沈黙の籠城犯

山本正純

動き始める籠城犯

爆発まで残り2時間30分。喜田参事官は腹を立てながら北海道札幌市にあるホテルの廊下を歩いていた。休暇も兼ねて結婚式に参加したのだが、刑事部長はそれを断念させて、事件の捜査に自分を参加させた。
警察官という仕事は、親の死に目にも遭えないほど忙しい。プライベートを犠牲にしなければならない仕事であることは、喜田も理解している。だが、捜査費用の節約のために北海道にいる自分を利用する刑事部長のやり方は間違っていると参事官は思った。
そして彼は、ホテルの1室のドアをノックする。それから数秒後、ドアが開き黒いスーツを着た男が警戒しながらドアを開けた。
「警視庁刑事部参事官の喜田です」
喜田が警察手帳を見せながら挨拶を済ませると、男は頭を下げ参事官を部屋に招き入れた。
その部屋に設置されたソファーには、白髪交じりで細目のスーツ姿の男が座っている。その男の目の前の机の上に設置されているのは、携帯電話に繋がれた逆探知の機械。おそらく犯人からの要求がこの携帯電話に掛かってくるのではないかと思った北海道警が用意した物だろうと、喜田参事官は考える。


その時、参事官の元に丸坊主頭の刑事が近づく。その男は、喜田に警察手帳を見せ、頭を下げた。
「北海道警捜査一課の海原三郎です。本庁との合同捜査、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
両者が握手する様を見ていたソファーに座る男が悪態をつく。
「警視庁との合同捜査ね。警察も暇になったもんだ。あんなイタズラを真に受けるなんて」
「椎名博文さん。何者かがあなたの会社のセキュリティーシステムを乗っ取っています。2時間30分後には、あなたの会社は崩壊するでしょう。それでもイタズラと言えますか?」
海原が椎名を諭す。だが椎名は態度を変えない。
「だったら、何で要求がない。俺の会社が乗っ取られてから2時間も経っているのに、要求がないというのは、どういうことだ」
椎名は右腕に付けた高級そうな腕時計を指差しながら怒鳴る。それを宥めようと、喜田参事官は彼の元に歩み寄る。
「焦っても仕方ありません。なぜなら今は犯人の出方を伺うしかできないのですから」
その時、椎名社長の携帯電話が振動し、非通知の電話が着信した。椎名社長は刑事達と顔を合わせ、携帯電話を手にする。
『椎名博文だな?』
受話器からは変声器を通したような不気味な声が流れた。
「そうだが、お前が沈黙の篭城犯か?」
犯人は、その答えを待っていたように、要求を述べる。
『そうだ。一度しか言わないから、良く聞け。今から30分後、道庁赤レンガ庁舎に1億円を持って来い。約束の時間になったら、正面の花壇の前で待つんだ。1億円の価値があるものなら何でも構わない。もちろん警察も同行して構わない。以上だ』
要求だけを伝え、犯人からの通話が途切れる。その後で逆探知を担当した刑事が顔を上げた。
「海原警部。犯人は札幌市内の公衆電話からかけています。もう少し会話を引き延ばせたら、犯人が電話に使用した公衆電話を特定できたのですが」
「仕方ない。ここはホシが現れる赤レンガ周辺での張り込みを強化する。もちろん札幌市内の警備も強化。怪しい動きをする奴を徹底的にマークしよう。上には私から話しておきます」
捜査方針が定まりそうな状況で、喜田は右手を挙げ、海原警部に尋ねた。
「ところで、このホテルから道庁赤レンガ庁舎までは、車で何分ですか?」
「10分くらいです」
「なるほど。問題は要求ですね。30分以内に1億円の価値がある物を用意するのは、不可能でしょう」
どうすればいいのかと刑事達が悩む中、椎名は腕時計を指差す。
「犯人の目的は、この腕時計かもな。こいつは高級なダイヤが埋め込まれているから、1億円の価値がある。こいつを取引に使えば、要求を叶えることもできるはずだ」
考える暇がない刑事達は、椎名の意見に賛成した。それから刑事達は、椎名社長と共に道庁赤レンガ庁舎に向かうため、車を走らせた。

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