AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と二回戦第一試合 その05



 偽物の聖剣を振るう凡人メルスと、獣聖剣を振るう剣聖ティルエの闘いは佳境に向かっていた。
 体に纏ったすべての聖剣を使ってもなお、メルスはティルエに届かない。

「……うん、やっぱり剣聖はティルにしかなれないんだな」

「それを言っちゃうと、これまでの闘い全部が無駄になるんだけど……」

 もっともなツッコミであったが、何やら集中を行い始めたメルスには届かない。
 勘に頼った防御に切り替え、戦闘に向けていた思考を別のことへ回していた。

「剣聖なんて大層な仕事、本当に剣だけを使うティルだけで充分だ。……まあ、今じゃプレイヤーにも【剣聖】が居るけど、そこは置いておくとして」

「私、【獣剣聖姫】よ。いちおう言っておくけど、剣聖で纏めないでちょうだい」

「そこはこだわるところか? そういえば、【炎魔剣聖】なんてのもあったな……とにかく俺に、剣聖は無理ってことで」

 そう言うと、すべての聖剣が異空間の中へ収納されていく。
 そして伸ばされた右手──そこに膨大な魔力が渦巻き始める。

「それ……何かしら?」

「剣聖が無理なら、別のものになって超えるしかないだろう。剣聖の上なんて、もう一つしかないもんな──剣神になってみるわ」

「まったく意味が分からないわ」

 もっともなツッコミで(ry。 

 淡く煌めく粒子が集まり、剣を模った形状へ化す。
 それはかつて、一人の英雄が試練の果てに手に入れた神授の剣。

「──『煌雪神之魂剣ティーゼ』。神気で作った模造品だけど、存在感が半端ないな」

 一度はその消費する神気量に複製を断念した代物だが、この土壇場で生みだすことを決断したメルス。
 その選択を祝福するように、天から泡雪が舞い落ちてくる。

 煌雪神の力を物質に留めたその剣には、その現象を無意識に引き起こすだけの膨大なエネルギーが内包されていた。

「──“限界踏破”、“全能強化・不明アンノウンブースト”」

「……“物理加速”、“身体強化”」

 凡人は限界を超え、未知へ手を伸ばす。
 剣聖は肉体を強め、人智を超えていく。

 互いに世界の法則を超えた動きを行うために、体を強化した。

「……それじゃあ、最後の闘いだな」

「ええ、何度このやり取りをしたか分からないけどね」

「シリアス感が削がれるな……まっ、それの方が俺らしいか」

 今、彼らの認識では、時間はゆっくりと流れる物となっている。
 それは泥のように体を引っ張り、少しでも動こうとすれば体を縛っていく。

「俺は剣神、ティルは剣聖。俺の方が上になれば、あっちの問題も解決だな」

「……もう、口で語らう必要もないわね。剣士は剣士らしく、剣で語り合いましょう」

 ほぼ同時に、彼らは時間というしがらみから抜けだし相手の元へ向かいだす。
 求めたのは決着か会話か……剣は彼らの想いを伝えるため、互いを求め合った。



 淡雪が舞台の一面を埋め尽くす中、静寂ではなく剣戟が木霊しその場を支配する。

 武技による軌跡は、あれから一度も輝いていない。
 武技に意識を回すぐらいなら、手元を動かして剣舞を舞った方が早いからだ。

 言葉を交わす必要もなく、ただひたすらに剣を打ち合っていく。
 端から端へ一瞬で動き、時に宙をも蹴りだして相手の元へ向かい剣を絡める。

 甲高い音だけが、彼らが踊り合っていることを教えてくれた。
 一回戦で行われた剣戟よりも、目まぐるしく音の質が変化する。

 それはまるで剣のオーケストラ。
 幾度と重なる音が旋律を奏で、聴く者すべての心を奪う美しい曲を演奏していた。

「「疾ッ──!」」

 漏らした息の音も、踏み込んだ地面を蹴った音も、物理限界を超えた移動音も、すべて雪が吸収していく。
 邪魔する音など存在せず、ただ剣を振るためだけに世界は静寂を彼らに与える。

 紛い物の神剣と祝福された本物の獣聖剣。
 聖獣の力を授かった聖剣が、これまでは偽りの聖剣の担い手を襲う一方だった。

 だが神剣を握ることで、その状況は大きく変化した。
 対等に打ち合えるどころか、反撃に出ることが多くなっていく。

「そりゃあ!」

「っ……!」

 彼らの大きな違いは、制限された能力値の振れ幅である。
 強大すぎる能力値を三割しか使えていないメルスに対して、ティルエは獣聖剣の補正が無ければ少し優れた獣人種でしかない。

 ……単純な強化だったからこそ、大きな差がここで生まれてしまう。

 未来視と天性の剣の腕を振るい、メルスを苦しめたティルエ。
 だが現在、その剣はすべてメルスに捉えられ──未来眼の発動を許してしまった。

 無限に派生する剣の軌跡は読み取られ、逆にティルエの視界には無数の剣線が浮かぶ。
 自身の経験がそのうちの一本をなぞらせるが、ことごとくそこへ剣が向かい噛み合う。


 そして、舞台の幕が閉じる。
 最後に両者が選んだのは、互いの剣線に浮かばない己が信じた一撃。

 剣を打ち上げるように下から上へ、放たれた神速の太刀が──剣を弾く。

「これで、お仕舞いね」

「……ああ、残念だ」

 突き刺さった神の剣。
 雪は止み、争いの終息を告げる。

「──獣聖剣に、罅ができるなんて」

 ティルエの握る獣聖剣は、これまでの闘いの影響で小さな罅ができていた。

 それはとても小さく、すぐに研げば直るような小さなもの。
 だがそれが、これ以上の戦闘を重ねればどうなるかは彼女が一番理解していた。

「どうする、まだ闘うか? ──俺は、まだ闘えるぞ」

「……止めておくわ。こっちにだけ罅を入れる神剣が、何度も何度も振るわれるなんて悪夢そのものよ。あの英雄、どうしてネロに負けたのかしら」

「その神様の神威が足りなかったんだろう」

 突き刺さった神剣は粉雪のように舞い散ると、再びメルスの手の中で剣と成る。

 神剣は一種の概念。
 その形すら定まらず、神の威光を現世に伝えるために力を振るう。

 煌雪神の力を振るった神剣は──光の元で雪を生みだし、雪があれば自在に形を変えることができるのだ。


≪──試合終了! 勝者、メルス選手!≫


 アナウンスがそう言い、ここに最強の剣士の誕生を告げた。
 偽りの神剣の担い手は、本物の剣聖を超えるまでに剣を振るったのだ。

「……いっしょに来なさい、メルス」

「はいはい、分かりましたよ」

 会場が盛り上がる中、二人はそう言ってこの場から消える。
 そして、その先では──


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