AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と麻薬騒動 後篇
「いやー、凄いな情報屋」
「……なんだよあの迷宮、たった一日っておかしいだろう」
「うんうん、ナックルに頼んでよかったよ。これで一気に捕縛までできそうだ」
「──待てやおい! な、なあ、もう一回だけ連れて行ってくれよ!」
ナックルが依頼した情報屋が用意した調査結果のレポートを視て、俺はご満悦である。
さすがに眷属の書く、俺が理解しやすい纏め方をした資料には遠く及ばないものの、それでもバカにも分かるような書き方だ。
「あの……メルスさん、ナックル様はいったいどちらへ向かっていたのですか?」
「あっ、もしかしてナックルのヤツ独りで訪れたのか? まったく、他のヤツにもサービスぐらいしてやればいいのに」
ナックルが中毒者のように行きたがる迷宮とは、前にも言ったように宿泊することができる仕掛けがある迷宮である。
「その名を『極楽虜館』と言ってな。敵対する魔物は出てこない代わりに、侵入者を快楽で閉じ込めてポイントを稼ぐ迷宮なんだ」
「か、快楽……ですか?」
「ああ、別に倫理に反することは望まない限りできないぞ。マッサージなんかが、それギリギリか? 旅館だし、超一流のヤツらが出迎えてくれる……結果はナックルを見ての通り、一度行ったら何度でも行きたくなる」
「な、なるほど……」
ただし、条件を満たさなければVIP待遇はしてもらえないけど。
今回は俺がそうするように伝えたので、一度限りでそうしてもらったんだよな。
──って、この話はもういいか。
ナックルの要求は完全スルーして、改めてレポートを読み耽って情報を集める。
相手は逸れの錬金術師『ヘルメギストス』という名前の祈念者……錬金特化っぽいな。
年齢、性別、種族、容姿すべて不明。
分かっているのは名前、そして錬金術を自在に操り各地でそれを振る舞うことのみ。
自身で製作した魔道具でその身に関する情報を偽り、その正体を知る者はいない……みたいだな。
製作者名を隠すスキルを持っていない、もしくは名前を自慢したいのかそこだけは判明しているらしい。
「活動していた場所、目撃情報が載っているのがありがたいな……アヤメさん、ナックルによろしく言っておいてください」
「えっ? あ、はい……」
「ちょ、ちょっと待てよ──!」
「ああ、はいはい。今は静かにしていてくれよ──“沈黙乃霧”」
霧をナックルの口の中に生成し、それを吸わせることで黙らせる。
何やら言っているようだが、今のナックルは『状態異常:沈黙』になっているので声を届かせることはできない。
──その隙に、空間転位でとある場所へ向かうことにした。
◆ □ ◆ □ ◆
「……あっ、やっぱりここだったか」
『!』
「いやいや、そう驚かないでくれよ。こちとら勘で来たら偶然……みたいなノリを演出するのに精いっぱいだったんだ。実に見事、実に鮮やかな隠れっぷりでした。うんうん、花丸を上げてやってもいいぞ」
『誰だ、お前は』
ソイツが持つ魔道具の効果なのか、声に違和感を覚える。
姿もあやふや、捉えづらく認識しづらい。
なるほど、たしかに正体は暴きにくいな。
「ヘルメギストス、で合っているかな? 最近話題になっていただろ、錬金術でできる麻薬がばら撒かれているって話。そしてそれを作れるヤツを領主が探しているって」
『…………』
「探すのに苦労したよ。けど、事実は小説よりも奇なりっていうのは本当だな。まさか、隠れるも何もログインしてないだけ、なんて小説的には反則じゃないか?」
『…………』
犯人が居るからこそ、探偵ものというのは盛り上がるものだ。
だがその犯人が舞台から居なくなれば、暫定的にその事件は迷宮入りになってしまう。
証拠もあるし、動機もある、そして犯人だと分かっている……それでも捕まえるべき対象が居なければどうしようもない。
指名手配はされるだろうが、本人だと認識されていない以上、通常の方法ではその罪のすべてを裁くことはできないだろう。
『くっ……』
「ああ、別に正体を表せ! とか罪を悔い改めろ! とか言いたいわけじゃない。契約してこの町──サルワスでの活動を止める、それに頷いてくれればいっさい関わらない」
『……なぜだ』
「この世界は自由だ、そして麻薬も使い方だろう。それによって救われるパターンも、こちらでちゃんと用意した……ああ、俺の役に立てたことを咽び泣いて感謝しろよ」
別に捕まえたいわけじゃない。
いちおう錬金術師(身代わり)は、そのレシピで悪事を働いていたからこそ、俺も直接出向いて捕縛に協力した。
だがコイツは……悪ではない、そして善でもない。
自分の探求心のままに、未知の理である錬金術を突き詰めたいと願う求道者だ。
俺の偽善同様、望まれれば望まれるままにやっているだけ……悪気はない。
ただ麻薬だって、最初は鎮痛剤みたいな使われ方がされていたみたいだしな。
『……契約とは?』
「端的に言えば、サルワスでの錬金術に関する活動の禁止だ。別に来ること自体は咎めないし、錬金術そのものを止めてくれとも言わない。だが、その発明を持ち込まない……それだけ約束してほしい」
『……この私の錬金術が、不要だと?』
「だって、俺の方が上だし」
いずれは追いつかれるだろうが、それは間違えようのない事実。
ある意味錬金術版のアルカみたいな存在なのだ、このヘルメギストスという祈念者は。
「と言っても、お前は認めないだろう──これを食って決めてくれ」
『……なんだ?』
「錬金術と料理術、あと具現魔法を組み合わせて作った魔力飯だ。食べた分の栄養が、減衰することなく肉体に染み渡る……そして何より、現実の料理とほぼ同じ味がする」
『…………』
何を並べていいか分からなかったので、とりあえずドーナツにしておいた。
皿の上にドーナツと書類、そしてインク不要のペンを並べておく。
しばらくジッと見ていたヘルメギストスはドーナツを取り、ぱくりと口の中に入れる。
それからは──物凄い勢いでむしゃむしゃと食べる大食いみたいな時間が続く。
『げふー』
「それで、サインはしてくれるか?」
『……分かった。この町で『イタイのイタイの飛んでけー君』の散布は止める』
「イタ……あっ、ああ。なら、ここにサインしてくれ」
ヘルメギストスはサインをすると、何度かこちらを見ながらどこかへ去っていった。
ドーナツが欲しかったのかもしれないが、あいにく大量に消費されたため品切れだ。
「……さて、報告しないとな」
いろいろと気が重い……特に正式名を言わなければならないところとか。
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