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山田 武

偽善者と『禁忌学者』 その08



SIDE リュシル
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 シュンッ ドゴーン

「メルスさん!?」


 私に見えたのは、メルスさんがこちらに向かった殴り飛ばされる瞬間でした。
 私の横を何かが通った音が聞こえた次の瞬間、長い廊下の入り口の方で壁にぶつかった音が聞こえました。
 私はとっさに彼の名前を呼ぶと、自分の子供を見ることも無く走り出します。


「メルスさん、しっかりしてください!」


 長い廊下を走り抜けた先に、彼は倒れていました。
 彼がぶつかったと思われる壁は円形に凹んでいて、凹みの近くには彼の持っていた剣が深く突き刺さっています。
 地面に死んだように横たわる彼からは出血が全く見られないのですが、それは彼の今の種族の影響として考えておきましょう。

 近くに寄って彼の容体を調べてみると、出血無し、外部損傷無し……と、見た目には何も問題ありません……が、別の部分には問題がありました――


(生命力、魔力、氣力の全てが枯渇寸前……マシューの攻撃を防ぐのに、ここまでしたのですか!?)


 彼のステータスは、今の私と同じ状況下の者――眷属たちによって何十倍にも強化されています。
 彼本来の力は、私のような非戦闘職が小突いても死んでしまう程微力なもの。

 ……それなのにどうでしょう。
 彼は色々と理論付けて、私をここから出そうとしてくれます――

 彼がそこまでする必要は、全然無いのに。
 彼が誰かを頼るだけで、彼は何もしなくても、それは直ぐに解決する筈なのに。
 彼がここまでのことをして、手に入るものは何も無いのに。

 ……いえ、ありましたか。
 彼は言っていました、夢の協力者を引き入れると。
 彼の求める者は、然程凄い人物ではありません。


 物を調べることが昔から好きで、周りにある知識を片っ端から吸収し続けた。
 その結果、禁忌と呼ばれる知識にまで手を出しただけの――ただの学者。
 貴ばれる知識を尊ぶワケでも無く、ただ情報として記憶し、ただ知っていただけ。
 識ることは無く、情報を積み重ね続けただけの……ただの愚者でした。

 愚者は知りたかったのです、『何故?』を問い続けた先に何があるのかを。
 愚者は識りたかったのです、『何故?』を解き続けた先に何があるのかを。

 そして、長い間愚者で在り続けた者へと、彼は借り物の言葉でこう言いました――『人の言葉を訊いて、行動を改める人は結構いる』と。

 愚者にはそんな考え、ありませんでした。
 自分の今までの生き方は、ただ知識をあつめる為だけのものであり、その道を改めたことは一度も無かったのだから。
 愚者にはそんな考え、ありませんでした。
 誰も彼もが愚者を賢いと言い、愚者に対して何か助言を伝えようと考える者など、誰一人現れなかったのだから。

 だけど、彼は愚者を諭した。
 彼自身にそういった考えが無かったとしても、愚者自身がそう考えている。

 彼は不思議な人だった。
 自分の意志を持たず、何も考えていない無能かと思えば、愚者でも考えつかないような考えを出し、愚者との情報の共有を可能とした……今まで、誰一人として愚者の知識についていける者はいなかったというのに。

 そんな彼は、愚者を救えると考えた方法を実行した……そして、その結果がこれだ。
 どれだけの犠牲を払おうと、愚者は愚者らしくしていろと、誰かが言った気分だ。

 せめて、彼には謝らなければ。
 愚者の知識が全く使い物にならなかったことを。


「……ご、ごめん《いやー、失敗失敗。まさか脳震盪で気絶するとは》……!?」


 謝ろうとした時、頭の中に彼の声が聞こえてくる。


《前にアンに言われて、脳とは別の部分で思考できるようにしておけと言われたが……まさか、こんなに早く使うことになるとはな》

「あ、あれ? メルスさん?」

《おう、作戦は無事成功。リュシルの子供も無傷で封じたし、後で回収に向かってくれ》

「で、でも、どうやって……」


 彼はただ殴られただけだ――避けれた筈の攻撃を、防御の姿勢を取って。


《マシューの一撃を受けた瞬間に、纏っていた神氣を辿ってカウンターをしたんだ。俺の体に接触した時についでに色々細工しておいたから、もう封印の楔としてのマシューはいない。あそこに居るのは、お前の子供としてのマシューだけだ……っておいおい。どうしたんだ急に泣き出して》

「……え? わ、私、泣いて、ますか?」


 思考速度が少し鈍くなって、呼吸がちょっと辛くなって、顔中が濡れている気もするけど、泣いているとは自分でも気付けませんでした。


《お、おい、なんか心配させるようなことをしたか? マシューにはダメージを与えないよう、注意をして闘ってたんだぞ? ……お蔭様で、剣を使う機会も無くなったけど》


 だけど、彼よりは自分が泣いている理由が分かる筈だ。


「――なんでもありません。絶対に壊れない剣も使えないメルスさんが可哀想で、ホロリと涙を流してしまっただけです」

《……カハッ》


 とりあえずは、そう言うことにしておきましょう。
 そうしておかないと、私の本当の気持ちがバレてしまいますからね。


SIDE ???
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???


《ッグ!? この感覚……またアイツか!》

 とある世界のどこかの空間。
 その場所で、ソレは一人体を癒していた。
 そんな時、突然激しい痛みを感じた。
 それは自身をここに向かわせることになった、原因でもある感覚であった。

《俺との結びつきがあるものっていやぁ……あぁ、あのゴーレムがあったな》

 ソレは、終焉の島に封印された学者の持ち物――ゴーレムにある細工を施していた。
 それは封印の維持と侵入者の撃退、また、ゴーレムの限界を超えた強化である。

《確かあの学者は、色々と気付いていやがりそうだったからな……。仕方なく封印していたんだった。そうだ、これも全て『義侠』のためだ》

 ソレは、かつて一人の学者に会った。
 ソレは、かつて知識を求めた。
 ソレは、かつてそれを拒まれた。
 ソレは、かつて学者を封じた。

 ――己が神髄『義侠』を貫くために。

《だが、今はソイツの話はいい。問題はあの野郎だ。アイツ、完全に俺の存在に気付いてやがる。また、神核を傷付けやがって……》

 ……運営としてのソレには全く気付いていないのだが、仕方が無いだろう。

 今回、メルスは神氣を辿って攻撃をしたのだが……前回は自動、今回は手動と違いがあるため、同じ相手を攻撃したという認識を彼はまだ持っていない。

 だが、そんな事情を傷を癒すために療養していたソレが知る由も無く――

《――たくっ! スペークは一体何を視ていやがったんだ! 神氣も■■■の所為で持っていかれた。何なんだよ!
 ……もういい。形振りなんて構っている暇はねぇ。アイツが島にいる間にアレをするしかねぇな》

 こうして、ソレは再び動き始める。
 ――メルスを完全に排除するために。


SIDE OUT


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