AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者とかぐや姫 その05
「……迷宮、か。わざわざ別の場所に赴くのは珍しい経験だ」
女性は切り替わった視界の先を見る。
そこは山の中へ続く洞窟があった……その先には扉があることを、彼女の強化された視界は捉えていた。
「しかし、ここには魔物が居ないのか。迷宮の外とはいえ、不用心ではないか」
簡単に入れた方がいいはずの迷宮に、そのようなことを言いながら歩を進める。
洞窟の中に入って数歩、カチリという音が鳴り響き──全身に棘が突き刺さった。
「なるほど、代わりにこのようにして侵入者の迎撃を行っているのか……罠を警戒し、簡単な宝具を求めるようにしていると。あまり隠れずに良いというのは、ありがたいな」
棘に身を貫かれようと、女性は変わらず語り続ける。
苦痛に顔を歪ませることもなく、淡々と迷宮の考察を行っていた。
「──しかし、この程度か。ご主人であればもっとこう……そう! 刺し貫いたうえで、内部から電撃を加えるぐらいの死を与えてほしいモノだ!」
次々と起動する罠の数々。
しかし彼女はそれらを気にも留めず、真っ直ぐに目的地である扉を目指す。
その体は……紅蓮の焔に包まれていた。
◆ □ ◆ □ ◆
「なんと……赤色の世界とほぼ同じだな」
女性──フェニはその光景を眺め、そのような感想を呟く。
辺りに広がるのは燃え盛る炎。
それらは草木を焼き、山々を赤く染める。
だが不思議とそれらは焦げず、炭化することなく火を纏い続けた。
まるでこことは違う世界のようだ、フェニがかつて見た景色が脳裏に思い浮かぶ。
「そして……あれが火鼠か」
草木を掻き分け移動する、巨大な鼠たち。
その毛は炎と同じく真っ赤に燃え、野を駆けていく。
フェニは彼らの姿をただ眺め、今後の予定について考える。
たとえ巨大な火鼠たちが、自らに敵意を向けていようと。
「こちらにやって来るな。だが、あれらから皮を剥いでもアレは宝具ではない。となるとやはり、奥へ向かう必要があるのか」
翼を背中から広げて空へ……飛ぼうとしたものの、火鼠たちが体から火の玉を放ち始めるため掻い潜ることができない。
仕方ないとため息を吐き、彼女はゆっくりと地面に降り立ち──剣を抜く。
「一振りで……っと、縛っていたな。普通に行おうか──“雨降”」
自身の剣の力は抑制され、使い勝手がよくないことを思いだす。
代わりに行うのは、完全は無いものの相応の力を宿す指輪を介した魔法だった。
空に向けて放たれた水属性の魔力。
しばらくするとそれは、簡易的な雨となって地上に水をもたらす。
『CHUUUUUUUU!?』
「ご主人の言った通り、水を掛けただけで死ぬようだな……嗚呼、なんと羨ましい弱さだろうか! ……これ以上は止めておこうか」
火鼠を、そして自身を守るために発動していた“雨降”を中止する。
止んだ後、そこに残るのは真っ白になった火鼠たちと鎮火した草木だけ。
フェニはその様子を……ただただ虚しさに満ちた瞳で眺めていた。
「ご主人がワレをワレとして必要にしてくれていなければ、同じようなことになっていたのかもしれないのか……いつものように、盛り上がれないのはそのためか」
何度でも蘇るがゆえに、死に人一倍強い思い入れのある彼女だが……本当に遭ったかもしれない死の可能性、それを加虐心に火を燈すこともできず遠い目をする。
「とは言っても、いつまでも落ち込む必要はないか。あとでご主人に慰めてもらうとしよう……むっ、なるほど。あからさまな弱点を突く者には制裁が下るというわけか」
そう言った瞬間、ソレらは木々を破壊して現れた。
大量の火鼠、そしてそれらを束ねるより強靭な肉体を持つ上位個体。
彼らはこの迷宮において、水属性の力を行使したフェニに裁きを降しに来たのだ。
ただ水属性の魔力を行使するだけなのであれば、まだ許されていた。
しかしそれを意図的に火鼠に当てた場合、迷宮はこの現象を引き起こす。
「それは実に好都合。王もここに居るとは重畳だ──“雨降”」
『CHUUUUUUUUU!!』
再び天に水の魔力を飛ばしたフェニ……だが、巨大な火鼠が高々に叫ぶと辺りの炎が活性化しだす。
その影響を受け、魔力は魔法として完成する前に消滅させられる。
水に高温の熱を与えたときのように、蒸発するような現象を起こして。
「やはり水では無理か……ご主人の指輪を使えばできたかもしれないが、今のままでは」
少し悩み、水魔法の使用を止める。
今度は体に激しい業火を纏い、己の身すら焦がす勢いで盛らせていく。
「──“心身燃焦”、“燃焼爆轟”」
フェニが一歩足を踏み鳴らすと、身に纏い始めた炎が爆発し火鼠たちを襲う。
そしてそれは、同じく火に包まれていたはずの鼠を焼き……焦がしていく。
彼女が纏っていたのは、生命力を対価に己の能力値を一時的に飛躍させる禁忌の焔。
それを“燃焼爆轟”に組み込むことで、他者にも力を共有させた。
発動さえしてしまえば、それは支援魔法の一種だ。
完全に魔力干渉を拒むモノ以外ならば影響されてしまい、その身を業火に焼かれる。
「上位個体はまだ耐えるか……単純な生命力の多さの違いだな」
『CHU、CHUUUU……』
「抵抗できていない以上、いずれ命を燃やし尽くすことになるだろう。ワレが何もせずとも、な」
改めて、背中から翼を広げて空を飛ぶ。
邪魔する気力のない火鼠たちは、ただその様子を眺め……力尽きたのだった。
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