異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第四話 お金の使い道

「そこをなんとかお願いしますよ!」
「いやそうは言われましても、当行は大金貨五……」
「ストップ! お口にチャックプリーズ!」

 思わず叫んでしまい沈黙の中、周りの人達から見られていたに気付いたので、慌てて目の前のふわっと肩まで甘栗色の髪を湛えた可愛らしい同い年位の女の子を黙らす。

「あはは……どうもどうもすみません」

 注がれる周りの視線に適当な愛想笑いでへこへこすると、注目から解き放たれる。

「ちょっと困ります。大金持ってるのバレたら悪い人が俺を狙いに来ちゃうかもしれないじゃないですか!」
「それを言うなら当行で大金貨五百枚も預けるという方が困ります!」

 なるべくヒソヒソ声ならがもはっきりと伝えると、同じ感じで返事がかえってきた。
 場所にして都立コラジクス銀行。あのザマスおばさんからもらった大金を持ち運ぶのは体力的にきついのと、この世界の治安がどこまで悪いのか分からないので預けようと、この場所をさりげなく町の人に聞き出して来たわけだけが、どうやらこの銀行は大金貨百枚までしか預けることが出来ないらしい。

「そこをなんとかお願いできませんかね……自分弱いんでこのお金盗まれそうで怖いんですよ……」
「そうは言われましても規定は規定なんです」
「いやでも……」
「それにあなた身分証はあるんですか?」

 疑惑の視線をこちらに向ける女の子に思わず言葉が詰まる。

「あの……身分証っていうのは……」
「や、やっぱり無いんですかあなた!? なのにそんな大金貨五……」
「だからやめて! 言わないで! ほんっとシャレになんないから!」

 女の子が驚きからかまた大きな声で大金貨五百枚とか口走ってしまいそうなので即座に制止すると、納得はいっていなさそうながらももう一度声を潜めてくれる。

「ですがお客様はやっぱり怪しいです……身なりも変ですし」

 確かにジャージ姿というのは実にこの世界じゃ異彩を放っている。怪しく思われるのも無理はないか。ならばあのワードを使ってみよう。

「ここだけの話、俺、魔王の害意に当てられてるんですよ……」

 魔法の言葉と思われる単語言ってみるが、女の子の反応は少し予想と違った。

「うわー出ました。最近よくいるんですよ、害意にあてられたと言って身分をあやふやにしようとする人が。私の目はごまかせませんよ。この水晶に手を当ててください」

 得意げに言って差し出すのは騎士団に連行された時にも触らされた水晶だ。たぶんステータスを確認するのに使うアイテムか何かなのだろう。
 大人しく手を差し出し水晶に触れると、女の子が後ろにある台の上に水晶を設置した。
 間もなく台の割れ目からファックスみたいに紙が流れてくるので、女の子がそれを両手に取ると、ぐっと自らの顔に近づかせ硬直する。

「あのー……」

 何秒か固まっていたので声をかけると、女の子は肩をピクリとさせこちらに向き直る。

「ゴ、ゴホン。まぁあなたがやむにやまれぬ事情がある事は分かりましたが、預けれないものは預けられません」

 女の子は若干頬を染めつつわざとらしい咳ばらいをする。
 なるほど、自分の推測が見当違いだったからそれを恥ずかしがってるというわけか。ユミには及ばないけど案外可愛い。
 いやそんな事よりあれだ、害意にあてられてるという事になったから身分の方は助かったけど、根本的な問題はまだ解決していない。

「……やっぱり預けるのダメですか?」
「ダメです」

 きっぱりと言い放たれてしまった。

「はぁぁ……きっとそのうち誰かに全額盗まれて精神的ダメージを被るんだろうな……」

 先を思うと自然と体の力が抜け、同時にため息が漏れた。
 せめて攻撃か守備か素早さか、とりあえずどれかがカンストとかだったらどれだけ楽だったか……。

「……そうですね。盗まれるのを危ぶむのでしたらこの際全部使ってしまわれたらいかがですか?」

 ふと、銀行員の女の子がそんな事を提案してきた。
 なるほど、確かに使ってしまえば盗まれる心配もなくなるかもしれない。

「もしくは、先が心配なのでしたら当行に大金貨百枚だけ預けて残りで豪遊するという手もありです」

 なるほど、だいたい大金貨一枚は俺の世界で換算すると十万円くらいと思われるから、四千万円は使って千万円だけ手元に残せばしばらくは普通に生活できるか。

「あーでも、身分証とか必要なんですよね?」
「ですね。見たところあなたは害意にあてられているので庁舎に行けば身分証は発行してもらえると思いますが、一週間ほどはかかります」
「一週間はちょっと……」

 流石にメンタルが持ちそうにない。

「はい、なので、ギルドで冒険者登録をすればその場ですぐに発行できちゃいますよ」
「うわ……」
「なんですかその嫌そうな顔は」
「いやー……」

 だってさ、冒険者ってあれだろ、先輩冒険者が絶対ふんぞり返ってたりするよね? 最強ラノベ主人公ならそんなもん蹴散らせるからいいかもしれないけど、俺はステータス的にもポテンシャル的にもそんなスペック無いからもし盾つこうものなら返り討ちにあってボコボコにされるのは必至だからな。もしかしたらあるかなとは思ってたけど行こうとは思ってなかったんだよね。

「気が進まないようでしたら私にご提案できることはもう無いですが」

 女の子は少しだけムスっとしながら言う。まぁせっかく提案したのに微妙な反応を見せられたら少しは気も悪くなるか。

「うーん、まぁそうですね。すみません。とにかくありがとうございました。考えときます」

 提案してくれたのに悪いが、やはりこの大金を持って冒険者ギルドとやらに行くのは少々リスクが高い。何せ俺は主人公格のポテンシャルは持ち合わせていない、その辺によくいる、極論言ってしまえばただ平々凡々なモブだからな。
 さてとりあえずここからは出る事にしようともう一度銀行員の女の子に会釈だけしておくと、俺は銀行を後にした。


 × × ×


 さぁどうする。
 額にしておよそ五千万円。まぁ実際家の価値がどれくらいなのかが分からないから一概には言えないが、まぁそういう事にしておくとしよう。

 とりあえず銀行に預けて他は使ってしまうという提案が一番理想だったが、それがかなわない今、とりあえずこのお金をいかにして消費するかについての観点で思考しなくてはならない。かと言って考える間に襲われては元も子もないのでとりあえず騎士団本部の前には歩いておいた。ここならまず安全だろう。

 さて、とりあえずどうするかだ。まず暴飲暴食という線は考えたがあり得ないな。一日で五千万円分食べられるわけないし、酒でも煽った暁には酔っぱらってるところを襲われるか、くすねられるかの二択だから駄目だ。装備とか揃えようとも考えたけど、いい防具をつけると悪目立ちして厄介ごとに巻き込まれそうだから却下。

 そうだ、いっそ使い道が無いならあのザマスおばさんに返すのも有りか? いやでもなんかもったいないしそれなら暴飲暴食に使おう。あとは何がある? あー、この世界に奴隷がいたらそれを買い取ってハーレム形成するのもいいか。いやでも俺はラノベ主人公みたいに聖人君主じゃないからほぼ確実に手を出してしまうので却下だな。やっぱり愛というのは恩着せがましさで勝ち取るものじゃないと思う。ましてや奴隷購入でご主人様素敵! なんて甚だ愚かしい。金で買う愛に価値など無い。いや、じゃあ聖人君主になれば金だけの問題じゃないかと言われればそれまでだけど流石に無理かな。

「うーん……」

 どれも得策じゃない。なんか無いのかな、もっとこう目立たないでお金を使える方法。
 でも家を買えるだけの大金だもんなぁ、やっぱそんなすぐに……。
 いや待てよ? 庶民の家を買えるだけの大金だとか言ったか。つまり家を買えば全部一気に使えるって事だよな。家なら別にそこまで目立たないだろうし、宿屋に泊まる必要もなくなる。たぶん大金貨五百枚きっかりとるなんてことは無いだろうから、まぁ数枚残しておいて当面の生活はできるようにして……。

「おお、おお……」

 いいじゃないかこれ。我ながらかなり素晴らしい策じゃないか!? いける、いけるぞ! これで異世界を安心して生き残れるぞ!
 だとすれば善は急げ、と言いたいところだけど、そろそろ陽が傾いてきたから、とりあえずエレルさんに貰った方のお金を使って一晩だけ宿を利用するとしよう。確か巾着袋に入ってたのは銀貨とか大銀貨っぽいから、そうそう怪しまれることも無いだろう。
 よっこいせと大金貨袋を背負うと、エレルさんに言われた宿へと向かった。


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