AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と赤ずきん その09


 たくさんのプレイヤーたちが、この物語に挑んできました。

 大人も子供も、少年も少女も、老人も若者も──全部が全部、狼人の胃袋に収まるという結果で終わってしまいます。

「────」

「んぁあ? 俺が何者かだって? さぁな、そりゃあこっちが訊きてぇよ」

 そんな中、ある一人の若者が赤ずきんから狼人を引き剥がすことに成功しました。

 体に光の縄をかけ、縛りつけることで追い詰めています。

 そんな狼人の首元に剣身の無い剣を当て、黒い瞳を輝かせて問いました──貴方はいったい誰、と。

「俺は【貪食】、ずっとずっと腹が減ってんだよ。どれだけの量食料を喰らおうと、どんだけ旨い料理を喰べようとと、どれだけ喰いたいと願っていた物を頂こうと……結局、俺の胃が満たされたこたぁねぇんだ」

「────」

 狼人は、一度も満たされたことのない胃を満たすために戦います。
 その願いによって、誰が傷つこうと彼は構わず食事を行いました。

 肉を喰らい血を啜り、骨の髄までしゃぶり尽くそうと、結局彼の願いは叶いません。

 若者は改めて問います──なぜ、あの娘を狙うのか? 他の誰でもいいんじゃないか、そう尋ねます。

「……話には続きがあんだよ。ただ、満たされずとも旨ェかどうかは分かるんだ。コイツは肉が固ェとか、コイツは苦味が強ェ……普通の味もする。けど、あるときから変化が起きたんだ。変な味がすると思った。同じもんでも、ソレはいつも違う味がした。どうやって手に入れたかで、必ず味に変化が起きてんだ。どんな物だろうとな」

 ゆっくりと、だけど噛み締めるようにそう語る狼人。

「不思議とそれは、俺に旨ェという感覚を長時間与えてくれた。満たされるわけじゃねぇけど、腹に何かが入ったって実感があるんだよ。そしてそれは、魔力が多いもんほど、強かった──もう分かるよな!?」

「────」

「そうさ、そうだよ、そうに決まってんじゃねぇか! アイツは最高の魔力の持ち主なんだよ! 突然変異だか血だかは知んねぇが、あの量は間違えねぇ、絶対に旨ェ!」

 ブチブチと光の縄が千切れていきます。
 若者との戦いで負傷した体は、この会話という時間稼ぎの間にある程度癒えています。

 とっさに動こうとした若者ですが、それも間に合わず首を握られてしまいました。

「アイツなら、アイツを喰らえば俺は多大な幸福感を得られる! それと同時に、ついに腹を満たせるかもしんねぇ! なら、やるこたぁ決まってんだろ? 餓えたガキが、目の前で食い物をぶら下げられりゃあ、殺してでも奪うんだよ!」

「──────、────」

「は? 似ている?」

「──────、────────」

「師匠に? 知らねぇよ、そんなこと」

 若者の首を強く締め、一瞬体が硬直した瞬間に頭から喰らいます。

 口の中で光の粒になり、狼人の舌に魔力の感覚を届けていきました。

「……足んねぇよ、こんなんじゃ。誰も、何も俺を満たせねぇ」

 そして狼人は向かいだします、おばあさんの家へ向かう赤ずきんの元へ。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 赤ずきんは、泉で待っていた。
 目を瞑り、天に祈るような恰好で。

「……来た」

 呟くのと同時に、森を破壊しながら目的の人物がやってくる。

 体に狼の身体的特徴を持つ、若い男。
 狼男、と少年が呼んでいた者だ。

「凄いよ、メル君は。こんなに精霊たちが怯える相手を、ここまでするなんて」

 狼人は、自らの意志でここにやって来たのではなかった。

 先ほどまで戦闘していた相手が、蹴り出す角度を調整して回し蹴りを放った結果、この場所へ飛ばされてきたのだ。

 腹に強烈な一撃を喰らい、僅かな時ではあるが意識を失っている。

 赤ずきんが狼人を倒すには、絶好の機会であった。

「……ううん、でもまだ。この人が起きてからじゃないと、すべてが終わらない」

 しかし、赤ずきんは変わらず天に祈る格好で狼人が起きるのを待ち続ける。
 その周囲では精霊たちが踊り、小さな少女が放つ何かに呼びこまれていく。

 それでも、まだ狼人は目覚めない。



 しばらくして、意識を取り戻した狼人は瞼の裏が眩しいことに気づく。
 その光の点滅に腹が立ち、瞼を開くと──そこには、極上の食事が待っていた。

「おぉ……」

「待っていたわ、狼男」

「なんて、旨そうなんだ!」

 内包した魔力の量は、これまで食べてきたどの食材たちとも異なる。

 天地を覇すドラゴンにも匹敵するその魔力量に、思わず狼人は目を奪われた。

 さらに、赤ずきんは精霊士。
 彼女を守るようにして展開した精霊たちの姿が、彼の目には極上の調味料たちが注がれているようにも見えた。

「膨大な魔力の精霊士……間違えねぇ、絶対にテメェは旨ェ!」

「全然嬉しくないけど……とにかく、貴方はこれでお仕舞いよ。私たちの最後の料理、食べないとは言わせないわ」

「あぁ、もちろん。食べる、喰べるに決まってんじゃねぇか。テメェにとっての最後の晩餐、じっくり味わってやんよ」

「いいえ、貴方はメル君によってもう下拵えは済んでいる。死ぬのは貴方の方」

 バッと手を上に掲げると、手を中心として大量の精霊たちが集まってくる。

 泉に居た精霊はもちろんのこと、風を、大地を、空を、世界を巡っていた精霊たちがこの場に集っていく。

「これがワタシの全力、まだ完成していない精一杯のもてなし。……ごめんね、これぐらいしかできなくて」

「──ッ! 止めろ! 俺を、俺を蔑むような目で見るんじゃねぇ! 俺は喰う側、なのにテメェはなぜそんな目をする!」

 赤ずきんは、ただ謝った。
 狼人にもわけがあり、永遠に満たされることのない空腹の中を彷徨っていると。

 それを聞かされてなお、自らが生き残るために精霊たちを差し向けることに対して。
 同情を憂う瞳からは、綺麗な滴が二本靡いていく。

 それが狼人にとって、最大の侮辱と取られたのも仕方あるまい。
 しかし、そう言われても赤ずきんは泣かずにはいられなかった。

「もう貴方は動けない、メルちゃんがそう約束したから」

「そんなはず……クソッ。動け、動けよ、目の前に肉料理があるんだぞ! おかしいじゃねぇか。俺は【貪食】、すべてを喰らう強欲で暴食な捕食者のはずだ!」

 少年は、経絡と呼ばれる部分を正確に蹴っていた。
 気を纏い、放たれたそれは狼人の体を内側から破壊していった。

 その結果、スキルによる肉体再生の速さを超越した速度で、かつゆっくりと狼人は死へと近づいている。

「そして貴方は死ぬ、止めはワタシが責任を持ってやってあげるから」

「……ろ」

「精霊たちにお願いしたわ、できるだけ苦しまないように殺せるように」

「…めろ」

「……ごめんなさい、ワタシはこの先もずっと生きていたいから」

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ──っ!」

 狼人は全力で叫ぶ……が、遅かった。

 最後に狼人の視界に映ったのは、ただただ眩しい色とりどりの光だけだった。


コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品