異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第十四話 上薬草を求めて②

「そら!」

 スライムに打撃を加えると、またしても青い液体が地面に撒き散る。いやほんと、こいつらが赤色とかじゃなくて良かった。

「ふう」
「大丈夫お兄ちゃん?」
「おう」

 軽く疲れを感じ一息つくと、ユミが心配そうに顔を覗きこんでくるので全て吹き飛ぶ。この世界に妹あれ!
 とは言え、流石にスライムとは言えこうも連戦じゃきついよな。あいつらの突進地味に効いてくるんだよ。そろそろ上薬草を手に入れて家でゆっくりしたいところだけど……。

 しばらく藪の中を歩いていると、小さな滝が乱雑にいくつも形成される岩場に出た。川の源流のようだ。
 となるとここらへんもう上薬草があってもおかしくない。

「たぶんここらへんのどっかにあるはずだから適当に探すか」
「どんな薬草なの?」
「ああ、若干光る雑草があればそれが上薬草だ。今は明るいから分かりにくいけど、近づいたらなんとなくわかると思うぞ」
「了解! じゃあユミは上の方探してくるね」

 ユミは敬礼すると、軽快な足取りで湿った岩の上を飛び跳ねていく。身軽だなあいつ。
 少し心配だが、まぁ近いから大丈夫だろうと俺も辺りの雑草へと目を向ける。
 めぼしい草を見つけてはじっと顔を近づけ、一応手で影を作っても確認するが、そう簡単に見つからない。

 同じ動作の繰り返しに腰を痛めそうになりつつ、捜索を進めていた時だった。
 深緑の中に一点、黄色い光を帯びた草が目に飛び込む。

「あれだ!」

 思わず駆け寄ると、やはり発行した雑草が一本生えていた。
 根を傷つけないよう丁寧に土ごと掘り出すと、あらかじめ持ってきていた植木鉢を袋の中から取り出し、移す。
 よし、任務完了。

 見つかった事に安堵していると、ふと何やら違和感が脳裏をよぎる。

————明るいのになんで遠目からでも光ってるのが分かったんだ?

 咄嗟に地面から顔を少し上げると、腰ほどある草が群生する中、自然の緑とは似つかわない黒を視認する。
 草より二倍は高そうなそれが、小さく揺れ動くので見上げると、丁度恐ろしい紅の視線が前からこちらに向けられるところだった。

 やがて、視線がぶつかった。

 刹那、心臓を揺さぶる咆哮が鳥を森から羽ばたかせる。
 先ほどまで俺の居た位置には凶悪なつめが突き刺さっていた。反射的に飛び退いていなければ確実にあれの餌食になっていただろう。
 どうやらこいつの影のおかげで光ってるのが分かったらしい。
 魔物だった。名前は確かウルスベアー。スライムがEランクの最下位だとすればこいつはBランクの上位。おいおい、ここら辺は弱い魔物しか出てこないんじゃなかったのか!?
 いやでもただ一つ言える事がある。今の状況はスライムで苦戦している俺にとっては絶望以外の何者でもないという事が。

「お、お兄ちゃんどうしたの!?」

 先ほどの咆哮を聞きつけたのか、ユミが岩の上からこちらを見ている。

「とりあえずそこを動くな! もし俺がやられそうだと判断したらその時はすぐに向こうから逃げろ!」
「え、でも!」

 ユミが何かいいたげだったが、残念ながら聞いてやってる暇はない。
 何を言おう、先ほどからウルスベアーの目が捕食者のそれだからだ。
 嫌な水滴が背中を這うのを感じていると、勝ちを確信したのか、嬉しそうな咆哮が景色を揺らし、爪と共に巨体が突進してくる。
 速いが、動きは直線と単調なので紙一重で回避。だが時を置かずに第二撃。獰猛な爪が腹を貫かんと迫りくるので身体を逸らすが、脇腹に痛み。所詮は凡人だった。避けきれずに軽く肉体が爪に引き裂かれたのだ。

「くっそ」

 痛みやら何やらで漏れた悪態と共に、ウルスベアーの腕へ打撃を撃ち込む。
 が、手ごたえは皆無。何事も無かったように巨体が俺へと向けられる。
 本能的に身体が危険を察知。後方へ跳ねようと試みた。しかし。

「あがッ……!」

 全身がを覆う凄まじい熱に声にならない声が漏れだし、視界が真っ赤に染まる。赤いのは痛みのせいもあるかもしれないが、明らかに液状の物が宙を舞っていた。
 倒れないように何とか地に足をつけ、数歩後退する。
 朦朧。視界がぼやけかける中、疼く胸に手を当てると、ねっとりとした感触が手のひらにまとわりつく。

 おいおいこの出血量は洒落にならねぇよ……。せっかく拾った命だってのにここで呆気なく終わるのか。きっとこの惨状を見てユミも逃げている事だろう。まっすぐ下山するだろうが、頼むから魔物に遭遇しないでくれよ。まぁスライムなら逃げれない事もないだろうから、きっと無事に降りてくれるはずだ。
 ただ、このウルスベアーがユミを追わないとも限らない。幸いにして俺はまだ立てている。ならば一秒でも多く時間稼ぎをする必要があるだろう。
 妹を、護るために。

 遠のきそうな意識を叩き起こし、決意新たにウルスベアーを見据える。
 余裕からか、舌なめずりをしながらこちらを見やる巨体はきっとどう食い散らかそうか妄想して愉しんでいるんだろう。ならばぎりぎりまで愉しませてやるよ。その時間の間にもユミは少しでも遠く逃げられる。
 痛む身体に耐えつつ醜悪な様を見ていると、不意に思考が働く。

————だいたい三秒後にこいつは倒れる。

 そしてまさにその三秒後だった。鈍い音がしたかと思うと、硬直したウルスベアーが地面に重々しい音を立てて倒れ伏す。待て、何が起こった?
 状況を整理しようと試みていると、ウルスベアーの後方、肩で息をする人影が存在することに気付く。

「ユミ……?」
「あ、あれ……?」

 手に握られるひのきの棒は折れていたが、様子からユミがウルスベアーを倒したのだという事は理解した。
 しばらく呆然とするユミの姿を見ていると、脅威が消失したせいで気が緩んだのか今まで以上の痛みが襲い掛かってきた。

「ぐっ……」

 自然と膝をつくと、我を取り戻したかユミが慌てて駆け寄ってくる。

「お、お兄ちゃん大丈夫!?」
「……やばい」

 正直に言うと、ユミが何か思い出したのかハッとした表情をすると、岩の上を軽々と飛び跳ねていく。
 時を置かずして、ユミが手にいっぱい何かを握り俺の元へ戻ってくる。

「上に群生してた上薬草! たぶん薬草だから効くよね!?」

 なるほど、よく見れば光っている。

「助かる。とりあえず貸してくれるか?」

 言うと、ユミが上薬草を手渡ししてくれたので、持てるだけ受け取ると、一番ひどい傷を負っているであろう胸に押し付ける。確か使い方はこれで……。

「ッ……!」

 凄まじい痛みに叫びそうになるのを堪える。
 だが、痛みは一瞬だった。

「すごい……」

 ユミが俺の胸元に目をやり感嘆したようにつぶやく。
 俺も倣って見てみると、既に流れていた血に湿り気はあったものの、肉体についた傷は綺麗に治っていた。

「ほほぉ、これが上薬草の力か……痛みはあるけどかなり使え……いっつ」
「お、お兄ちゃん!?」

 脇腹の傷を忘れていた。
 ユミにまだ上薬草はあるかと受け取ると、脇腹の傷口にも押し当ててみる。
 先ほど同様、凄まじい痛みが一瞬襲い掛かったが、綺麗に傷口は塞がった。

「ふう、危なかった……」

 安堵の息をつくと、やけに静かになったのでユミの方を見てみると、怒号が飛んできた。

「お兄ちゃんの馬鹿!!」
「うっ……」
「なんであんな無茶するの! 死んじゃうところだったでしょ!?」
「そうは言われましても……」

 とにかくお前が生きのびてさえくれればよかったというかなんというか……。

「これからは絶対こんな……! こんな……」

 声音弱まったかと思うと、唐突にユミの目の光沢が揺らぐ。
 一滴、二滴と水があふれ始めた。

「馬鹿ぁ!」

 瞬間、ユミの身体が密着する。心地の良いぬくもりにじわじわと全身が温まっていく。
 ……相当心配させちゃったみたいだな。

「悪かった」

 正直に謝りつつも、小刻みに震える背中をゆっくり撫でてやる。
 しばらく同じ体制で過ごし、そろそろユミも落ち着きそうかなと思い始めた頃合い、ふと草むらがざわめいた。
 何事かと見てみると、次々と黒い影が草むらからのっそりと現れた。
 ウルスベアー。しかも複数だ。

「お、お兄ちゃん……」

 妹も異常事態に気付いたか顔を上げ目を見開く。
 こいつら、よくもまぁ兄妹水入らずの時間に横やりを入れやがったな……!
 ふと、黒い影のうち一体が突進してくるのを理解した・・・・。故に鋭い爪の刺突が繰り出されてもユミを伴いつつも難なく回避する。

「ざけんな!」

 怨嗟の声と共に、持っていた棍棒を思い切りウルスベアーに向けて叩き込む。
 瞬間、ウルスベアーは地面へと叩きつけられた。

 続いて、左右から巨体が同時に猛進。爪で俺たちを串刺しにするつもりらしい。
 軌道を完全に読み込むと、ユミの位置を安全圏へとずらし、一方の刺突は回避。もう一方は頭に打撃を加える。しっかりと頭蓋骨が折れた感触が伝わった。
 俺はもう一方の第二撃が、爪での水平斬りと断定。
 ユミを引っ張り身体の位置を入れ替えると、水平斬りを繰り出すためにがら空きになった横っ腹に、一振り。
 断末魔が木々を揺らすと、もう一方のウルスベアーもまた地面へと伏した。

 しかし息をつく間もなく、残りのウルスベアーが一斉に猛進。

「ちょ、お兄ちゃん!?」

 俺は慌てるユミを抱え真上へと放り投げると、回転。棍棒の間合いに入ったウルスベアー達を漏れなく殴打すると、絶叫と共に巨体の群れは吹き飛び、地面に伏した。
 同時、ユミも空中から帰ってくるのでしっかりと両手でキャッチしてやる。
 俺の腕の中で目をぱちくりさせるユミ。その瞳に映る俺もまた目をぱちくりしてるらしかった。

「え?」
「え?」

 兄妹の間抜けな声が森に木霊した、気がした。

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