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山田 武

偽善者とかぐや姫 その09



 少女の下に、五つの宝具すべてが帰ってきませんでした。
 その手に在るのは、現れた輝く玉が付いた枝──『蓬莱の珠の枝』だけです。

 それも、五人の貴族たちに頼んで得た物ではありません。
 ある日突然、彼女の下に現れたのです。

 そしてそれに触れた瞬間、彼女は自身の生きる意味を知ることになります。
 故に彼女は離れに籠もり、外界に姿を現すことが無くなりました。

 欠けた記憶、追い詰める使命、今の人生。
 そういった要素が重なり合い、少女を苦しめていきます。

  ◆   □   ◆   □   ◆


 離れの一室に案内された。
 そこにはお婆さんもスタンバイしており、その後ろ……簾の傍に座っている。

 俺とお爺さんはその正面に座り、言葉を交わし始めた。


「──私がカグヤです。簾越しで、申し訳ありません」

「いえ、構いませんよ。私はノゾム。貴女様に会うべく、五つの宝具を集めさせて頂きました……どうぞ、ご確認を」

「分かっています。それらは間違いようもなく、私が求めた五つの宝具。欲した本人ですから、理解しております」


 きっと、並べられた五つの宝具を見ながら言っているのだろう。
 簾越しに伝わる透き通る綺麗な声を聞きながら、そんなことを思った。

 簾は強力な魔道具のようで、超級鑑定を用いても彼女──カグヤ姫のステータスを見抜くことができない。

 それでもいちおう、一部分は分かったりするのだが……部分的にバグっている部分が多く、さらにあやふやとなっている。


「では、お納めください。えっと……お願いできますでしょうか?」

「──爺さん」

「ああ、婆さん」


 こういうとき、手順を踏むことが大切だ。
 相手が信頼している相手経由で贈り物を届けるのが、問題を起こさないやり方。

 ……もう、何度もやったから学んだし、物語でも定番だからな。

 そういうわけで、老夫婦が丁寧に五つの宝具をカグヤ姫の下へ運んでいく。
 お爺さんからお婆さん、そして彼女へ宝具が渡り──眩い光が宝具から放たれる。


「こ、これは……!」

「安心してください、お爺様、お婆様。これは本物の証明です。ですので、問題は何もございま……うっ」

「カグヤ!」


 簾越しに照らされていた影が、突然苦痛に満ちた声をあげたあと──倒れた。
 当然ながら予想などされていなかったことなので、俺にも疑いの眼差しが向けられる。


「落ち着いてください、焦るだけでは何も起きません。まず、お二人でどうにかできるのかどうか確認を。できないのであれば、私に診せていただけないでしょうか?」

「…………分かりました」

「爺さん!」

「婆さんよ。この方は誰も成し得なかった、娘の願いを叶えてくださった。それだけでも充分な証明になっておるじゃろう? それにじゃ……先ほど、本物であると私たちの娘が言ったのじゃ」


 夫婦同士、分かり合う何かがあるのかもしれない……俺の中の第六感ポンコツが、この光景を見ているであろう眷属に対して警鐘を鳴らしている気がした。

 うーん、よく分からないことはとりあえず後回しにしておくとして、今は現状を打開するべきか。

 倒れてしまったカグヤ姫。
 だがその理由は、おそらくクソ女神の語るプロローグ通り宝具を回収したことによって何かが起きたからだろう。

 だからこそ、どうにかできる。
 というか、時間さえあれば普通に解決できるんだろうな。

 ──ゆえに、恩義を売れる。


「お二人は彼女の下へ。目を覚ました時、私が居るよりも安心できるでしょう。魔法による治療ですので、ここからでも問題はありません──“心身治癒グランドキュア”」
(──“精神分裂シゾフレニア”、“並速思考アクセルシンク・パラレル”)


 表面上は一つの魔法、だが無詠唱スキルでこっそりと二つの魔法を行使する。


 一つ目は精神にも効く治癒魔法。
 普通の失神辺りにも通用するので、二人にはこれで納得してもらう。

 隠した一つ目の魔法“精神分裂”。
 これはすでにどうしようも無い部分、刻まれた使命感とやらを切り離す。

 そして二つ目の魔法“並速思考”。
 スキルを擬似的に魔法化したものだが……これによって、宝具の影響とやらを一時的にでも処理できるようにしておく。


 問題となる部分が彼女の中でどう変容するか、それは俺にも分からない。
 だがまあ、なるようになるだろうと考えて実行してみた。


「これでどうにかなるでしょう……呼吸が落ち着き始めているようですし、何かあればまたご連絡ください」

「ありがとうございます、なんとお礼を申せばよいのやら」

「構いませんよ……できるのであれば、しばらくここにお世話になりたいですがね。例の方にも、私は少し興味がございまして」

「……分かりました。では、ノゾム様は本殿にて寝泊りをしていただきます。くれぐれもこちらには、訪れませんように」


 そういったところは、しっかりと決めておかなければならないだろう。
 俺としても、約束を交わしておくことに問題はない。


「ええ、それで構いません。ただ……もし同じようなことがあれば、私を呼んでいただきたい。普通の方法で治せるのであればよいのですが、私の行った方法はかなり特殊なものですから」

「それもいいでしょう。また、もし私たちの娘がノゾムさまをお呼びになられた時は、来ていただきます」

「それこそ本望です」


 俺としては、そうなってもらいたい。
 いちいち問題行動を起こさずに、会うことができるのだからな。



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