AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者とヴァナキシュ帝国
シルフェフ
譲歩したり、されたりを繰り返し……どうにか交渉はこちらが有利なまま成立する。
想像以上にアヤメさんが契約の穴に気づいてしまい、アンが想定したベストプランの契約から、十評価中の六ぐらいまで落としての締結だったのが残念だったが。
「だいぶ、よくなってきたかな?」
「……また何かしたんですか?」
「う、ううん、別に。そ、それよりもだよ、ますたー! 帝国が危ないんだから、みんなも気をつけないと!」
「帝国とは、『ヴァナキシュ帝国』のことですよね? わたしも調べましたよ」
ふふーん、と胸を張って語るクラーレ。
張った分だけ揺れるため、ギルドメンバーの一人が血眼になって睨んでおります。
「たしかにメルの言う通り、帝国はキナ臭いらしいわね。けど、それでも何かをするのが冒険ってものじゃないの?」
「そうだぞ、メル。守ることこそが、騎士の本懐だ。たまには私に仕事をくれ」
「ディオンお姉ちゃん、本懐だからって無理にそんな状況作っちゃだめだよ」
「そ、そうだが……そうなんだが!」
俺も偽善者としての習性がこうした活動を促しているが、偽善者は巻き込むのが仕事だからいいんだよ。
だが、騎士が護衛対象を危険に晒してまで活躍したいというのは……アウトだろ。
「けど、帝国に行きたいんだよね。ますたーたちはどうして行きたいの?」
「レベル制限の解放もできますし、まだ帝国でしか見つかっていない貴重な職業やスキルがあるそうです」
「へぇ、それは気になるな。力を付けるために、ますたーたちは行くんだ……うん、私から強く反対はしないよ」
「なら、いっしょに行きましょう!」
パァッと明るい表情を浮かべるクラーレ。
だがその眩い輝きに……俺は顔を反らす。
「帝国に行くまでは、いっしょでも問題ないけど……帝国の中では無理だと思う」
「ど、どうしてですか!?」
「帝国は……何があるか分からないからね。活動拠点を帝国にするなら、時々顔を出すくらいはできるから」
「そ、そんなぁ……」
捨てられた小動物のような、保護欲に駆られてしまいそうな顔をしないでくれ。
周りもそれを止めようとしないし、怒るでもなく笑ってるだけ……いや、止めろよ。
「うぐっ。と、とにかく、目的地まではいっしょにいるから……それで許してね」
「いえ、メルにはメルのやることがありますよね。ずっと束縛をするわけには……い、いきませんよね……ぐすん」
「そ、そんな顔しないでほしいな。ますたーは、何が嫌なの?」
「そ、それは……その、いいじゃないですかなんでも!」
逆切れされたが、理由が分からないのでとりあえずスルーしておく。
まあ、美味しい料理が提供されないとか、そういう理由だと思われる。
「うーん、ならいいけど……他のお姉ちゃんたちもそれでいいの?」
「まあ、メルの言う通り危険はあるらしいわね。けど、リスク以上に得られるモノが多いわ。もちろん、危害が及ぶようなことがあれば引き下がるわよ」
「……箱庭を動かせるようにしておく?」
「それは止めなさい」
いいアイデアだと思ったんだが……。
やはり、兵器の存在が露見してしまったのが原因なのだろう。
あと、生産の生徒たちのこともある。
場所を変えても、転移の魔道具を作れるように仕込んだから大丈夫だが……他にも、問題は山積みだ。
「帝国に行く行商の護衛依頼も受けたし、時間もそろそろです。メルもその程度であれば手伝ってくれますよね?」
「うん、問題ないよ。魔法は使えないけど、いっしょにいるぐらいなら。ますたー、少しの間だけど、頑張ろうね」
「はいっ!」
武器を変えれば、どのポジションであろうと役目を果たすことはできる。
それに気功も武術に含まれるので、回復を他者に施すことも可能だ……武技やスキルの補正を受けれないという深刻な問題さえなければ、特に困ることは無いのだ。
◆ □ ◆ □ ◆
そこに至るまでに何があったのか、細かい話はあえて言わないでおこう。
いくつかの町を中継し、ログアウトで身を休ませて移動を続けていく。
彼女たち『月の乙女』以外にも依頼を受けた者がいたが、特に接点が生まれるわけでもなく順調に行路を進んでいった。
今回に限っては、本当に俺は何もしないまま行商人の馬車は進めていた。
俺が関わろうとしなかったから、凶運が発動しなかったのか? と思ったのは内緒にしておこう。
同業者──男女のバランスが取れた五人組のパーティーの一人が、ナンパをしようとして酷い目にあった……それ以外に問題が起きずに、彼女たちはそこへ辿り着いた。
「ここが……帝国ですか」
「ずいぶんと大きいんだね」
「はい、賑やかな声が聞こえてきます」
今まで見た、どの国よりも巨大な城壁が威圧するようにそびえ立っている。
鋭い武器が至る所に設置されており、下手に侵入した者はすぐさま殺されるだろう。
また、クラーレが言うように少し離れた場所からでも中の楽しそうな声が漏れてくる。
ここは好い場所だ、そう錯覚させる何かがそこにはあった。
「メル……本当にいっしょに居てはくれないのですか?」
「召喚したら、すぐに駆けつけるよ。けど、ずっといっしょには居られないな」
「そうですか……」
残念そうなクラーレだが、すぐにシガンたちが慰めに入る。
罪悪感がふつふつと湧き上がるが、それ以上に重大なこともあるのだ。
──埋め合わせは、あとでするからさ。
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