東北~風に思いを乗せて~
高台にて
寒風吹きすさぶ高台を囲うように設けられている白い柵にもたれ掛かって、俺は地面に視線を落として深く嘆息した。
一糸まとわぬ首を寒風がさすった。
意識なく身震いする。
「うう、さっむっ」
つい口に出してしまった。
寒風に扇がれた雑木林の葉が、サァッーと掠れ合うような音をたてた。その中に人工的な音が紛れているのにふと気づく。
草を踏む音と女と男の話し声が同時に近づいてきていた。
全く一人にさせてくれよ。
とんだ邪魔者だ、と心底身勝手な発言を胸中でしていた。
「おにぃちゃん、あれ誰?」
けだるげそうな女の声のあと、草を踏む音が止み男が答えた。
「誰だろうねぇ? 見覚えないな、知ってる?」
優しそうな声の男は答えたが、同時に質問もはらませた。
女ははぁと呆れたようにため息をついた。
「誰かわからないから聞いたのに、意味ないじゃん」
確かに。
「気になるから近寄ってみようよ」
男がそう言うと、女は悪戯っぽい口調で指名手配犯だったりして、と縁起でもないことを平気で言った。
俺は指名手配犯じゃないぞ。平凡な高校生だぞ。
「おにぃちゃんはここで待ってて、あたしが声かけてくるから」
近づく足音が近づいてきて俺の前で止まった。俺は顔を上げた。
細身の体をベージュのコートで包み、濃い紅色の髪を後頭部にまとめた中学生くらいの女が、訝しげにこちらを見ていた。女のちょっと後ろには黒のスウェットを着たパットしないが温厚そうな男が、サイドにデカイ車輪を設えた車椅子に腰掛けてこちらを不可解そうに見ていた。
俺を訝しげに見ている女は顔立ち立ち的に十人中八人か九人が可愛いと言うぐらいだろう。
「ねぇ、あんた一人で何してんの?」
女は感情も出さずに尋ねてきた。
「そうだな……街を眺めてた」
少し事実と異なるが俺は答えると、すぐに正確な返しが女の口から飛び出した。
「街に、背向けてたよね」
「まぁな」
別にどうだっていい。
短く適当に返すと女は目を細めて侮辱的た視線を浴びせてきた。
「なんなの? 認めてるし、意味不明」
うざったそうに言う女に、後ろにいた男が口を挟んだ。
「楓、そんな言い方ないだろ」
男はそう言いながら車輪の手すり掴んで回し女の横に来て、すまなさそうな顔をした。
「ごめん、妹が気にさわること言って。初めて会った人には大体あんなんだから気にしなくていいよ」
「ちょっとおにぃちゃん! 余計な事言わないで!」
女は俺に声掛けた時とは大違いのハイトーンボイスで、車椅子の男を注意した。
注意など知らんふりで男は俺を真っ直ぐ見て語り始めた。
「僕はここ好きなんだよ。小三までこの街に住んでて、嫌なことがあったら必ずここへ来てたよ」
「何で?」
俺が理由を問うと、思い出すように瞳だけを動かし上に向けて答えた。
「夕方の景色が綺麗なんだ。ここから見渡すと嫌なことを忘れられるんだ。でも今は悲惨な光景になってるね、胸が痛いよ」
そう言う男は、次第に表情を哀愁を帯びたものに変えて胸の痛みに耐えるように顔を伏せた。
「おにぃちゃん、あたしも……胸が痛い」
女も悲壮感を顔に漂わせた。
再度の寒風とともに、沈黙が訪れ空気を冷やし包み込んだ。
ただでさえ寒いのに、余計に寒さが皮膚の神経を刺激する。
そんな沈黙を破ったのは、密やかな男の囁きだった。
「それでも……僕は事実を受け止める」
その囁きは次第にボリュームを増し、はっきりとした声となった。
「受け止めて事実を伝えていくんだ。死んでしまった命を無駄にしないために、みんなに伝えていくんだ」
言い終わったあとの顔はすさまじいほどに逞しくかっこよかった。
「おにぃ……ちゃん……」
女は圧倒され小さくそう呟いただけだった。
しかし、数秒の間をおいて女も意を決した顔をして言った。
「あたしも後世に伝えていく。非力かもしれないけど出来る限り伝えていく」
女が言い終わった後、俺は自分が馬鹿だったことに気がついた。
悲劇は悲しむだけじゃない。大切なのは悲劇を繰り返さないことなんだ。
悲しみを未来の人に味わわせるわけにはいかない。だから悲劇を後世に伝えるんだ。
俺の心にこびりついていた泥が、純水をかけられて綺麗さっぱりなくなったような感覚が、波紋状に広がった。
開放感が募り、つい口元が緩んだ。
「ありがとう、俺戻るわ」
そう言い残し柵から離れて車椅子の男の横を通過しようとした、その一瞬。
こっちこそ、と短く男は囁いた。
俺はそのまま二人に背を向けたまま雑木林に入った。
そして細く木々の間から射し込む光を目指して歩いた。
一糸まとわぬ首を寒風がさすった。
意識なく身震いする。
「うう、さっむっ」
つい口に出してしまった。
寒風に扇がれた雑木林の葉が、サァッーと掠れ合うような音をたてた。その中に人工的な音が紛れているのにふと気づく。
草を踏む音と女と男の話し声が同時に近づいてきていた。
全く一人にさせてくれよ。
とんだ邪魔者だ、と心底身勝手な発言を胸中でしていた。
「おにぃちゃん、あれ誰?」
けだるげそうな女の声のあと、草を踏む音が止み男が答えた。
「誰だろうねぇ? 見覚えないな、知ってる?」
優しそうな声の男は答えたが、同時に質問もはらませた。
女ははぁと呆れたようにため息をついた。
「誰かわからないから聞いたのに、意味ないじゃん」
確かに。
「気になるから近寄ってみようよ」
男がそう言うと、女は悪戯っぽい口調で指名手配犯だったりして、と縁起でもないことを平気で言った。
俺は指名手配犯じゃないぞ。平凡な高校生だぞ。
「おにぃちゃんはここで待ってて、あたしが声かけてくるから」
近づく足音が近づいてきて俺の前で止まった。俺は顔を上げた。
細身の体をベージュのコートで包み、濃い紅色の髪を後頭部にまとめた中学生くらいの女が、訝しげにこちらを見ていた。女のちょっと後ろには黒のスウェットを着たパットしないが温厚そうな男が、サイドにデカイ車輪を設えた車椅子に腰掛けてこちらを不可解そうに見ていた。
俺を訝しげに見ている女は顔立ち立ち的に十人中八人か九人が可愛いと言うぐらいだろう。
「ねぇ、あんた一人で何してんの?」
女は感情も出さずに尋ねてきた。
「そうだな……街を眺めてた」
少し事実と異なるが俺は答えると、すぐに正確な返しが女の口から飛び出した。
「街に、背向けてたよね」
「まぁな」
別にどうだっていい。
短く適当に返すと女は目を細めて侮辱的た視線を浴びせてきた。
「なんなの? 認めてるし、意味不明」
うざったそうに言う女に、後ろにいた男が口を挟んだ。
「楓、そんな言い方ないだろ」
男はそう言いながら車輪の手すり掴んで回し女の横に来て、すまなさそうな顔をした。
「ごめん、妹が気にさわること言って。初めて会った人には大体あんなんだから気にしなくていいよ」
「ちょっとおにぃちゃん! 余計な事言わないで!」
女は俺に声掛けた時とは大違いのハイトーンボイスで、車椅子の男を注意した。
注意など知らんふりで男は俺を真っ直ぐ見て語り始めた。
「僕はここ好きなんだよ。小三までこの街に住んでて、嫌なことがあったら必ずここへ来てたよ」
「何で?」
俺が理由を問うと、思い出すように瞳だけを動かし上に向けて答えた。
「夕方の景色が綺麗なんだ。ここから見渡すと嫌なことを忘れられるんだ。でも今は悲惨な光景になってるね、胸が痛いよ」
そう言う男は、次第に表情を哀愁を帯びたものに変えて胸の痛みに耐えるように顔を伏せた。
「おにぃちゃん、あたしも……胸が痛い」
女も悲壮感を顔に漂わせた。
再度の寒風とともに、沈黙が訪れ空気を冷やし包み込んだ。
ただでさえ寒いのに、余計に寒さが皮膚の神経を刺激する。
そんな沈黙を破ったのは、密やかな男の囁きだった。
「それでも……僕は事実を受け止める」
その囁きは次第にボリュームを増し、はっきりとした声となった。
「受け止めて事実を伝えていくんだ。死んでしまった命を無駄にしないために、みんなに伝えていくんだ」
言い終わったあとの顔はすさまじいほどに逞しくかっこよかった。
「おにぃ……ちゃん……」
女は圧倒され小さくそう呟いただけだった。
しかし、数秒の間をおいて女も意を決した顔をして言った。
「あたしも後世に伝えていく。非力かもしれないけど出来る限り伝えていく」
女が言い終わった後、俺は自分が馬鹿だったことに気がついた。
悲劇は悲しむだけじゃない。大切なのは悲劇を繰り返さないことなんだ。
悲しみを未来の人に味わわせるわけにはいかない。だから悲劇を後世に伝えるんだ。
俺の心にこびりついていた泥が、純水をかけられて綺麗さっぱりなくなったような感覚が、波紋状に広がった。
開放感が募り、つい口元が緩んだ。
「ありがとう、俺戻るわ」
そう言い残し柵から離れて車椅子の男の横を通過しようとした、その一瞬。
こっちこそ、と短く男は囁いた。
俺はそのまま二人に背を向けたまま雑木林に入った。
そして細く木々の間から射し込む光を目指して歩いた。
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