異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第五話 ソーレリア家の次女

 朝。
 昨晩はまったく眠れなかった。鍵はあったがすぐに壊せそうな感じがしたので大金を盗まれるのが怖かったのだ。足音がするたびにビクビクしていたあの時間は今も忘れられない……。
 もっとも徹夜なんか前の世界でよくしていたのでそれほど問題ではない。眠いのは変わりないけど。
 ま、それはさておいて、不動産屋の場所は宿屋の店主にさりげなく聞いて教えてもらったので把握した。ここから定期的に巡回している運送猫車うんそうびょうしゃとやらで南区にいけばいいらしい。そもそも不動産屋があるのか疑問符だったがあって良かったと心から思う。

 ただ、大金が手元にある以上まだまだ油断はできない。
 周りに最新の注意を払いつつ宿屋の前に来てくれるという運送猫車とやらを待つと、動物がアーチ状の屋根を持つ小洒落た台車を引いてやってきた。猫車というからには愛らしいのかと思ったがそうでは無く、台車を引いてるのは目つきが鋭く図体の出かい肉食動物のようだった。外見は虎を茶色にした感じだが、大きさは虎の二倍はありそうだ。よくこんなのを街中で歩かせるな……。

「どこまで乗るんだい?」
「あ、えと、南区の不動産屋に行きたいのでその近くに停まる所で」

 肉食動物っぽいので内心びくびくしつつも、その上に飄々と乗るおじさんが聞いてくるので行く場所を伝える。

「じゃあ銀貨七枚と銅貨二枚だね。丁度不動産屋の前に停所があるからそこまでの値段だよ」
「ああ、はい」

 だいたい七百二十円くらいかな。宿屋に泊ったことで少し崩れていたお金を渡し、台車の中に乗り込むと、既に三人お客さんが乗っていた。
 それなりに大きな袋で気になるのか、自然と視線が向けられるのでしっかりと両手に抱えて椅子に座る。

「ニャーヤ!」

 おじさんが掛け声と共に肉食動物を平然と鞭で叩くと、台車が動き始める。
 こんな事を動じず街中でやるあたり、この世界が本当に異世界なのだと再認識させられる瞬間だった。
 しばらく台車に揺られ、街の風景がゆったりと視界を横切っていくのを見つめていると、斜め前から女の声が飛んできた。

「ちょっとそこの変な格好してるあんた」
「え、えと……なんでしょう?」

 声の主は俺と一つ下か同い年か、どちらにせよあまり俺と年齢が変わら無さそうな女の子だった。サクランボのように艶やかな赤髪を肩の辺りまで湛え、髪をの一部が二つに結わえられている。
 身軽そうなスカートから絶対領域をさらけ出しつつも足を組むその姿は高飛車な感じがしないでもないので、できれば無視したかったが、逆鱗に触れてお金を強奪されてはいけないのでなるべく慎重に答える。

「スキルでステータス見させてもらったわ」
「あー、はい……」

 鑑定のスキルでも存在するのだろうか。だとすればこの世界ってプライバシーもへったくれも無いな。

「……」
「あの。なんでしょうか……」

 不服が表情に出てしまっていたのか、女の子が無言のまま軽く目を吊り上げこちらを睨み付けてくるので表情にも注意しつつ恐る恐る声をかける。

「それよそれ! 年齢が近いのに敬語を使われると気持ち悪いわ!」

 そういえば確かにステータスに年齢も記してあったな。ほんとプライバシーの侵害。まぁそれはともかく、なんかこの子他の街の人とは違って服に飾り気があって剣まで腰に携えてるから手練れの冒険者か何かなのかもしれない。ここは言う通りにしないと面倒くさい事になりそうだ。

「それで、俺に何か用事でもあるのか?」
「大有りよ!」

 大蟻? ごめん俺難聴なんだ……。
 なんてことは言えるはずも無いので、黙って次の言葉を待つ。

「あんた、害意にあてられてるわね?」
「うん、まぁそうなるかな……」

 実際はそうでもないんだけど。

「なら今すぐその瞬間どこで何をしてどうなったのか教えなさい」
「え?」

 喋りかけてきたと思ったらいきなりなんなのこの子。

「早く」

 女の子が先をせかしてくる。
 とりえあず無視したいところだがそれすると面倒くさい事になりそうなのでとりあえず成り行きでできた記憶喪失設定を伝える。

「俺、害意のせいで記憶が全部欠落したんだ。だから君に教えられることは無いんだ。ごめん」

 言うと、女の子の視線が一層きつくなる。

「はぁ? そんなわけないじゃない! 絶対少しはあるはずよ。いいから早く教えなさい!」

 おっとマジかよ。害意にあてられても記憶が全部消える事はそう無い事だったのか? 話が違うぞ。いやでもエレルさんが嘘はつかなさそうだし、この子が妄言を吐いてると判断した方がいいだろう。

「事実なんだから仕方ないだろ。逆になんで記憶がないわけないって思うんだ」

 言うと、女の子はさも当然そうに、

「なんでって、それはあたしが今までにそんな害意のあてられた人間とは会った事が無いからよ」

 呆れて声も出なかった。むしろ経験則だけでそこまで自信を持てるのは感心すらする。ほんと、寝不足なんだからそういう面倒な考えを押し付けないでくれよ……。

「さぁ、あんたの質問には答えてあげたんだから早く答えなさい」

 女の子は仕事は終わったとばかりに脚を組み直し促してくる。その際見えた純白の秘境に一瞬目が奪われたがすぐに振り払っておく。

「だからさ、本当なんだって」
「嘘ね!」
「いやほんとだよ」
「さっさと吐きなさい!」
「だから!」
「うるさい! あなたにこれ以上害意の記憶以外の発言権は無いわ!」

 こいつ……。
 よくもまぁ偉そうに初対面に相手にそんな事が言えるな。俺がなんでも許せる主人公格の人間なんて思ってるのなら大間違いだ。むしろ心が狭い事で定評がある。

「ていうかさ、お前のそれ完全に傲慢で勝手な思い込みだろ?」
「なっ……」

 急に声のトーンを低くしたせいか、軽く女の子が縮こまる。

「それに生憎だけど、もし記憶があったとしても初対面で見ず知らずの人間になんでもほいほい教えるほど俺はお人好しじゃない。ついでに言うとお前のその聞き方も最悪だしな。そんなもんで人から話を聞きだせると思うなよ?」

 女の子の顔が赤く染まっていく。

「うるさいわね! 私に口答えするなんて生意気よ!」
「初っ端から人の話を聞かず強引にまくし立てる方が大概だと思いますがね」
「黙りなさい! いい事、私は名家ソーレリア家の次女、セレサ・ソーレリアよ! 口答えは許さないわ!」
「ソーレリア? 知らんな。ていうか、今次女って言ったよな。そういう名門ってのは普通年長者が継ぐもんだろ。継ぐわけでもないのにそんな権力に縋るような……」
「うるさい」

 セレサというらしい女の子の小さくも力強い声が耳朶を打ち、思わず言葉が止まる。

「うるさい! そんなの……!」

 セレサが身をこちらに乗り出すと、不意にこの猫車の馭者ぎょしゃの声がかかる。

「お二人とも、喧嘩するなら降りてやってくれるかい。他のお客さんに迷惑だよ」

 思わぬ横やりを入れられ、セレサは周りに少し視線をやった後、俺をもう一度見て睨み付け乗り出していた身体を元の位置に戻す。
 なんていうか、あれはけっこう本気っぽかったな。うちは大富豪の家とかじゃなかったから分からないけど、ソーレリア家とやらは名家っぽいから、確執じゃないけど色々と大変なのかもしれない。
 寝不足のせいもあってかイライラしてた。ちょっと言い過ぎたかもな。

「なんか、すまなかったな」
「フン」

 謝るも、セレサの視線は俺から逸らされるのだった。


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