AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者とウーヌム緊急依頼 後篇
彼女たちが辿り着いたのは、森にできた広場のような場所であった。
サークル上に木が広がり、中心は少々泥に塗れている。
上から光が降り注ぎ、泥さえどうにかすればまさに癒しのスポットと言えたであろう。
闇泥狼たちがここに居たとするならば、安住の地に住めたと言えたのだ……が、今この地を支配しているのは別の存在だ。
KYEEEEEEE!!
「あれは……ヌートリアか!」
ヌートリア、地球にも存在するカピバラに似た動物である。
人の指も噛み千切れるオレンジ色の歯や、鋭い鞭のようなしなやかな尻尾など……外来種指定された動物なんだが――。
KYEEEEEE!!
……うん、全然可愛くない。
アレがカピバラであっても可愛くない。
大きくなると、やっぱり可愛さが下がるんだよな。
逆に、サイズが小さくなってくれれば可愛いと思うんだが……。
歯は異様に鋭く尖り、尻尾は振るわれるたびに空気を切り裂くような音を響かせる。おまけに両目は真っ赤に光ってるし……凄く怖いわ!!
「メルちゃん……さすがに怖いですよね」
「(う、うん。小さくなれば可愛いと思うんだけどね)」
「ええ、わたしもさすがにあの大きさは少し苦戦しそうです」
The・女子であるクラーレがそう言うのならば、女子としての今の俺の感性は間違っていないみたいだな。
……うん、普通に怖い。
あんなに目が爛々としている動物に、俺は可愛いという感想は持てないんだよ。
そして、だからこそ俺はモテないんだよ。
「お前たち、気をつけろよ。確かにヌートリアはもともと危険な魔物だ。だが、自分からは攻撃しないはずだった。それなのに、今はああして臨戦体勢へすでになっている。……何かが起きてやがるな、この湿地帯で」
ギルドマスターは、そう周囲の者に警戒を促している。
へえ、パッシブの魔物だったんだな。
それがなぜかアクティブに……うん、変異種とかそういう展開な気がしてきた。
実は改造されたとか、瘴気を吸いすぎたとか、そんな感じじゃね?
実際、瘴気を用いた実験は文献にもいくつか残されていた(禁書)。
――人の身や魔物に濃い瘴気を流し、強制的に狂化させる実験。
その結果は、どれもかれもが失敗だった。 たまに成功したと記されていたこともあったが、自我が崩壊していたみたいなので、ほぼ失敗だと俺は認定したな。
まあ、その文献によると、瘴気で狂った存在は瞳が紅くなるだの巨大化するだのと書かれていたんだよ……まさにこれである。
「(ますたー、たぶん浄化が効くよ)」
「そうなんですか? ……やってみます」
俺がそんな考察をしている間に、戦闘の火蓋は切って落とされていた。
近接攻撃をする者たちは前に進み出て、中距離や遠距離で戦闘する者たちは魔法を詠唱したり矢を射っている。
クラーレもまた、シガンたちに補助魔法をかけてサポートをしていた。
俺が助言を教えるとそれに従い、浄化系の魔法を使ってくれる。
すると――。
KUKYAAAAAAAAA!!
今までと違う声(悲鳴だな)を上げて、叫び出すヌートリア。
それは俺に予想の的中を意味し、同時にこの戦闘の面倒臭さを俺に予感させる。
瘴気に憑りつかれた魔物はさ、最後に暴れ出すらしいのよ。
ほら、理性最初からない魔物もなんかは、簡単に自身の身を瘴気の力に委ねるのだ。
「本当に効きましたけど……メルちゃん、あのヌートリアから怪しい煙みたいなものが出てきましたよ」
「(瘴気だね。ますたーは隙があったらみんなに浄化効果を付与する魔法を使って。そうすればみんなの戦闘力もアップだよ)」
「分かりました」
彼女が魔法を唱えると、シガンたちに白い光が纏わり付く。まあ、破邪効果を付与しただけだけどな。
俺はその間、ただ戦闘を傍観する。
今回俺の出番はないだろうし、なにせアイツがいるからな――。
『――――――!!』
主人公君はクラーレが付与している光以上の輝きを、剣に纏わせて戦っている。
ヌートリアもそれには必死に抗い、どうにか当たらないように四苦八苦していた。
さすが主人公(候補)、自前で浄化効果付きの何かを所持しているとは。
解析はしているのだが、【勇者】の能力では無いということしか分かっていない。
……これが実は主人公補正とかいうヤツであるならば、解析のしようがないよな。
「(ますたー、ヌートリアが暴れ出したら隙を見つけてみんなには下がってもらった方がいいよ。たぶん、あの人が全部解決するから)」
「そうなのですか?」
「(運命に愛されるって展開を、私は観たいんだよー)」
「運命……ですか。分かりました」
えっと……運命に思い当たることでもあるのか?
俺の疑問には気づかず、クラーレはさっそくパーティーチャットで仲間に呼びかける。
GYIGYIGYEEEEEEEEEE!!
そして、命の危険からか瘴気に身を委ねたヌートリアが暴走を始める。
プレイヤーたちはこれが最後っ屁だと理解しているのため、時間のかかる武技や魔法を放って、自分で止めを刺そうとする――が。
GHIGHIGHIEEEEEEEEE!!
再び変な鳴き声になったヌートリアは、彼らの全力を瘴気で呑み込み無効化する。
そして、ただでさえ肥大化した体を膨れ上がらせて暴れ回っていく。
……この隙に、一度だけダメージを激減させる魔法を彼女たちにかけて、後ろへと後退してもらった。
クラーレの回復が即座に入り、死に戻りした仲間は一人もいない──うん、完璧な展開だな。
そして、狂ったヌートリアの前に強者は、すでにギルドマスターと主人公君しかいない。
主人公君はギルドマスターに時間稼ぎをお願いして、自分は何やら集中し始める。
「(ほらほらますたー、見てみて! 絶対に必殺技を出す展開だよ!)」
「ふふっ、メルちゃんってそういうのが好きなんですか?」
「(ううん、私は強いのが好きなんだよ。見れば真似できるからね)」
「…………ズルくないですか?」
「(あ、あとでますたーでも再現できるようにしておくからね)」
「い、いえいえ、それはシガンに譲りますので、わたしは遠慮しておきます」
「私も嫌よ、アイツの技なんて」
おっと、いきなり双方に否定された!
主人公君、ここに君のハーレムはないみたいだね。
そんな主人公君は、両手で握った剣を上に掲げて何やらブツブツと唱えている。
するとだんだんと空から光が降り注ぎ、彼の剣へとその光が集まっていく。
白い光は徐々に彼の体に染み渡ると、最後には彼の体そのものが眩しく輝いていた。
『――――、――――――――――!!』
何かを言うとギルドマスターが下がり、主人公君が前へと進み出る。
そして、剣を横一閃に払い……ヌートリアが倒される。
「メルちゃん、依頼終了ですね。今、クエストボードにそう出ました」
「(うん、これで一件落着だね)」
さて、ここからは解析の仕事でスケジュールが潰されるな。
そんな予感を抱きつつ、俺はクラーレにそう答えた。
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