眺めるのだった。



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