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山田 武

03-19 眷族決闘 その05



「──さて、ここまでお疲れ様。よくぞここまで耐えきった」

「……結局、何がしたかったの? いつまでも籠手を装備して……いつまで経っても終わらないじゃないの」

「別に、勝ちたいだなんて一言も言ってないだろう? これは装備の検証であって、命を賭けたやり取りでもない。二人にとってこの闘いで得るモノがあれば、俺にとっては成果になる──どうだ、舐めプされた気分は?」

「最ッ高に腹が立つわね!」

 現在のメルスは、選択肢にあったすべての縛りが施されていた。

 武術・魔法・身体・技能・特殊系統のスキルを封じられた彼に、戦う術はない……そう思う者はこの場に居ない。

「結局何よ、全然変わってないじゃない!」

「いいか、ティンス。スキルは許可証であって、それそのものじゃない。免許証が無くても運転自体はできるように、スキルが無くともその動きはできる……魔法は面倒だが、現実でもできることなら俺でもできるぞ」

「このー、“氷矢アイスアロー”!」

「たとえば、魔力を拳に乗せる……これだってスキルの補正が無くともできることだ。もちろん、俺の才能ってわけじゃないぞ? この籠手は俺専用のアイテムだが、その分補正が強く働くんだよ」

 意味が無いように思えた、メルスの自主トレーニング──スキルの補正を用いぬスキルの擬似行使エミュレート

 もちろん、それなりに効果はあるが……不必要なだけのステータスを彼は宿している。
 彼はそれを扱い──氷の矢が纏う魔力を、それ以上の魔力を宿した籠手で弾く。

 何度も行われてきたその光景だが、いっさいのスキルを用いずにそれを可能としていることに驚かれていた。

「……装備、そろそろ試してくれよ。いい加減理解してくれただろう? 力そのものに善し悪しなんてないし、コロコロ変わる。大切なのはそうじゃなくて──気にいるかどうかだけだろう」

 少女たちが握り締める剣と弓。
 特殊な加工法によって軽量化されたその武具には、いくつもの特別な機構が組み込まれている。

 彼女たちはそれをあえて使わず、武具としての『正しい』使い方のみをしていた。

 メルスはそれを指摘し、自身が織り込んだ機能を使えて口にする──まさに、敵に塩を送る行為である。

「……さあ、どうするんだ?」

「お姉ちゃん……」
「やるしか、ないみたいね……くっ、こんな場所でアレをやらせるなんて……なんて卑劣な男だったのかしら」

「いや、そんなことをさせた覚えもさせようとしたつもりもないんだけど……えっ? いや、何かダメだった?」

「──やろう、お姉ちゃん!」
「そうね……やるしかないわね!」

 メルスの問いにはまったく答えず、互いに解を重ねた少女たち。

 二人は武具に取り付けられた宝石のような珠に触れると──若干頬を赤らめながら、声高々に叫ぶ。

「「──『武機切替ウェポンスイッチ』!」」

 メルスの遊び心によって、音声認識でしか起動しないように設定されたその機構。
 二人の声紋と魔力を識別した武具は、それぞれ少女たちが望む形へと姿を変える。

「す、ステッキモード!」
「バスタードモード!!」

 一人は恥ずかしそうに杖を握り締めた……その姿はまさに魔法少女だった。 

 一人はヤケクソと言わんばかりに片手半剣バスタードソードの柄を握る……怒気に震えるその手は、今にも壊れんばかりに力を籠めている。

「おー、似合ってる似合ってる。とくにオブリ、とっても可愛いぞ」

「えっ? えへへ~、そうかな~?」

「もちろんだ──だろう、エブリワン!」

『ウォオオオオッ!』

 恥じらう少女オブリの姿に大盛況。
 育まれたメルスの感受性をそのまま受け継ぐような感性を宿す観客たちは、純粋にその愛らしさを愛でていた。

「カモーン、二人とも。言葉で語るのではなく、ここからは武で語れよ。スキルを自力で使えなくなった……舐めプな俺によぉ」

「その言葉……後悔させるわよ!」
「わ、わたしも頑張るよ!」

 改めて戦いが再開される。
 これまでの反省を済ませたのか、二人は魔法を攻撃重視ではなく足止めのために扱う工夫を凝らせるようになった。

 血を触媒にする血魔法、大気中の水分を操ることができる水系統魔法、この相性は特に発揮される。

 血を水分として扱うことで、それをどちらの触媒としても扱えるようになったからだ。
 槍として放った血を途中で散布し、メルスの周りを囲い──封じる。

 粒子の一つ一つにダメージ判定を持たせ、ティンスの指示一つで鋭い武器にする……といった戦術で攻めていく。

 そしてもう一つ、彼女たちが握り締める武具もまた戦況を大きく変えていった。

「いくわよ──『物質主義キムラヌート』!」

 ティンスが握り締める真っ黒な剣は、とある不浄を基に打ち上げられた逸品である。

 発動した能力は示す通り『物質主義』──持つ者と持たざる者による悪徳を意味し、それに関する事柄を判定した。

「そりゃあ強くなるわよね! こちとら新人で、そっちは最初からやってるんだから!」

 持つ者と持たざる者──図るのは所有するアイテムの量。
 鍔の辺りに取り付けられた真っ黒な宝珠が昏く輝き、それがティンスを包み込む。

 拳と剣がぶつかり合う。
 これまではあっさりと弾くことができていたメルスだが、その重く圧し掛かる感覚に驚き……その隙をティンスが突く。

「──“大切斬パワースラッシュ”!」

「予想外だったな……まあ、まだ体が付いていってないみたいだけど。痛いだろ? いきなり強くなったから、体が対応できずに耐えられない痛みになるんだ」

「それ、でも……今は我慢でしょ!」

 ティンスが宿す【忍耐パーティエンス】は、その強き意志に応え限界を超えた力を発揮する。

 軋む肉体は正常であると錯覚し、身を包む昏き輝きを体内へ取り込んでいく。
 それは次第に灰色の光へ変換され、ティンスの体は苦痛から解放されていった。

 そうなると、彼女を束縛するものは無くなる──少しずつ馴染んでいく補正値込みの肉体スペックを使いこなし、剣を振るいメルスの余裕を奪っていく。

「……さすがにこっちで回復させる余裕は、無くなったと認めるよ。だけどまあ、まだまだ俺は戦えるぞ」

「くっ、まだ付いてこれるの!? 強化系のスキルも魔法も使えないでしょ!」

「後の先ってヤツだ。これまでの間で、ある程度動きは視させてもらった。俺レベルまで能力値が高くなると、そういうことも勝手に理解できるようになるみたいだな」

 能力値に記された六つのパラメーター。
 それらには隠しパラメーターという概念が存在し、その一つとして行動速度SPDがある。

 その数値も一定以上を誇るメルスは、思考速度もまた人並み外れたものとなっていた。

 オブリガーダとティンスが取ったこれまでの行動は、すべてメルスの頭の中に叩き込まれている。

 それを指に嵌めた(行動補助)スキルを持つ『神呪の指輪』によって演算させていた。
 文字通り行動に補助を受け、攻撃の軌道をなんとなく理解できるようになったメルス。

 籠手をその軌跡のどこかに当て、必要最低限の力で弾き返すことで余裕を繕って・・・戦うことができていた。

「だからこんなこともできる……悪いが、一気に減らさせてもらうぞ」

「速……うぐ──ッ!」

「(禁殺格闘)スキルだ……俺が俺自身のスキルを使えずとも、装備の介して使う分には縛りに入っていない。これは死なない分、威力が高めなんだ──つまりこうなる」

「お姉ちゃん!」

 オブリの悲鳴に似た声が、ティンスの耳に入ることはない。
 それ以上の風圧で振るわれた拳に殴り飛ばされ、闘技場の端まで向かったからだ。

「うーん──それっ!」

 それを見て、オブリは矢を射った。
 身の丈に合わない大きさゆえに、ハーブのような持ち方なのだが……補助機能が自動的に作用し、最適な形で『射撃』という結果をもたらす。

 そしてそれはメルスの下へ……向かわず、ティンスの心の臓を貫いた。


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