AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と月の乙女 その14



 救いの矢。
 メルスが弓を介して発動したそのスキルには、万物を癒す力が備わっていた。
 対象が回復を受けつけない無機物だろうと回復魔法でダメージを受けてしまうアンデッドのような種族だろうとも――メルスの救いたいという意志だけで何でも癒すことができる……まさに救恤すくいの矢である。

「おまけにさ、防ぐことは不可能だ。救わせたくないなら、邪魔してみろよ大悪魔」

「くっ……聖杯、ボクの願いを叶えろ!」

 しかし聖杯はいっさい変化を見せない。
 天より落ちゆく癒しの矢はゆっくりと救うべき対象の元へ向かっている。
 聖杯は持ち主の願いを叶える願望器。
 ただしそれは持ち主が代償を叶える前に、対価を支払っている場合に限った。

「分不相応ってことなんじゃないのか? お前のそれ、対価を払いきれないんだろう」

「君は、どれだけの力をあの矢に……」

「そんなことを言っている間に――ほい、到着っと」

「"形状変化・天斬る大剣"! そうはさせないぞ!」

 地上に辿り着く寸前の矢を大悪魔は、漆黒の大剣で弾き飛ばそうと必死になる。
 聖杯で妨害をできない程、強力な力が籠められた矢。
 概要を知らない大悪魔でも、このままでは自らが望んだ結末が訪れない未来が頭に過ぎるほどだ。

「この矢は絶対に当たるんだ。その大剣がどれだけ凄かろうと……何千何万と放たれた矢の全てを受けきれるのか?」

「うぉおおおおおお!」

 大悪魔はこれまでに一度も使っていない、魔武具に隠された機能を発動させる。 
 大剣に埋め込まれた色とりどりの宝珠が輝き、大剣を取り囲むようにしてその色を纏わせていく。
 赤、青、緑、黄、白、黒……基本属性に上げられる六色の光は、大悪魔の振り切った斬撃と共に矢に襲いかかる。

「――はい、残念。"癒しの矢"発動」

 確かに大悪魔は矢を弾き飛ばした。
 だが、それも数百程でしかない。
 健在であった無数の矢は彼女たち全員に命中し――メルスの望むがままに癒しの力を振るっていった。



「あれ? ここは……」

「目が覚めたみたいだな、クラーレ。血も元に戻せたみたいだから、シガンたちの方に移動しておいてくれ」

「……また、助けられたのですね」

「別に、助けられる奴を助けているだけさ。ただの自己満足だからな」

 そう言ってメルスが見る先には霊化状態から解放されたシガンたちがいる。
 蘇生効果もある"癒しの矢"であるため例えHPが0になろうと、魂魄さえ残っていれば癒すことができた。

 自分は何もしない内に、勝手に仲間共々救われる。クラーレは身勝手な偽善者へどうしようもなく複雑な感情を浮かべる。
 それが怒りなのか嫉妬なのか、感謝なのか尊敬なのか分からない。分からずとも、これからも偽善者は自由奔放なままに彼女たちを救うだろう。
 それがただ、彼女にはショックなのだ。

「…………負けられません」

「え? 何か言ったか?」

「なんでもないです、それよりも――あそこで待っている方がいますよ」

「あーはいはい、了解した。ここは俺に任せて、みんなの所に行った行った」

 クラーレの示す先には大剣に禍々しい力を籠める、変わり果てた大悪魔の姿があった。
 悉く計画をメルスに潰され、かつて足掻き続けた幻影を彼に映す。
 それがどうにも忌々しく、消し去りたいと願い続けた。


「クラーレがそっちに行ったら結界を張るから安心しとけ。なんだかもう模擬戦とか関係なくなってきたけど……そう言えばクラーレは、俺と闘わせてシガンたちは何か感じたのか? 俺、このままだと去ることになるぞ」

「いろいろと仕込みはできてます、メルスは黙ってあの悪魔を倒してください」

「それもそうか」

 会話が終わると、クラーレはシガンたちの元へ移動する。
 その際クラーレが彼女たちに何かを言い始めたのだが、そこには触れず、結界を何十枚か張っておく。



「やあ、待たせたな大悪魔。てっきり正気を失っていると思ったんだが……案外元気そうだな。狂った演戯なんて、やってどうする」

「……ボクのどこが変だと言うんだい? 時間さえあれば、悪魔は何でもできるさ」

 大悪魔は冷静さを取り戻していた。
 先程までの演技を見抜いていなければ、そのままメルスを殺すために。
 メルスはそれに気づいていたが、特に気にせず大悪魔に時間を与えた。
 彼にとって大悪魔は──どうなろうと構わなかったからだ。

「そりゃあ良かった。狂ったお前を倒そうとも、俺に達成感はこなかったからな」

「達成感? ……君はボクを、オモチャだとでも言いたいのかい?」

「分かってくれているなら話は早いよ。お前は一線を越えた、やってはいけないことを俺の目の前でやった。だから罰する、断罪をする。今の俺は――最高に【傲慢】なんだ」

 瞳を銀色・・に輝かせるメルスはそう話す。
 高慢不遜なその態度は冷静であった大悪魔に再び怒りを感じさせる。

「君が、ボクを断罪する? 神ですら裁くこともできず、閉じ込めたこのボクを? 笑わせないでくれ!」

「大悪魔、俺はただ事実を言っただけだ。これから始まるのは俺の俺による俺のための私刑。罪状は俺との契約を破った──よって、俺の使い魔になることを命ずる」

「ボクが……君の使い魔? ふざけるのも大概にしろよ!!」

 裂帛を放ち再び血走った目を向ける。
 つい先ほどまであった美貌は歪み、怒りに狂う悪魔の姿がそこにあった。

「決戦の時ここに来たれり。嫌なら俺を殺してみろよ」

「望むところさ。なら、君の言う通りにしてやろうじゃないかぁあああ!」

 大悪魔の吶喊とともに、最後の舞踏会ラスト・ワルツの幕が開く。


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