東北~風に思いを乗せて~

青キング

高台から望む

 車窓から流れていく景色を、好奇心なく眺める。
 母がスマホの地図を頼りに車を走らせて小一時間が経過し、傍らに雑木林がある舗装された山道を走っていたその時。
 なぜか山道の路傍にあるに駐車した。
「どうかしたのか?」
 不思議に思い尋ねると、ふぅという短い吐息のあと母は言った。
「ここからは歩きだ」
「はぁ?」
 ちんぷんかんぷんな母の台詞に、思わず呆れた顔をしてしまった。
 しかし母は冗談ではないらしく、唸るエンジンを切りシートベルトを外して、シートから立ち上がりドアを開け外へ出た。
 鍵を握りしめて俺に、出ろと指示してくる。
 指示通り外へ出ると母は俺に一言忠告してきた。
「多分見ると、なんとも言えない気分になるから覚悟して」
 意味がわからない。
 これからどこへ行くていうのか? そこで何を目にするというのか?
「そんな難しい顔するな、ただ街を見下ろすだけだよ。とりあえず着いてこい」
「ああ」
 俺の短い返事で母は身を翻し雑木林に歩みを進めた。
 雑木林の先に何があると言うのだろうか?
 とりあえず着いていこう。
 いざ、入ってみると大したことのない雑木林だった。一分も歩かず木々の隙間から光が射し込んできたのだ。
 光の先は名も知らぬ草がそこらじゅうに生えている高台だった。奥には俺の胸部くらいの高さくらいしかない白い柵が高台の周りを囲んでいた。
「柵から街一望できるけどどうする?」
 母がとなりで悲哀じみた声で聞いてくる。
 何でそんな質問するんだよ。
 俺は答えに窮した。
 母の心理を読み取ろうと母の顔を真っ直ぐ見て思考を巡らした、が母は俺の返事を待つばかりで喋ろうとはしなかった。
「ねぇどうするの?」
 もう一度母は俺に聞いてきた。
 ああもう知らん!
「母さん、街はどうなってるんだ?」
 しびれを切らし尋ねると、人差し指で柵を指差して自分の目で確かめな、と答えを口にしなかった。
 仕方なく俺は母の指差す柵から街を望むことにした。
 ここからでは街の景色を展望することはできない。一歩一歩草を踏みしめながら柵に近づいていく。
 柵に俺の手が届くところまで近づいたとき目を見開いた。
 そこから望むのは空襲でも思わせるほど崩れたコンクリートの瓦礫、無惨に原型をとどめぬ家々と木の板、中がごっそりと無くなった四角いコンクリート建物、その建物の上に乗った自動車、どれもこれも惨たらしく目も当てられない窮状だ。
 俺の心に、形容しがたい念が込み上げてきて躊躇なく暴れ狂った。
 言葉も発しず立ち尽くす。
 これが夢であってほしい、そう思うが展望している無惨な街は姿を変えない。
 聞いてない! こんなこと聞いてない!
 俺の両肩にトンと優しく手が置かれた。
「大丈夫、いろはちゃんは生きてる。避難所にいる……母さんはそう信じてる」
 後ろから抑制された哀愁を感じさせる声がゆっくり耳に入っていく。
「暁、これが現実だ。逃げたって得られるものはない。 いろはちゃんに嫌われるよ、男は逃げるとカッコ悪いからな」
 言い終えた母に俺は声を荒げた。
「何がカッコ悪いだ! 現実逃避して慰めになるならそれでいいじゃないか! 人間ずっと強く生きるなんて無理だ! 強く生きようとすると人間は悲劇を忘れていく、それなら現実逃避して悲劇前と変わらぬ状態を思い込んでいればいいんだ ! そうすれば……一生忘れずに引きずれるから!」
 一息に捲し立てたせいか息切れが激しく肩で息をしていた。
「暁……」
 母は俺の肩から手を離した。
 背後にいるので表情は見えない。
「先に車戻ってるから」
 そう言った母の声は今まで聞いたことないほど小さかった。
 後ろで草が早足に踏まれる音がして、段々遠ざかっていく。
「はぁ」
 音がしなくなってから俺は一息吐いた。
「ごめん、母さん。俺ひねくれてて」
 やけに冷たい寒風が頬をさすった。
 その拍子に茂みがサァッーとたなびく。
 寒風のせいで体が芯から冷えてしまったような気がした。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品