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山田 武

偽善者と輪魂穢廻 その05



「……っく、ひっぐ……」

《…………》

「…………」


 どうしてこうなってしまったのだろう。
 とか弁解する必要もなく、現状は間違いなく俺のせいだ。

 褐色少女は体を丸め、掠れ声で涙を流す。
 眷属たちはなんだか悪者を見ているような感情を籠めてくるし、嘘泣きではないガチ泣きだと周りを見ない籠もり方で理解できる。

 俺はゲームに勝って、人として負けた……ただそれだけのこと。
 やり過ぎだった、容赦なく目玉を貫くとは思われていなかったようだ。


「ああ、その……なんだ。とりあえず──」

「ひっ!」

「……不味いなこりゃあ」

《どうするのかな、メルス。もう警戒心全開ですって感じだよね》


 相手の精神状態を読むことにも長けた、聖武具に宿る意思からそんな声が入る。
 少女──『輪魂穢廻』の精神状態が乱れている、そう聖武具のスキルも告げていた。


《それでもゲームは成立したし、(誓約正規)はちゃんと発動したよ。だから、勝者の権限で縛ることもできるけど……どうする?》

「完ッ全に鬼畜になるじゃん。でもとりあえず、これで殺されることはないな」

《それはどうかな? メルスの要求次第で、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないんじゃないの?》

「うー、言い方が問題になるな」


 ちょうどクーが手伝ってくれているので、交渉時にも使った(直観認識)や(直感認識)を用いて考える。

 泣いている間に付け込むという手もあるのだが……偽善は善意を押し付けるのだ。
 鬼畜っぽいこの行動は、悪意にならないだろうか? ということで、それは無し。


「──“魂魄書換ソウルリライト”」


 本来は人格を弄るための魔法だが、精神魔法ではなく今回はこちらを応用することで、精神を強引に調整することにした。

 俺を殺す云々の意図が分からないので、無理のない形で命令を刻んでおく。
 まあ、そこは簡単に『理由なく殺すな』という感じだけど。

 そして、その精神よりも深く根源に近い魂魄を弄られたことで、反射的に涙を止めて再起動する『輪魂穢廻』。

 精神魔法ではなくこちらを使ったのは、この反応を求めていたからだ。


「──ッ!」

「おっ、起きたみたいだな。それじゃあ、勝者の権限を使わせてもらいたいんだが」

「……死ぃ──ッ!?」

「さっき封じた。少なくとも敗者として、俺の命令を実行するまでは元には戻さないぞ」


 複製体を生みだそうとしたようだが、魂魄に書き込まれた命令には逆らえない。
 しかも、元には戻すのも困難なため、ただ泣き寝入りをするしかなくなる。

 強引にやれば振り払うこともできるが、根源からの意識に背くにはかなりの意志の強さが無ければ不可能だ……そして、最悪二度と戻れない廃人と化すリスクも。


「うぅ……理解」

「そっか。なら、勝者としての命令だ──お前を俺の所有物にする。お前に関する権利はすべて俺のもの、必要に応じてそれを返してやる。勝手に死ぬことも、逃げることも許しはしない……あと、俺の眷属になれ」

「…………否て──。──ッ!?」

「肯定するまで声が出ないだけだ。勝者の命令は絶対、それに逆らおうとしているのにその程度で済んでいるんだ。さらに粘れば、相応のペナルティが生じると思って考えろ」


 本能のままに生きていた悪徳の塊に、何を言っているんだとか言われそうだな。
 ただ、だいぶ知性も得ているし、研究班による不正術式の書き込みも済んでいる。

 要は会話ができている時点で、もうかなり成長しているのだ。
 なので、しばらく考えた『輪魂穢廻』は、不承不承ながらに首を縦に振った。


「そうか。じゃあ、名前をやろう。いつまでも長い名前ってのもな」

「……名前」

「新たな名で、お前は生まれ変わる。ただ澱みを揺蕩うのは止めて、これからは自分の意思で生きろよ──『綸嘉リンカ』」


 もちろん、『輪廻転生リンカーネーション』から取っての名前だ……いや、雑とか言わないでほしい。
 大切なのは、ここで“魂魄書換”の上位版である“魂魄改変ソウルハック”を発動した点だ。

 名を刻み込み、眷属の刻んだ術式の影響を可能な限り削ぎ落す。
 例の“感情共有”問題に備え、予め策をこうしておく……その演習代わりだな。


「……リンカ?」

「まずはお前に名乗る権利をやろう。以降は俺の眷属、リンカとして生きるんだな」

「……不承、了解」

「ならばよし、ついでに眷属として振る舞う権利もやるよ──“眷属化”」


 望んだ影響で、印の場所は眷属自身で決められるようになり発動するだけでいい。
 ……一度刻んだ奴は解除しなければならないので、あくまでそうなった以降の奴だけ。

 そのせいで、いろいろと揉めたとかはともかく、眷属になったばかりということでリンカは意識を失った。

 自由になった俺は、彼女を空いている部屋へ空間魔法で飛ばして一休みする。


「みんなお疲れ様、ご褒美はあとで言ってくれれば叶えるぞ……って、多い多い。とりあえずチーとニーは『機巧乙女』行きだな──よいしょ、あとでまた会おう」


 眷属たちのご要望はすべて訊き受けたが、特に叶えづらいものもなかったので翌日には全部叶える予定だ。

 しかし、今はちょっと疲れた……適性は未だに取り戻していないのに、武具っ娘たちを使いまくったわけだしな。


「──出番」

「……なんで、スーが?」


 もう面倒だし、床に倒れ込もうかなと考えていると──熊耳の少女が俺の下に現れた。
 彼女はピコピコと耳を動かすと、心配そうに俺を見ながら事情を話す。


「グーに聞いた。メルスが、だいぶ疲れたって……使う?」

「ああ……そう、だな。その好意に甘えさせてもらうよ」


 この後、俺はぐっすりと寝て、心身をリフレッシュするわけだ。
 ……スー寝たのか、スー寝たのかは内緒にしておこう。



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