異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第十話 来訪者

 ――――妹は守り切る。そう思っていた時期が俺にもありました……。

「システマ、こんたくと!」

 高原の草に囲まれる中、乾いた音だけが辺りに響き渡り寒々しい風が吹く。
 気にせず、思い切りぐっと足を縮め力を蓄えると、一気に伸ばし、飛翔。
 しかし俺の身体は広大な空の下に晒されることは無かった。一人佇むと、そのまま家まで歩いていき、扉を開け放ち、叫ぶ。

「力が発揮されない! きっと妹分が足りないのが原因だから今すぐちゅっちゅっさせてぇ!」
「どうしたの!? 気持ち悪いよ!? 元々だけどいつにも増して!」

 ソファーの上でくつろぐ制服姿の妹にばっさり切り捨てられ、あえなくソファーの下に突っ伏す。

「うう……くそぉ……」

 いやでもまぁ、そうだよな。俺脇役だもん。あんなチート能力簡単に発揮出るわけ無いんだよ……。
 昨日、ひとしきりユミと話し終わった後、とりあえず村まで三十メートルの壁も軽々と飛び越えるあのチート能力で下りて、生活に必要そうなものを適当に買ってくるまではちゃんと力は存在したのだが、今日になってそれは完全に息をひそめてしまっていた。
 さっきみたいにジャンプしても元々のジャンプ力しか発揮されないし、走る速さも平均値だ。
 朝からずっと今の昼過ぎまで試してきたが戻る気配が一向に無い。

「まぁまぁ、昨日みたいに凄い事できなくても、ユミのお兄ちゃんはお兄ちゃんで変わりないから安心して。ま、将来貢いでくれさえすればだけどねっ」
「ぐっ……」

 妹よ、可愛い可愛いウィンクをしてくれるのは大変うれしいのだが、最後の一言だけは省いてもらえないだろうか……。それだとお兄ちゃんの存在価値が妹の財布しかなくなっちゃう。いや待て、妹のためならお金くらい使ってやる! むしろ妹専属の財布になれるなんて超うれしい! 願わくばボトムポケットに入れて下敷きにしてぇ! お財布だけど愛さえあれば関係ないよねっ。

「なんかお兄ちゃんろくでも無い事考えてない? まぁ元気になったみたいで何よりだけど……」

 唐突に立ち上がったせいか、半ば引き気味に妹が言った後、ぐぐいーっとユミがソファーの上で伸びる。

「でも暇だね~」
「え、お兄ちゃんユミを見てるだけで退屈しない。可愛い可愛い」

 即答すると、ユミがジトーッとした目線をこちらによこしてくる。

「気持ち悪い」
「ひ、ひどい! 昨日のユミレラはどこへ行ったっっていうの!?」

 涙がドボドボ溢れそうだったので目を腕を抑えつつ、ユミの方をチラリと見てみる。

「えと……あ、あれは久しぶりの再開っていうシチュエーションを利用したブラフだもん! あと変な呼び方やめてくれる!?」

 跳ね起き、わちゃわちゃ手を振りながら必死で訴えかけてくるユミ。超可愛い。

「でもなるほど、デレてた事は否定しないんだな?」
「えっ……? い、いや、そうじゃなくて……あ、あれ? だからわざとで……」

 ユミは目を軽く泳がすが、それでもしどろもどろながら言葉をつないでくるので、俺は指をビシリと突き出し決定的な事実を指摘してやる。

「でもデレたという事実はそこに存在する!」
「……ッ!?」

 力強く放った言葉が決め手となったのか、ユミは顔を真っ赤に染め上げ硬直する。

「ブラフだよっ!?」

 ちょっとした屁理屈を言っただけだが、ユミは捨て台詞を吐くとあえなく撃沈しソファーに顔をうずめる。にしてもこの子ブラフって言葉好きだなぁ。どういう意味だっけ、ブラザーフラグ? こりゃ妹ルートは余裕だな。

 まぁしょうも無い冗談はさておき、確かに暇ではあるよな。何せこの世界はゲームも無ければスマホも無い。そんな事思っちゃうあたりどこまでも現代の若者だな俺。まぁそれはいい。俺の場合妹を眺めて一日過ごすだけで十分楽しいのだが、ユミは退屈だと思うので自重するとする。
 何かやる事ないかなと思案していると、ふとフローリングに目が行く。
 せっかくいい感じの木なのに土足で上がるのはもったいないなよな……。

「なぁユミ、暇だって言ったよな」
「うん……」

 ソファーに顔をうずめつつユミは返事する。

「じゃあ掃除してこの家土足厳禁にしないか?」
「えー?」

 ユミは顔を上げ辺りを見回すと、うーんと呻るが、やがて頷く。

「でもまぁ、確かにそうかもね。割とまだきれいだし、土足で上がるのはもったいないよねー」
「だろ? 暇も潰せるし、くつろぐ場所増えるし」
「うん、お兄ちゃん珍しくいい事言うね。そうと決まればちゃっちゃとやっちゃおう!」

 ユミがパッと立ち上がるので、村で買ってきた箒を渡してやり、掃除してる間に汚れると二度手間になるので靴を脱いでから二人で掃き掃除を始める。
 まずは二階から掃いていき、一階に砂などを落とすと、村に石鹸は売ってなかったのでとりあえず消毒作用があるらしい薬草を塗り込み、濡らした雑巾で丁寧に拭いていく。
 掃いて、拭いての繰り返しで掃除をしていると、やがて家全体を磨き終わった。

「よし、綺麗になったぞ!」
「ふーいい汗かいたなぁ」

 ユミと共に達成感を味わっていると、何か思う事があったのかユミが辺りを見回す。

「ねぇお兄ちゃん」
「どうした」
「この家お風呂ある?」
「無いな」

 正直に伝えると、ユミが愕然した様子で身を固めた後、涙目で訴えかけてくる。

「そんな、お風呂が無い家なんてご飯と具を無くしたちらし寿司と同じだよ! もうお酢しかない!」

 いやいや、流石にご飯くらいあるでしょ。むしろお風呂の方が酢なんじゃないの?

「ユミ耐えられない! 昨日バタバタして入れなかったから今日は絶対入りたい!」
「そんな事いわれてもな……」

 まぁ確かにお風呂無いのは嫌だな。王都には風呂屋あったし全然考えてなかった。
 あ、でも待てよ? お風呂に入らなければ入らないほど妹分が濃くなるような気がしてそれはそれで……いや流石にその考えは気持ち悪い。よし、だからそれ言って罵倒してもらおう。

「でもあれだぞ、お風呂に……」

 ご褒美をもらうために言おうとするが、ふと響いた小気味よく鳴るドアの音で遮られてしまった。
 弛緩した空気が一気に引き締まる。

「お、お兄ちゃん……」
「ああ」

 逃げて来てから一日経っている。猫車に乗れば二日かかる道のりだが、騎士団なら一日あれば簡単に到着できるだろう。でもだとすればどうやってそんな短時間でここを嗅ぎ付けた?

「とりあえずユミは二階にいとけ。テラス側に回られたら見える」
「う、うん……」

 ユミが梯子を登っていくのを確認すると、再度ドアがノックされる。

「あのすみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 今度は女の声付きだ。
 俺は慎重にドアに近づくと、そっと少し開けて間から覗いてみる。

「どちら様……え?」
「あっ、いらしたんですね。すみません、実は私、旅の者でして……え?」

 ドアの前の灰色のローブを着た女の子と視線が合うと、あちらも俺には見覚えがあったらしく目をぱちくりさせる。

「えと、始めて銀行に行った時対応してくれた銀行員の子、だよね?」

 言うと、女の子も完全に思い出したらしく、驚きの色を顔に滲ませて指をさしてくる。

「あ、あなたは私の提案を無下にしたお無礼な客様!」

 そういう認識されてたのか俺……というかそんなことはどうでもいい、なんでこの子がこんな辺鄙な場所にいるんだ?


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