AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者なしの『未来先撃』 前篇



「さて、ますたー。もうこれでおしまい?」


 少女は先ほどと変わらない様子で、わたしたちにそう問いかけます。

 ……本当に、一人で倒してしまいました。
 少女は掠り傷一つつかずに、闇泥狼王を圧倒する実力を持っています。
 それはプレイヤーの中でも極僅か、限られた者にしかできないこと。

 ――そしてそれは、この場にも一人存在していました。


「……貴女、名前はなんて言うの?」

「ん? ……メルだよ」

「そう。ならメル、貴女はどういった存在なのかしら?」


 シガンは少女の元へと向かい、見下ろすように少女へと質問します――剣に手をかけた状態で。


「どういった、と言われても……私は、ますたーの召喚に応じただけの存在だよ」

「つまり、召喚獣ということ?」

「ううん、ちょっと違うよ。だけど、そのことをお姉さんに言う必要はないよね?」


 シガンに挑発をするように、目を合わせずに答えています。
 それを受け取ったシガンは──


「そう。なら、力尽くで教えてもらうわ!」


 シガンは剣を抜き、少女――メルちゃんへ振り下ろします。

 目にも止まらない速さで、メルちゃんの細い首を狩るために動いた剣は――体に届く寸前で、ピタリと動きを止めました。


「……ふーん。お姉さんは何を訊きたいのかなー? 教えられることなら、教えてあげたいけど」

「なら、全てを吐きなさい」

「アハハ。ごめんなさい、例えますたー相手でも教えられないことを、侵蝕されてる・・・・・・お姉さんに教えられないよ」


 メルちゃんは二本の指で剣を抑えて、そのままシガンと会話を続けます。
 ……絶対に、その見た目のままの存在じゃありませんね。

 このとき、メルちゃんが不思議な単語を口にしていました。


「メルちゃん。侵蝕って何なのですか?」

「えっと……【固有】の能力に自分の精神を変質? されていることだよ。みんなの中だと……お姉さんしか持っていないみたいだけど、誰か知り合いに持っている人がいるなら気を付けた方がイイよ。だって、だんだんとその能力に関係した性格になっちゃうから』

「「「「「……ッ!?」」」」」


 そんな情報、聞いたことがありません!
【固有】スキルがそんな力を……確かに、それならシガンの変化にも納得がいきます。

 ですが、それはわたしの願望とも思えてしまいます。
 話が旨すぎて、それを信じることができません。
 ……本当に、それはスキルのせいだったのでしょうか?

 わたしが頭の中でそのことを考え続けていると、メルちゃんが――。


「ますたー、自分を信じて」

「メル……ちゃん?」

「ますたーがそれを信じないで、誰がそれを信じるの? ますたーが信じることなら、私もそれを信じるよ。だから……諦めないで」


 メルちゃんは、未だにシガンの剣を押さえ付けた状態でそう言います。
 シガンもメルちゃんから離れようと抵抗をしますが、メルちゃんが使ったと思われる土の縄が彼女を縛り、動けていません。

 そう……ですよね。
 わたしが諦めたら、誰がシガンを信じるのでしょうか。


「メルちゃん、シガンを……元に戻すことはできますか?」

「それが……ますたーの望む正しいこと?」


 メルちゃんの瞳が、今までと違った剣呑な輝きを見せます。
 本当ならわたしを脅そうとしているみたいですけど……見た目が可愛いので、全く怖くありませんね。

 笑ってしまいそうな顔を誤魔化しながら、メルちゃんへ答えます。


「はい、メルちゃん。お願いします」

「…………うーん、分かったよ。ますたー、だけど……少し失敗しても、許してね」

「え!? 失敗って――」


 メルちゃんはそう言って、シガンを思いっきり蹴り飛ばします。
 土の縄はその衝撃と千切れ、シガンは反対側の壁にめり込みました。

 煙が大量にモクモクと立ち昇り、シガンの姿が見えなくなります。


「め、メルちゃんって何者なのかな?」
「う~ん、メルちゃんはメルちゃん~ってことで良いんじゃないかな~?」
「いろいろと知らないことを知ってるみたいだし、ちゃんと訊いてみたいことがいっぱいあるよ」
「……可愛いな」


 みんなの感想はそのようなものでした……ディオンは感想が変わっていませんね。

 メルちゃんは剣を抜――かずに、何も無い空間に手を伸ばします。
 空間魔法の一つ──“空間収納ボックス”ですね。


「とりあえずは……“縛れ”。あれ? 失敗した」

「ハァ……、ハァ。2、1、0」


 そこから飛び出した鎖がシガンの元へと向かっていきましたが――鎖は煙の中で、突然弾かれて戻ってきます。

 シガンが【固有】スキルを発動し、鎖へと対処したのでしょう。
 その証拠として、今もカウントダウンをしています。


「メルちゃん、シガンの【固有】スキルは「だいじょうぶ」……メル、ちゃん?」

「信じて、ますたー」


 戻ってきた鎖を“空間収納”で仕舞い、メルちゃんは再び二本の剣を抜きます。

 煙は未だに晴れず、むしろ増えているように見えます。
 おそらく、(煙魔法)も習得しているシガンが姿と溜めた斬撃を隠すため、魔法で煙を発生させているのでしょう。
 すでに辺り一面が、白い煙に包まれます。

 その中をメルちゃんは、ただただ双剣を握り締めて歩いていきました。


「まずは……ここっ!」


 煙に入ろうとしたメルちゃんが、突然剣を振るいます。
 すると、剣と剣がぶつかった時のような音が鳴ります。


「こことそことあそこ! あと……どこ?」


 その音は、メルちゃんが進んでいくにつれて激しくなっていき……すでにメルちゃんの姿が見えないわたしたちは、その音を聞くことでしか状況を把握することができません。


「最後に──これだぁあ!」


 もっとも甲高い音が鳴り、それ以降は沈黙がこの場を支配します。
 煙はサーッと晴れ、少しずつ視界には人の姿が捉えられるようになってきました。

 そして、煙の先には――。



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