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山田 武

偽善者と飽くなき徒労 その15



 転移による攻撃は消耗が激しい。
 入れ替える座標を剣に限定することで抑えているが、それでも膨大な量の魔力は一気に減っていく。

 思いのほか戦闘能力が高い……というか、異様なほど防御技術が高かったため、なかなか隙を突けずにいる。

 まるで死角を見る目があるように、ことごとく攻撃が防がれるのだ。
 ……まあ、それのネタはなんとなく分かるのだが、対策が無い以上ゴリ押ししかない。


「物理と魔力を無効化する盾か……なかなかに厄介だな。それに、長持ちし過ぎでは?」

「才能の差だろう」

「大方、防御に関する能力に限り、補正でも掛かっているのだろう。それにしても……」

「ハッ! 貴様、先ほどから集中できていないのでは? 隙が多くなっているぞ!」


 少しずつ飢えが意識にチラつきだす。
 渇望しているのだ、目の前にいる存在を喰らい尽くしたいと。

 ただ食べていないのではない。
 好きな物を食べられるようになり、さまざまなモノを喰らってきたうえで、お預けをくらっている……なるほど、そういうことか。

 展開していた無数の剣を解除し、ダラリと力を抜く。
 突然動きを止めた俺に警戒し──それでも盾を構えて突っ込んでくる。


「──ガフッ!」

「なんのつもりだ!」


 俺はその攻撃を、受け止めた。
 衝撃に耐えることができなかったので、弾き飛ばされたわけだが……うん、再生系のスキルは最初から使えないので体は癒えない。

 体を治すためには、新陳代謝を高めて自然治癒に頼るしかないのだ。
 しかしそれでは、激しくエネルギーを──満腹度を消耗するわけで。


「──“剣器創造クリエイトソード”」

「はっ、今度はどんな玩具を──ッ!?」

「これまでの物とは違うと思え。油断をすれば、それだけで死ぬぞ──『喰牙剣ファングラトン』」


 ただ魔法で剣を創り上げるのではなく、脳裏で俺を駆り立てる衝動に手伝わせた。
 短く鋭い、獣の歯や牙といった器官を模した刃が俺の両手に握られている。

 故にこの剣は【暴食】とリンクしており、喰らったモノを勝手に扱う。
 それがどういったものか……まあ、今は飢えているからそういうことだろうな。


「だ、だが、リーチの短いその短剣ならば、相応の戦い方をすればいい」

「やってみろよ」


 俺はただ立っているだけでいい。
 その場で牙の一本を振るい、もう片方を前に押し出すだけ。


「──な、なぜだ……」

「子の牙は望むモノを喰らう。どうやら、今は空間をご所望だったようだ……ああ、貴様の肉もな」

「ごほっ……」


 一本目の軌跡は裂け目となり、そこから突如としてゲンブが現れる。
 前に突き出していた牙は、自然と奴の体に溶け込むように入っていく。

 盾にいろいろと仕込んでいたようだが、俺には戦う意志が無かった。
 そして、危険を察知しようにもあまりに一瞬過ぎた……それゆえに起きた事象だ。


「嗚呼! ナニカが満たされる、これこそが食事の本懐だ。いいなぁ、この味……やっぱり神族の力が混じってやがる」

「…………」

「原因はこれか? ……盾神、防御性能の強化と一度限りの自動完全防御。そして無数の上級神による、その回数無限化。ハッ、ずいぶんとつまんない絡繰りだったぜ」

「──ッ!?」


 メインの加護を中心に、他の神の加護の効果をいっさい無くし、その恩恵をすべて盾神の加護に集中させていた。

 計画的なやり口だ。
 そもそも神々が祝福を与えるのは、自分の祝福でいい結果を出させることで、感謝や畏敬の念などを回収するためである。

 しかしこのやり方では、まったくと言っていいほどにサブの加護が活躍していない。
 ……というよりも、今の時代でそこまで多様な加護を貰っていること自体が異常だ。


「スポンサーはただの名無しの神だけじゃなく、もっと上だったわけだ……」

「何を言っている」

「傷も癒えたか? さすがは魔人、そして魔獣ゲンブ。体を千切って不再生を突破するとはな……なるほど、タイプを別にしたのか」

「だから、何を言っているのだ!」


 肉を喰らった【暴食】は、意外にも俺へとゲンブの情報を提供してくれた。
 まだ知らない蛇の部分、そして目の前で見ている亀の部分がどういう繋がりかを。


「貴様が知ってどうするんだ? 俺様に喰われるんだ、そろそろ解放しろよ」

「…………貴様、なぜそれを」

「だから、貴様が知ってどうするんだ? そろそろまた飢えてきたんだ。今度はもっと、上等な部位を貰うぞ」

「ッ──“反物防盾アタックリフレクト”、“反魔防盾マジックリフレクト”!」


 先ほどまでの無効化ではなく、攻撃の反射へ切り替えた様子。
 どうやらそれでも、もう一人を出す気は無いようだ……それならそれでいいけど。

 何をしてむ無駄だと言ってやりたいが……語るよりも、行動で見せた方がいいか。


「今度は先に、盾を貰おうか」

「ぎゃぁあああ!」


 必死の形相で盾を構えるゲンブ。
 俺が牙を振るうタイミングから、攻撃をどうにかするつもりなのかもしれない。

 だが、無駄であろう。
 そもそもその動きは、牙が食べたいモノを喰らうこととはまったく関係ないのだから。

 いつの間にかゲンブの姿は、俺が下げていた牙のすぐ横に。
 あとは意識して牙を振るうだけでいい、自動的に盾から牙に吸い込まれる。


「ぎゃああ……って。なるほど、生体武具の一種だったか。加護で性能が強化されていることに加え、それ自体も神器と化すレベルの強化。うん、飢えが満たされる」

「ぐほっ、い、痛い……なんでだ、なぜこんなことになった!」

「知らねぇ。俺様は食べたい、だから食べただけ。この世は弱肉強食……いや、正しくは万物共食オール・イズ・フード。食べたいと思えば、なんだって食べられるよな。そして今回、貴様は俺様の糧になった……それだけだ」


 空腹も満腹も、関係なかったのだ。
 何かを渇望する──足りないモノを補い、繕い、埋め合わせる。

 少なくとも本来の意味とは違うだろう。
 そして何より、ローペの求めた結論とも、名も知らぬ神が告げた神託とも違っている。

 だがこれでいい、俺とはそういうもの。
 正統派主人公のように望まれた未来を行くわけでも、悪役系主人公のように我道を貫くわけでもない。

 のらりくらり、なんだかんだと言いながら道に迷い、いつの間にか辿り着く。
 なんとなく、急に意識できた──うん、食べたい物があるなって。


「だからこそ食うんだ。いただきますって、ごちそうさまって偽善の感謝を籠めてさ。俺様が全部喰った、だからさっさと死んでくれと伝えるために」

「ふ、ふざけるな! そんなことのために、私の計画を──!」

「だから、食べるってそういうことだろ? つまりさ、【暴食】ってのはその極み。全部に感謝して、全部を食べる。人よりも食べたいならたくさん食べて、その分感謝すればいい──ほら、これで充分だ」


 どこかで呆れた声が聞こえてきた気もするが、それでいいのだ。
 手を合わせ、目を瞑る……足音が近づいてくるが、それでも念じる。

 どうかこの食事が、何かをより良くしてくれると信じて。


「──いただきます」


 そして、音は消える。
 皿に乗った料理は、奇麗に平らげるのがマナーだからな。



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