東北~風に思いを乗せて~
僅かながらに
盛岡インター周辺のビジネスホテル。
その一室の窓辺にある、肘掛けのついた椅子に座り込み街を一望する。
辺りは暗くなり、あちこちから輝きが放たれている歓楽街を、数多の車が近代的なビルの間を行き交いすれ違う。
そんな歓楽街の少し外れにあるこのビジネスホテルは部屋を見回すだけでも高級そうだ。
ただでさえ収入が多いとも言えぬ母が、こんなホテルを選ぶだろうか?
並んで鎮座している二つのベッドは、どちらも面積が広く良質そうだ。
ホテルに泊まるなんて、中学の修学旅行くらいしか経験ないぞ。
後で、帰る分のお金が足りなぁい助けてあかつきー、とか子供みたいに母にせがまれるのは御免だ。
「暁、景色綺麗か?」
どこからか幻聴が聴こえてくる。
「おーい暁?」
ギャー! もしかして幽霊……なんて馬鹿馬鹿しい窓ガラスに姿はとうに映っているのだ。
いつからそこに居たのか、部屋の真ん中で長髪を白タオルで拭いている。
入浴を済ましてパジャマ姿で就寝準備は万端のようだ。
「なぁ暁」
「何?」
振り向いて素っ気なく答える。
すると母は、はぁと溜め息を吐いて短く口にした。
「高い金はたいてるんだから、楽しめよ」
「ホテルは遊戯施設じゃねーぞ」
「まぁそりゃそうだが……」
そう言いながら、低反発ベッドに腰を埋めて湯上がりで火照った顔を天井に向けた。
しばし沈黙が生まれた。
なんとなく母の黒髪に目を向ける。
湯上がり特有の艶やかさが、真っ直ぐ垂れた黒髪から放たれている。
親ながらに色気を感じてしまう。
「暁、頼んでいいか?」
「……へっなに?」
急に話しかけられて困惑した。
「コンビニ行ってミネラルウォーター買ってきて」
そして、左手の平を俺に向けてくる。
手のひらにはワンコイン五百円が一枚ちょこんと乗っていた。
「五百でいいか?」
俺は立ち上がり母の前に行き尋ねる。
五百とは量のことだ。つまり五百ミリリットル。
あっさりした声が返ってくる。
「ああ頼んだ」
「おう」
手のひらから五百円をつまみとり、ズボンのポケットに突っ込んだ。
いってきますの一言もなく俺は部屋を出た。
徒歩五分の最寄りのコンビニ。
気のせいか店内の明るさが乏しい、さらには寒いし人も少ない。てっきり俺は暖房で暖かくなっている、とばかり思っていたのだがコスト削減か暖房を使っていないようだ。
寒がりな俺にとっては苦行だった。
否応なしに全身が身震いする。
身を縮ませる。
「母さんも自分で買えばいいのに」
そして愚痴る。
こんな無益なことをしたところで、何かを得られると言うのか?
飲料水コーナーに来ると、取ってを掴んで開きお目当てのミネラルウォーターに手を伸ばす。
が__。
透明な硝子に密閉密閉されていた冷気が、城壁を破られたが如く襲ってくる。
__あれ?
いつもなら襲ってくる冷気が、対して襲ってこない。
「電気代削減か、まぁ仕方ないよな」
あれだけの大地震があったのだ発電所も正常には働いていないのだろう。
品数も明らかに少なくがらんとしている。
並んでいる中から、一番安価のミネラルウォーターを一本手に取り、そしてレジへ持っていった。
レジでは若い長身痩躯男性店員、笑顔で会計してくれたが微かに切なげな表情も浮かばせていた。
断定することはできないが、きっと大地震に関係することなのだろう。
ミネラルウォーターが一本だけだがビニール袋に入れようとするのを、断りミネラルウォーターとお釣とレシートを受け取った。
ミネラルウォーターを片手にお釣とレシートをズボンのポケットに無造作に突っ込んで店を出た。
外は三月だと言うのに名古屋以上に冷えていた。
コンビニ前の交差点でタクシーが俺にサイドガラスを向けて信号待ちしているのが目に留まった。
特に何かが目立つタクシーではないのだが寂しさを感じたのだ。
タクシーを運転している白髪のおじさんを車窓から目を凝らして見てみる。
コンビニの店員同様、切なげな表情を無表情に見える顔からうっすら浮かばせていた。
タクシーは信号が青に変わり俺の前から消えた。
タクシーが消えた所から道が一直線に伸びていた。
その道を淡い黄金色に照らす数々の街灯や店先の照明が、少し弱々しいことにはっと胸を衝かれた。
みんなが大地震の影響を僅かながらに受けている。
みんな切なくて悔しくて堪らないんだ。
その事を今ごろになって気づいた。
その一室の窓辺にある、肘掛けのついた椅子に座り込み街を一望する。
辺りは暗くなり、あちこちから輝きが放たれている歓楽街を、数多の車が近代的なビルの間を行き交いすれ違う。
そんな歓楽街の少し外れにあるこのビジネスホテルは部屋を見回すだけでも高級そうだ。
ただでさえ収入が多いとも言えぬ母が、こんなホテルを選ぶだろうか?
並んで鎮座している二つのベッドは、どちらも面積が広く良質そうだ。
ホテルに泊まるなんて、中学の修学旅行くらいしか経験ないぞ。
後で、帰る分のお金が足りなぁい助けてあかつきー、とか子供みたいに母にせがまれるのは御免だ。
「暁、景色綺麗か?」
どこからか幻聴が聴こえてくる。
「おーい暁?」
ギャー! もしかして幽霊……なんて馬鹿馬鹿しい窓ガラスに姿はとうに映っているのだ。
いつからそこに居たのか、部屋の真ん中で長髪を白タオルで拭いている。
入浴を済ましてパジャマ姿で就寝準備は万端のようだ。
「なぁ暁」
「何?」
振り向いて素っ気なく答える。
すると母は、はぁと溜め息を吐いて短く口にした。
「高い金はたいてるんだから、楽しめよ」
「ホテルは遊戯施設じゃねーぞ」
「まぁそりゃそうだが……」
そう言いながら、低反発ベッドに腰を埋めて湯上がりで火照った顔を天井に向けた。
しばし沈黙が生まれた。
なんとなく母の黒髪に目を向ける。
湯上がり特有の艶やかさが、真っ直ぐ垂れた黒髪から放たれている。
親ながらに色気を感じてしまう。
「暁、頼んでいいか?」
「……へっなに?」
急に話しかけられて困惑した。
「コンビニ行ってミネラルウォーター買ってきて」
そして、左手の平を俺に向けてくる。
手のひらにはワンコイン五百円が一枚ちょこんと乗っていた。
「五百でいいか?」
俺は立ち上がり母の前に行き尋ねる。
五百とは量のことだ。つまり五百ミリリットル。
あっさりした声が返ってくる。
「ああ頼んだ」
「おう」
手のひらから五百円をつまみとり、ズボンのポケットに突っ込んだ。
いってきますの一言もなく俺は部屋を出た。
徒歩五分の最寄りのコンビニ。
気のせいか店内の明るさが乏しい、さらには寒いし人も少ない。てっきり俺は暖房で暖かくなっている、とばかり思っていたのだがコスト削減か暖房を使っていないようだ。
寒がりな俺にとっては苦行だった。
否応なしに全身が身震いする。
身を縮ませる。
「母さんも自分で買えばいいのに」
そして愚痴る。
こんな無益なことをしたところで、何かを得られると言うのか?
飲料水コーナーに来ると、取ってを掴んで開きお目当てのミネラルウォーターに手を伸ばす。
が__。
透明な硝子に密閉密閉されていた冷気が、城壁を破られたが如く襲ってくる。
__あれ?
いつもなら襲ってくる冷気が、対して襲ってこない。
「電気代削減か、まぁ仕方ないよな」
あれだけの大地震があったのだ発電所も正常には働いていないのだろう。
品数も明らかに少なくがらんとしている。
並んでいる中から、一番安価のミネラルウォーターを一本手に取り、そしてレジへ持っていった。
レジでは若い長身痩躯男性店員、笑顔で会計してくれたが微かに切なげな表情も浮かばせていた。
断定することはできないが、きっと大地震に関係することなのだろう。
ミネラルウォーターが一本だけだがビニール袋に入れようとするのを、断りミネラルウォーターとお釣とレシートを受け取った。
ミネラルウォーターを片手にお釣とレシートをズボンのポケットに無造作に突っ込んで店を出た。
外は三月だと言うのに名古屋以上に冷えていた。
コンビニ前の交差点でタクシーが俺にサイドガラスを向けて信号待ちしているのが目に留まった。
特に何かが目立つタクシーではないのだが寂しさを感じたのだ。
タクシーを運転している白髪のおじさんを車窓から目を凝らして見てみる。
コンビニの店員同様、切なげな表情を無表情に見える顔からうっすら浮かばせていた。
タクシーは信号が青に変わり俺の前から消えた。
タクシーが消えた所から道が一直線に伸びていた。
その道を淡い黄金色に照らす数々の街灯や店先の照明が、少し弱々しいことにはっと胸を衝かれた。
みんなが大地震の影響を僅かながらに受けている。
みんな切なくて悔しくて堪らないんだ。
その事を今ごろになって気づいた。
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