AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

02-28 過去の王都 その12



 アンリに誘導され、ジークさんたちお偉い様がたが待つ謁見の間に辿り着く。
 その気になれば座標指定をして飛ぶこともできるが、偽善者はできるだけ目上の者を敬うことにしているのでやらないぞ。

「……なんだか緊張してくるな」

「大丈夫ですよ、いつも通りのメルスさんなら問題ありません!」

「そう、だといいんだけどさ……」

 表彰台に上げられることすらない、本当にただのモブである。
 唯一そんな機会があったのだが、それも皆勤賞で呼ばれるだけ……ゲームでだって、毎日ログインしていれば貰えるボーナスだ。

 経験が無いと少ないでは意味合いが違う。
 呼ばれて立ち上がる際の視線、それに竦んだあの頃が少し懐かしい。
 今回のイベントは、それを何十倍にも高めたような恐怖感だろうか?

「けど、そうだな。やるしかないか」

「はい、頑張ってくださいね!」

 たしかに怖いが、それでもなんだかあまり実感がないし……本当に困ったら、聖・魔武具頼りで乗り切ることにしよう。


「──メルス様、お時間です」


 そんなこんなで緊張を解していると、扉の中から連絡を受けた騎士の方がそう告げた。
 ついに来たか、と緩めたはずの緊張が再び固くなっていくのを感じる。

「あ、ああ……それじゃあ行こうか」

 ゴクリ、と唾を嚥下してリラックス。
 扉に近づき、その瞬間を待つ。

 ゴゴゴゴゴゴッと重低音を上げ、両面の扉が騎士たちによって開けられていく。
 少しずつ視界に眩い光が射し込み、その高級感溢れる光景を俺の眼に焼き付ける。

 そして、ピコーンという音が俺の脳内に直接鳴り響き、俺の……あれっ、ピコーン?

「……ああ、このタイミングなのね」

 即座に魔力を対価に思考操作でその連絡内容を把握し、小声で呟く。
 六日目ということもあり、ある意味必然なのかとも納得する。

「はいはい、やりますよ。見ていろ、偽善者の暗躍をな」

 完全に開かれた舞台を眺めながら、俺は独りそう決意した。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 粛然としたその場を揺るがす、始まりの言葉が告げられる。

「──この者、メルスに褒美を与える」

 ネイロ王国の王城、その謁見の間に集められた選りすぐりの者たちへ緊張感を与えた。

 名を呼ばれた者、すなわちメルスは突然どこからか現れた正体不明の人物。
 ただの冒険者のはずが、単独で迷宮を踏破したということでこの場が設けられた。

 それぞれがさまざまな場所から情報を集めたが、これまでの足取りはいっさい掴むことができなかった……それは当然なのだが、彼らにとっては謎でしかない。

「ハッ、ありがたき幸せ!」

 この国にはない不思議な意匠がこらされた格好をした、白黒交じりの髪をした少年。
 人形めいた相貌を下に向け、王に最大限の礼儀を取る。

 冒険者では珍しい、分を弁えることができる者……初めて彼を見る者たちにとって、第一印象はそのように纏まった。

「うむ。では、続いてこの場を以って伝えねばならないことがある」

 儀式はすぐに終わった。
 だがそれ以上に重大な……国の存続に関わる可能性もある事件について、国王は相談を始める──はずだった。


「──ふはははははっ! 悪いが邪魔をさせてもらうぞ、血に酔う愚者どもよ!」


 それは唐突に、かしずく少年の頭上から響き渡る声であった。
 皆がそちらに目を向けてみれば、黒い靄が空気を汚していく様子が見て取れる。

「俺の名は『レイヴン』、邪神教団に所属する者! 短い間だが、貴様らと同じ空気を吸うことになった……仲良くしようぜ!」

「邪神教団だと!?」

「なんだなんだ、まさか偉大な神を崇める宗教を知らないのか? おいおい、この国は愚かな上に劣ってもいたのかよ!」

 そう言って高笑いをしながら、レイヴンは地上へ足を下ろす……踏んだ途端、彼の周囲は場を昏くするナニカに侵蝕されていた。

「そこの王様が言おうとしていたように、俺たちの魔の手がこの国に迫っているわけだ。新しく用意した迷宮で、大量の魔物を仕入させてもらったぜ──クックック、どれだけ俺たちが核を調達するのに苦労したのか、思い知るがいい!!」

 後半は本人の心情が溢れていたのか、その感情が伝わった者たちはどうにも口を開けない状況に陥ってしまう。
 向けられる視線もまた、敵意だけでなく同情が重ねられていく。

「な、なんだその目は。愚者どもめ、今日が貴様らの終焉記念日なんだぞ! 迷宮は暴走し、この街を滅ぼす! ふはははっ、絶望するがいい! 一足早く死に、滅びゆく国を界道より拝むのだな!」

 界道とは、この世とは別の世界を繋ぐ道。
 つまりあの世へ向かう黄泉路のことだ。

 指導者を殺し、より王都崩壊を確実なものにしようとする邪神教徒……だが彼を見る目は、未だに同情をする眼差しであった。

「のぅ、お主はこの式典が何のために行われているものか、知っておるかのぅ?」

「……ほ、ほらあれだ! そこで頭を下げてる馬鹿な奴がなんかしたんだろ?」

 そう言ってメルスを指差すレイヴン。
 その通り、この式典はメルスの功績を祝い行われたもの。

「──迷宮踏破を祝した、式典なんじゃよ」

「……へっ?」

「ここにおるメルスは、この近くに生まれた迷宮を単独で踏破した。それに感謝し、このような式典を開いたのじゃ」

 しばらく間が開き、レイヴンが状況を理解するために思考をフル回転させる。
 そしてある事実に気づき……発狂した。

「つ、つまりあれか? 俺はもう無くなってる迷宮について語ってたってことか……おいおいおいおい、ふざけんなよ! そんなもんただの道化じゃねぇかよ!」

 癇癪を起こすように黒い靄が辺りに広がっていく。
 放たれた威圧感はこれまでの失態を拭うだけの恐怖感を周囲に与え、怯えをもたらす。

「……まあ、いいさ。とっくに迷宮主の搬送は済ませていたんだ。ここにいる愚者どもを潰せばそれで済む話だろ」

 怒気を発散することで冷静さを取り戻したレイヴンは、再び辺りを見渡す。
 己の魔力に恐れを抱き、身動きもとれずにいる者たち……体を動かせる者も数人、はっきり言って貧弱だと感じた。

「まずは見せしめだ。そこの王様……は、殺すには早いか。必要ない奴で、ちょうどいい力の持ち主…………よし、お前だ」

 未だに頭を上げない愚者、まさに愚の骨頂だと笑いその者を指差す。

 式典に参加していた者たちは、自身が狙われなかったことに安堵しつつも、侵入者を相手に何もできなかった冒険者に侮蔑の視線を向けていた。

「一人で居るってことは、斥候職がこそこそと侵入したんだろ? 最下層はもぬけの殻、お前みたいな奴が来れたのか」

 生みだした魔力に黒い靄がかかり、禍々しい球体がレイヴンの掌に生成される。
 向ける先には当然のように、不動の構えを取る愚者が……。

「──死ね、最上級の愚者」

 そして、謁見の間に爆発が起きる。
 モクモクと立ち込める煙、その威力が引き起こした現象にその場に居る者たちは表情を驚きに満ちたものへ変化させた。

 それは爆発が起きた中心を見てのことだ。
 煙を吸って噎せ返る男が一人、状況が分からないといった表情を浮かべていることについてである。

「げほっ、ごほっ……なんだよ、これ」

 攻撃を放ったはずのレイヴンが、自身の魔法の影響を直に受けてダメージを負う。
 爆発と共に生まれた煙も、それまで生みだされていた黒い靄も何かに阻まれるようにレイヴンの周囲を漂っている。

「結界です。優秀な貴方様には分からないような、愚か者にしか見えない品ですが」

 そう、結界であった。
 頭を下げたメルスはゆっくりと顔を上げ、レイヴンの方を見向きもせずに国王を仰ぐ。

「国王様。恐れ多くもこの城に攻め入った賊の捕縛に成功しました。ですので、以降の勝利をどうすればよいか……ご指示を」

 侵蝕に時間をかけた結果、歩を進めることがなかったレイヴン。
 メルスはこれまでの時間、頭を下げながらずっと魔法の準備を行っていた。

 開口することなく詠唱を行う思考詠唱スキル、それに複数の行動を並列して行うことができる並列行動スキル。
 魔力の揺らめきを隠しつつ、ゆっくりとレイヴンの動きを観察しながら結界を構築していったのだ。

「チッ、隠蔽も使えたのか。魔法を使える斥候職……ずいぶんとまあ足掻くんだな」

「王よ、ご決断を」

「おい、話を聞けよ!」

 ギャーギャーと騒ぎ出すが、先ほどと異なり魔力が靄が漏れ出ることは無かった。
 国王は軽く目を閉じ、言葉を発する。

「うむ。せっかくの機会じゃ、そちの実力を疑う者共に見せてやれ──武を以って儂を認めさせたその真価をな」

「ハッ、仰せのままに!」

 舞台は整った。
 これは語られることのない、もう一つの国家に関わる危機。
 独りの偽善者と一人の邪神教徒による、上層部の命を賭けた闘争劇。

 ──偽りの善行が、神をも恐れぬ大罪を犯すその序章プロローグである。


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