AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と侍りし者
夢現空間
その日の始まりは、いつもと少しだけ異なるスタートを切った。
「ほら、朝よ。起きなさい」
「……その態度って、メイドとしてどうなんだろうな」
「問題があるなら、試験を合格できるわけないじゃない。大切なのは、その動作に籠める想いの方よ」
「それもそっか」
閉じていた目を開くと、そこには黒髪黒目の少女が立っている。
格好はシンプル──メイド服だ。
本物のメイドに技術を習った彼女だが、その衣装は地球において下品なデザインとも扱われたフレンチ的なメイド服を着ている。
もちろん、服飾に詳しい者に相談してそういう風に見えないように工夫は凝らしたが。
ちなみに、その服も俺が用意した新しい装備なんだが……『メイド』シリーズという理解しづらい名前となっていた。
一式で装備することしかできないし、装備の効果がもっとも強いし……メイドという概念について考えさせられたよ。
「着替えは……」
「──はい」
「相変わらず凄いな……」
「メイドだからよ」
そんなメイド──リッカは(王族女中)という職業に就いており、(メイド)という職業はまだこの世界に存在しない。
そもそも、カタカナの職業を見たことがないんだよな……『導士』に期待しよう。
リッカはそんなメイドであって(メイド)ではない技術を用い、俺の服を一瞬で就寝用から活動用のモノに着せ替えた。
その秘密を暴き、「メイドだから」という理由が使えないようにしてはいるが……なんでも知らない方がいいことってあるよな。
「けどさあ、こんなことでいいのか?」
「あら、メイドがメイドらしく一日を過ごしたいという願いも叶えてもらえないの?」
「それは別に構わないんだが……それって、仕事しているのと変わらないだろ」
「魔王様は全然委ねてくれないんだから、こういう時に思う存分任せてもらうことの大切さを知るべきなのよ」
ベッドから降りた俺の後ろに立ち、影を一歩踏むリッカ──すると視界は一瞬で切り替わり、食堂へと転移していた。
「……堕落しそうだな」
「【怠惰】の主が何を言っているのやら」
「それもそうか……朝食は?」
「どうぞ、召し上がれ」
錬金術で生みだされた、魔力のみで構成された料理の数々。
丁寧に構築されたその料理は、摂取した栄養分が完全に体に浸透する飯となる──この場合、排泄物はいっさい出ないぞ。
リッカが用意したのは和食。
シンプルに米とみそ汁と焼き魚と漬物、だがそれだけに寝ぼけた体に染み渡っていく。
「……美味いな」
「魔王様には敵わないわよ」
「俺のはチート、リッカのは努力の結果だ。メイドとしていろいろと頑張ったんだろ?」
「そういう風に創られたからよ」
彼女は俺の想像が具現となった少女。
俺に仕えてくれる者、そのときに必要だと判断して生みだした使い捨ての存在……そう考えたくなかった結果、どうにかしようと足掻いた結果生みだされた存在だ。
だからこそ、俺は『魔王様』とリッカに呼ばれている。
魔王に仕える、そういった役割を彼女には与えていたからな。
「どうせなら、毎日飲みたいとか言ってほしいものね」
「あれってどういう意味なんだろうな? まあ、逆に毎日作ってやりたいなら別に言ってもいいんだが……」
「メイドの存在を丸否定よね」
──魔王云々、全然性格に関係ないけど。
その日は常にリッカが傍に侍った。
彼女は自分と仕える主のみならば、主が望む場所へ転移することができる。
これ、信じられないけどメイドなら誰でもノーコストで使えるんだぜ?
特に大きなことをしたわけでもないが、ただ平穏な一日を過ごした。
ただ、自分で何かをするということが極端に少なかったな……行おうと意思を持つだけで、だいたいのことをリッカがやるからだ。
「それで、この日一日をダメな主に仕え続けた結果はどうだ?」
「それはこっちの台詞よ。優秀すぎるメイドに控えてもらったご感想は?」
「控えめに言って……最高だな。ただ、本当に堕落しそうだ」
「ふふんっ、最高の褒め言葉ね」
彼女たちの誘惑に堕ちた者は、きっと何もしなくなるのだろう。
しなきゃいけないのは生理的欲求を満たすことだけ、あとはすべてメイドに任せて生きる屍のように動くだけ。
もっとも怖いのは、本人がそれを自覚しないことだ……ただメイドに任せることに、効率や便利さを割いているだけなのだから。
「ところで魔王様、近頃悩みにかこつけて他の眷属たちとイチャイチャしているようだけど……私は特に悩みなんてないわよ」
「そういうつもりは無かったんだが……悩みはないことはいいことでもあるな」
「しいていうなら、メイドの技術にまだ磨く余地があることかしら?」
「……まだ凄くなるのか」
まあ、ギャグ漫画にありがちなメイド分身なる技術を習得してはいないからな。
具体的な元ネタは無いが、そういう演出をよく見たことがある。
「なら、魔王様っぽく活躍でもしてみる? そしたら私も傍仕えとして、一生懸命励ませてもらうわ」
「いずれはする予定なんだけどさ」
「あら、本当?」
「ああ。在り方さえ外れなければ、一度やっておきたい。リッカにも、そのときはご助力願おうか」
俺独りで王というには虚しい。
仕えてくれる者が居て、ようやく王というものは機能するのではないだろうか。
そういうことを考えると……リッカが居る俺って幸せ者だな。
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