東北~風に思いを乗せて~
風の電話1
「《風の電話》?」
聞いたこともない単語が出てきて、おうむ返しで尋ね返す。
青年は一度考えるように空を仰いでから顔を戻し、私を真っ直ぐに見て説明を始めた。
「近くの丘に親戚の叔父さんが住んでるんだ。去年叔父さんが、亡くなった従兄ともう一度話がしたいってことで自宅の庭に電話ボックスを設置したんですよ。それが《風の電話》なんです。叔父さんは風に乗って思いが届いて会話できるよ、と言ってました。だから《風の電話》なんです」
もし本当に思いが届くのなら、暁をそこに連れていきたい。
「普通なら叔父さんの敷地なので、勝手に入れないんですけど、津波で大切な人を失った人のために開放したいって電話で言ってました。整備とか準備とかしたいから人手が欲しいってことなので、手伝いに来たんです」
「まぁでも、おにぃちゃんこんなのだから何も手伝えないと思うけど」
車椅子の青年の隣で赤髪の女の子が、意地悪く言うと即座に青年も切り返した。
「なんだよ、僕がいなかったら楓はこの世にいなかったんだぞ!」
「うう、それ言われたら何も返せないって」「ふふん、やっぱり僕の方が偉いんだな」
ニヤニヤしながら青年は少し胸を反らした。
「うっさい、おにぃちゃん」
女の子の素っ気ない台詞と冷ややかにガンを飛ばされ、すいませんと言って落ち込んだ。
「で、どうします? 行くっていうなら叔父さんに話つけときますど」
「私に決める権利があるのかな?」
瞬間的に私の口から出たのは、相手が知りようもない質問だった。
しばし沈黙が生まれたが、すぐに女の子の返答によって破られた。
「いいんですよ決めちゃえば。このまま正気に戻るかわからないでしょ?」
女の子は暁を指差して口角を上げる。
「ここまでいっちゃうと、立ち直らせる手段を探す方が大変でしょ」
こう話していると少し心が落ち着く。
いろはちゃんとお話できれば、暁の心は落ち着く。
私は意を決した。
「《風の電話》に案内してください」
妙にハキハキと言えた。
《風の電話》が暁の慰めに、なってくれ。
そう切に願う私だった。
避難所から天然芝で黄緑に覆われた土道を歩いて数分。
白い一軒家がポツリと佇む、高台に辿り着いた。
「久しぶりだなぁ。こうちゃん、かえでちゃん」
一軒家の入り口には、上下作業服に坊主頭の男性が笑顔を向けて立っていた。
身の丈自体は高くないが筋肉質で情に厚そうな男性だ。
「大人になったなぁ二人とも。会うのは一年ぶりか くらいか?」
車椅子に座ったこうたくんと、その後ろで手押しハンドルを器用に操作して車椅子の移動をさせるかえでちゃんに向かって、突然ガハハハ、と作業服の男性は雄々しく笑った。
「どこに笑うところがあったんですか?」ここうたくんは呆れたように男性に尋ねた。
「だってよーかえでちゃんのあそこに、大した膨らみがなかったからな!」
また、ガハハハと笑いだす。
発言の瞬間、かえでちゃんの目が冷たいものに変わった。
かえでちゃんは笑う男性に冷たい視線を浴びせながらこぼした。
「叔父さん、そんなんだから結婚できないんですよ。今すぐ発言を改めてください」
「ご、ごめんね。か、かえでちゃん」
不機嫌な女王に膝まずく奴隷が如く、男性は小刻みに体を震わせて怯えた。
「叔父さんの言う通りだ。暁くんのお母さんくらいスタイル良くならないと、お嫁にいけないよ」
こうたくんは真顔でやぶへびな失言。
かえでちゃんの視線がたちまち車椅子に座ったていたこうたくんに移された。
「セクハラ発言を今すぐ撤回しないと、通報するよ?」
そして、コートの内に手を入れてスマホを取り出した。
「かえでちゃん! 叔父さんが悪かった。許してくれぇ!」
「気に障ること言って、ごめん」
二人は揃ってかえでちゃんに頭を下げた。
「うるせぇよ!」
ずっと無言で私に着いてきていた暁が、私の隣で突然怒鳴った。
場はシンと静まり返る。
突如生まれた静寂が、異常を伝えていた。
「のんきでいいもんだなぁ? こっちは大切な人を失ってんだよ! お前らにそれがわかるか?」
暁が捲し立てた言葉は、暁の心の叫びそのもののように思えた。
「暁……」
私は急に息苦しくなった。
口から言葉が続かない。
何を言ってあげればいいの?
「気に入らない」
こうたくんの口から否定的な言葉が細やかに飛び出した。
こうたくんは続けた。
「自分だけが不幸みたいな風に言ってるけどさ。暁くんよりも不幸な人なんてたくさんいるんだよ! でもその人たちは秩序を守っていた! 恨むことなんてしなかった!協力しあって生活していた! 」
一息に言い募ったこうたくんの呼吸は乱れていた。
こうたくんの乱れた呼吸だけが場を占める。
「おにぃちゃん……」
突然に兄が言い募って驚きを隠せない様子のかえでちゃん。
場に沈黙が生まれる前に、暁が抑制された声で喋り出した。
「俺は……いろはにありがとうもサヨナラも伝えていない……いろはに会いたい、もう一度会いた……い」
語尾が消え入るように弱々しく、暁がどれだけ悲しいのかわかる。
顔を伏せて新緑色の芝生に視線を落とす暁に、私は両手を広げて抱き寄せた。
なぜ、抱き寄せたのか。理由はわからないが本能的なものだった。
自然と目に涙が溜まる。
暁の辛い顔を見るのは、嫌だ。
暁の心に穿たれた大きな穴を、私が少しでも埋められるなら精一杯の温もりを与えてやりたい。
「私がお前を……」
「会わせてやるよ」
無意識にこぼれていた台詞を、野太い声が中断した。
私は声の方に顔を向ける。
「《風の電話》使え。会いたいんだろ?」
作業服の男性は、ニカッと笑みを見せた。
「そうだよ。《風の電話》は心で会話するのが目的だから、遠慮なく思いを伝えていいんだよ」
「おにぃちゃんの言う通り」
こうたくんとかえでちゃんも、頷く。
私に抱擁されたままの暁に話しかける。
「暁、行ってこい」
私は抱擁を解き、暁の背中を押して促した。
押された暁は、そのまま歩き出した。
聞いたこともない単語が出てきて、おうむ返しで尋ね返す。
青年は一度考えるように空を仰いでから顔を戻し、私を真っ直ぐに見て説明を始めた。
「近くの丘に親戚の叔父さんが住んでるんだ。去年叔父さんが、亡くなった従兄ともう一度話がしたいってことで自宅の庭に電話ボックスを設置したんですよ。それが《風の電話》なんです。叔父さんは風に乗って思いが届いて会話できるよ、と言ってました。だから《風の電話》なんです」
もし本当に思いが届くのなら、暁をそこに連れていきたい。
「普通なら叔父さんの敷地なので、勝手に入れないんですけど、津波で大切な人を失った人のために開放したいって電話で言ってました。整備とか準備とかしたいから人手が欲しいってことなので、手伝いに来たんです」
「まぁでも、おにぃちゃんこんなのだから何も手伝えないと思うけど」
車椅子の青年の隣で赤髪の女の子が、意地悪く言うと即座に青年も切り返した。
「なんだよ、僕がいなかったら楓はこの世にいなかったんだぞ!」
「うう、それ言われたら何も返せないって」「ふふん、やっぱり僕の方が偉いんだな」
ニヤニヤしながら青年は少し胸を反らした。
「うっさい、おにぃちゃん」
女の子の素っ気ない台詞と冷ややかにガンを飛ばされ、すいませんと言って落ち込んだ。
「で、どうします? 行くっていうなら叔父さんに話つけときますど」
「私に決める権利があるのかな?」
瞬間的に私の口から出たのは、相手が知りようもない質問だった。
しばし沈黙が生まれたが、すぐに女の子の返答によって破られた。
「いいんですよ決めちゃえば。このまま正気に戻るかわからないでしょ?」
女の子は暁を指差して口角を上げる。
「ここまでいっちゃうと、立ち直らせる手段を探す方が大変でしょ」
こう話していると少し心が落ち着く。
いろはちゃんとお話できれば、暁の心は落ち着く。
私は意を決した。
「《風の電話》に案内してください」
妙にハキハキと言えた。
《風の電話》が暁の慰めに、なってくれ。
そう切に願う私だった。
避難所から天然芝で黄緑に覆われた土道を歩いて数分。
白い一軒家がポツリと佇む、高台に辿り着いた。
「久しぶりだなぁ。こうちゃん、かえでちゃん」
一軒家の入り口には、上下作業服に坊主頭の男性が笑顔を向けて立っていた。
身の丈自体は高くないが筋肉質で情に厚そうな男性だ。
「大人になったなぁ二人とも。会うのは一年ぶりか くらいか?」
車椅子に座ったこうたくんと、その後ろで手押しハンドルを器用に操作して車椅子の移動をさせるかえでちゃんに向かって、突然ガハハハ、と作業服の男性は雄々しく笑った。
「どこに笑うところがあったんですか?」ここうたくんは呆れたように男性に尋ねた。
「だってよーかえでちゃんのあそこに、大した膨らみがなかったからな!」
また、ガハハハと笑いだす。
発言の瞬間、かえでちゃんの目が冷たいものに変わった。
かえでちゃんは笑う男性に冷たい視線を浴びせながらこぼした。
「叔父さん、そんなんだから結婚できないんですよ。今すぐ発言を改めてください」
「ご、ごめんね。か、かえでちゃん」
不機嫌な女王に膝まずく奴隷が如く、男性は小刻みに体を震わせて怯えた。
「叔父さんの言う通りだ。暁くんのお母さんくらいスタイル良くならないと、お嫁にいけないよ」
こうたくんは真顔でやぶへびな失言。
かえでちゃんの視線がたちまち車椅子に座ったていたこうたくんに移された。
「セクハラ発言を今すぐ撤回しないと、通報するよ?」
そして、コートの内に手を入れてスマホを取り出した。
「かえでちゃん! 叔父さんが悪かった。許してくれぇ!」
「気に障ること言って、ごめん」
二人は揃ってかえでちゃんに頭を下げた。
「うるせぇよ!」
ずっと無言で私に着いてきていた暁が、私の隣で突然怒鳴った。
場はシンと静まり返る。
突如生まれた静寂が、異常を伝えていた。
「のんきでいいもんだなぁ? こっちは大切な人を失ってんだよ! お前らにそれがわかるか?」
暁が捲し立てた言葉は、暁の心の叫びそのもののように思えた。
「暁……」
私は急に息苦しくなった。
口から言葉が続かない。
何を言ってあげればいいの?
「気に入らない」
こうたくんの口から否定的な言葉が細やかに飛び出した。
こうたくんは続けた。
「自分だけが不幸みたいな風に言ってるけどさ。暁くんよりも不幸な人なんてたくさんいるんだよ! でもその人たちは秩序を守っていた! 恨むことなんてしなかった!協力しあって生活していた! 」
一息に言い募ったこうたくんの呼吸は乱れていた。
こうたくんの乱れた呼吸だけが場を占める。
「おにぃちゃん……」
突然に兄が言い募って驚きを隠せない様子のかえでちゃん。
場に沈黙が生まれる前に、暁が抑制された声で喋り出した。
「俺は……いろはにありがとうもサヨナラも伝えていない……いろはに会いたい、もう一度会いた……い」
語尾が消え入るように弱々しく、暁がどれだけ悲しいのかわかる。
顔を伏せて新緑色の芝生に視線を落とす暁に、私は両手を広げて抱き寄せた。
なぜ、抱き寄せたのか。理由はわからないが本能的なものだった。
自然と目に涙が溜まる。
暁の辛い顔を見るのは、嫌だ。
暁の心に穿たれた大きな穴を、私が少しでも埋められるなら精一杯の温もりを与えてやりたい。
「私がお前を……」
「会わせてやるよ」
無意識にこぼれていた台詞を、野太い声が中断した。
私は声の方に顔を向ける。
「《風の電話》使え。会いたいんだろ?」
作業服の男性は、ニカッと笑みを見せた。
「そうだよ。《風の電話》は心で会話するのが目的だから、遠慮なく思いを伝えていいんだよ」
「おにぃちゃんの言う通り」
こうたくんとかえでちゃんも、頷く。
私に抱擁されたままの暁に話しかける。
「暁、行ってこい」
私は抱擁を解き、暁の背中を押して促した。
押された暁は、そのまま歩き出した。
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