AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
02-30 過去の王都 その14
互いに剣を重ね合うと、目まぐるしい速さでこの広間で動き回る。
儂らはただ、それを観ることしかできずにおった。
「んなっ、なんで気づけんだよ! というかどうして武器持ってんだよ」
「お前だって持ってんだろ」
メルスは空間魔法が使えておったし、別の空間にでも仕舞っておったのじゃろう。
貴族が気づいていれば欲して提供を要求したくなるほど、濃密な魔力を中に内包しているようじゃし。
「……しかし、対極的な動きじゃな」
荒々しいレイヴンの動きは、まさに獣の暴虐を体現していた。
邪神への信仰が力をもたらすのか、周囲の瘴気が濃ければ濃いほど身体能力が増しているように見える。
一方のメルスは……よく分からぬ。
スキルの動きだけに頼っているのではないが、定まった剣術があるわけでもない。
「騎士長よ、理解できるかのぅ?」
「……あれは、スキルに頼らない動きを模索していますね。我々も模擬戦をしましたが、その際に我々が見せた動きも使っています」
「つまりあれかのぅ? メルスはまだ、遊ぶだけの余裕があると」
「末恐ろしいものです。聞いたところによれば、彼は誰に教わるでもなく我流であの域にまで達したと言っていました。それがまだ、高みを目指そうとしている……国王様、彼はいったい何者なのでしょうか?」
何者か……そう言われてしまえば、問いに対する答えを出すことはできぬ。
あらゆる手段を用いてメルスについて調べたのじゃが、何一つとして分かっていない。
一つだけ分かったこと……それは、同時期に多様な種族の集団がこの国に現れたこと。
神託によって予告されていた、突然街中に現れる特別な集団。
メルスもその一人なのじゃろうか?
あるときを境に音沙汰も無くなっていた神託が、突然来た際は不信に思ったものじゃ。
「まあ、メルスに限って何か企みがあるわけでもないじゃろぅ……足掻こうとも、アーチが敵わなかったのだから抗う者がおるまい」
「あの『光剣』がですか!?」
アーチの二つ名じゃが、本人はあまり気に入ってはおらんかったのぅ。
本人も光よりは風を好んでおるし、何よりそれ以上の光をつい先日見てしまっておる。
「ランクSと言っても、アーチも儂もそこにハッキリとした差を感じておる。国の意向でなったボンボンと、神に祝福された武の才人が同格というのもおかしいではないか……もちろん、アーチはボンボンとは違うが」
「それはもう、心得ております」
「いずれ検討するべきか。Sを超える者たちが位置する、より高位のランクを……」
理屈は分からぬが互いに武器を変え、さまざまな武芸を儂らに魅せつける。
彼らにその意思はないじゃろうが、不思議と光景が目に焼き付く。
「メルスは遊んでおるからそれも分かるが、なぜレイヴンとやらも変えるのかのぅ?」
「侵入者は剣の大きさを変えているだけですが、メルス様は武器そのものを変えております。似ているようでこの二つには、明確な差がございます」
「スキルの影響か……」
「はい。侵入者が剣術スキルを持っているのであれば、どの長さであろうと一定以上の動きを行えます。ですがメルス様は一つ一つ、異なるスキルが求められております」
文献にはあらゆる武術を使いこなす英雄の存在も記されていたが、メルスがその者と同じスキルを持つとは思えぬ。
アーチを圧倒する魔法を扱えるうえで、武術までもが英雄の領域に達しているというのも信じがたい。
だが目の前の光景は、それを否定する。
変幻自在に生みだされる武器の数々は、達人が振るうソレと同様の軌跡を描きレイヴンの武器を破壊していた。
瘴気が欠けた部分を補い、すぐに戦闘は再開されるが……メルスの一方的な蹂躙とも思える時間が経過する。
「やれやれ、まだ話さないのか……」
「だ、黙れ!」
「その根性は素直に驚嘆だけど、俺もそろそろうんざりしてきてな──ジークさん、あの質問ってどうしてもしなきゃだめか?」
「……いや、メルスの任せよう」
自爆をされるぐらいであれば、情報は諦めた方がよい。
邪神教徒は自身が危険になると、自爆をする……じゃが、もう一つ厄介なことをするという話を聞いたことがある。
「ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんな! なんだよなんだよなんだよなんだよ! 俺の命は愚者どもに決められる筋合いもなんてねぇ! そうやって愚者どもは、何でもかんでも下に置かねぇと気が済まねぇのかよ!」
やはり、こやつは貴族に恨みを懐くか。
これまでの言動から、上級階級に負の念を向けているのは分かっておった。
その推測は今、たしかなものとなる。
「……バカらしい」
「ハァ!?」
「目上を恨みたいなら、お前の上司を恨めよさっさと。それに神も、お前がそれまで信仰しなかったって理由で助けなかった……同じだろ? お偉い様が何をしたかなんて知らないけどさ、救うも救わないも虐げるも虐げないも全部同じだ」
……メルスの意見は極論じゃな。
どのような生き方をすれば、そういった考えとなるのか気になってしまうぞ。
恨みに大小はあるじゃろうが、そのすべてが行動に移されることなどない。
その大半が自己整理の中で不必要な恨みと判断され、忘却されていくからじゃ。
メルスの挙げたソレは、すべてに等しく憎悪を抱けというのと同意である。
自身がそう思っているとは思わぬが、そもそも論としてそのような言葉が出てくる時点で考慮をすべきものじゃ。
「…………」
「沈黙で返すか。まあいいや、それよりもお前まだ何か隠してるよな? それ、使っていいから早くやれ」
「メルス、何をするのじゃ?」
「ジークさんたちは確実に守る。だから、許可してほしい……知っておくべきことだ」
その瞳は真剣な眼差しを……してはおらんかったが、それでも何かをしたいという意志だけは伝わってきた。
あまり城を、実験の場に使わないでほしいのじゃがのぅ……そう思いつつも、結局メルスには抗えないので許可を出す。
「──というわけだ。レイヴン、お前の信じるものってなんだ? それはこんなふざけた現実を、グチャグチャに塗り潰せるだけのナニカがあるのか? そのすべて、甘ったるい考えごと滅してやるよ」
「……殺す? はっ、笑わせんな! 邪神様の加護を授かれねぇような愚者が、この俺に挑発かよ!」
「加護? ああ、すまなかったな。お前はその何もできない残念な神様に、おんぶにだっこな自分しか妄想できなかったんだな」
「──死ね」
挑発に乗ったレイヴンは、服の中に手を入れて首から下げた紐を引き千切る。
そしてそれを呑み込むと──詠う。
「『我が存在を糧としよう。血潮は神威、骨肉は神髄。力に溺れし愚者よ、変わらぬモノなど何もない。我が神よ、彼の地より降臨したまえ。御霊に捧げし我が魂魄、願わくば救済を齎さんことを』──“■■■■”!」
報告にあった理解できない言語によって唱えられたソレは、禍々しい力を周囲に放つ。
結界越しであるはずの儂たちにも、絶望的なナニカがこれから死をもたらそうとしていることが直感的に悟れてしまう。
「っと、急に弱まったのぅ」
「悪い悪い、まさか俺の結界を超えて影響が行くとは思ってなくてな。張り直して強化したから、たぶんそれで充分だと思う」
「う、うむ。ずいぶんと楽になったぞ」
「いやはや、まさか教団全員がこれを使えるのか? ジークさん、かなり危険だな」
何か企み事を隠しているのか、あっぱれと思えるほどにニヤついているのが少し残念なところじゃ。
「メルス、やはりこれは……」
「自爆は第一段階だな。その次として用意されている、人身御供の使徒様降臨だよ」
「生贄系のスキルじゃったか」
「詳しいことはまだ分からないが、さっきの指輪を媒介に一度だけ使えるみたいだ。もちろん、誰の使徒かは分かってるよな?」
邪神、言葉の上で語るのであれば軽く受け止められていた……じゃが、使徒とはいえその神威(微)を浴びてしまうとその薄れていた現実感も正気に戻ってしまう。
レイヴンはやがて全身を瘴気で包み、爛々と妖しく光る瞳でこちらを睨みおった。
ゆらりと儂たちに向けた掌から、これまた瘴気纏いの魔法を放つ。
「おっと、それは不味い──“万能吸収”」
「チッ、使徒様のお力だぞ。愚者のくせに、偉大なるご意志に抗うなよ」
メルスがどこからか取りだした一冊の本。
黒よりも昏い闇色の光を放つと、瘴気をすべて消し去っていく。
吸収という名からして、どこかへ保存しておるのか? ただの本ではなく魔本……やはり、ただ者ではないのぅ。
「……そうだ。愚者、お前がただの愚者じゃないことぐらい分かっている」
「そうか、そりゃあありがたい。それなら今の評価は──賢者ってところか?」
「賢者? お前がか…くっ、くははは! 馬鹿なこと言うなよ、愚者がつけあがったところで所詮は劣等者に決まってんだろうが!」
「劣等者ねー、そりゃあありがたい。愚かではなく劣った者、等しく比べた上での判断を頂けるとはな」
魔本は消え、その手には何もなくなる。
まるで何も必要ない、そう誇示するようにメルスは語った。
「最後のチャンスだ、お前の過去話を今すぐジークさんにすれば何もしない。大人しく吐け……じゃないと浄化する」
「おいおい、世界を浄化してやってんのは俺たちだぞ? お前らみたいな愚者どもが穢したもの全部、俺らによって清浄なものになってんだからよ!」
「んー? まあ、俺もできるからそれはいいけどさ──“破邪光輪”」
「うぐっ、グァアアァァアアアァッ!」
眩く、温かな光がこの広間を照らす。
メルスの背後から現れたその光は、瘴気を晴らす日輪のような輝きを以って闇に包まれかけていた場を清浄化していった。
……のぅ、いったいいくつ手札を隠しているんじゃ。
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