東北~風に思いを乗せて~
未来の楽しみ
平日の午後五時頃。
モノトーンを基調としたジップアップパーカーにライトグレーのジャージという適当な装いをした俺こと、塩原 暁はベットの上で体育座りをして、春の訪れを許さないとでも言うような久々の寒さにうずくまっていた。
「うわ、これで三月かよ」
静寂した部屋で一人ボケッーとしているだけでも体の芯まで入り込むような寒さが全身をブルッと身震いさせる、雑然とベットの上にある布にを手に取りくるまった。
ベットで毛布にくるまりながら雑に置かれたスマホに手を伸ばした。
右縁にあるパワーボタンを親指で一回押すと真っ黒な画面に等間隔に並んだアイコンと背景画像が現れる。
その背景画像に中学校の校門前で肩を並べて写っている学生服の二人、右は俺だ。そして俺の隣で満面に笑みで写っているのは幼馴染みの歌浜 いろはだ。
肩につくかつかないかくらいのショートカットの髪は薄茶色で、風を浴びるといつも美しく滑らかになびいていた。
日常的に元気で明るく誰とでも話せる気さくなやつで、無愛想な俺とは大違いだ。この時はまだ身長に大差なかったが、今では俺の方がすこぶる高いだろう。
いろはとは中学卒業まで一緒の学校に通っていたが、高校進学の際に岩手県の小槌町へ親の仕事で引っ越すことになった。その事を本人から知らされた時は正直寂しさが込み上げてきた。それでも引き留める訳にはいかなかった、その時にはもう引っ越しの準備をしていて決定されていたことだからだ。
俺の住んでいる所が名古屋だけに度々会えるわけでもなく、スマホから発せられる酷似の声あるいは言葉だけのメールのやり取りが今は俺といろはを繋ぐ手段だった。
「ああ、寒い」
いやだねー冬は。空気は冷たいし湿度の低さでインフル菌などが繁殖しやすいし、とは言っても冬ではなく三月四日なのだが。
そんなとりとめのない思考を、突然のスマホから流れたコミカルなリズムの音楽が振り払った。
ついついその場でうわっ! と声を発してしまった。
スマホを手に取り耳に当てた。
『やぁーあかつき、いろはだよー』
やたらに明るい声が耳に入ってきた。
名前を告げなくても流れるメロディーでお前ってわかるんだよ。
『どうしたの不機嫌?』
『ちげぇよ、ていうかいろはの方はどうなんだよ?』
『う~んとね~三センチ大きくなった!』
『いやどうでもいいよ!』
『顔赤くしたでしょ今』
スマホから控えめな笑い声が漏れている。一体何がそんなに面白いのか。
『いろは、用件ないなら切るぞー』
『ああちょっと待って、用件あるの! 大事な大事な用件がっ』
『なんだよ用件って』
『ええと、ね……』
そこでいろははしどろもどろになるのでつい尋ねた。
『そんな言えない用件なのか?』
返ってきたのは先程の明るい声とは打って変わって抑制の利いた声だった。
『春休みに……予定空いてるかな、と聞きたくて……』
『空いてるけど何か用でも?』
『そ、そう。なら良かった』
途端にいろはの声の調子が上がった。
『ならさーあかつき、私の所に遊びに来ない?』
それに声には出さなかったが、俺の中にある国の天使が祝福のラッパを吹くほどの嬉しさだった。
比喩を他に変えるなら、宝くじで一等が当たった時以上だ。
ついつい嬉々とした口調になった。
『久しぶりにお前に会えるぜー、名古屋のお土産でも持ってってやろうか?』
『そんなの別にいいよ。来るだけでも大変なのに』
『なんだよ遠慮すんなよ、俺なんてどうせ暇だしさ。でいつなら予定空いてるんだ?』
『そーねー今月の二十五日かなぁ。その日から三日間連休だから』
二十五日か、カレンダーに赤ペンで印しとかないとな。
『わかったいいぜ。時間とかは何時にそっちつけばいい?』
『昼の一時くらいに釜石駅のエントランスの中央の柱前、オケー?』
そこで一瞬間が空き、すまなさそうないろはの声で通話が断ち切れた。
『……ごめんねあかつき、来ちゃったみたいだから、切るね』
『あ、ああ』
部屋に静寂が再来した。
パワーボタンを押し画面を閉じると、スマホを耳から離してふぅと一息吐いた。
まるでさっきとは別世界だ。いろはと通話してたときは寒さなど微塵も感じなかったのに、通話を切ってから一気に体の芯まで寒さを感じた。
「うう、さむ」
そろそろ即効で温まる入浴タイムにでも突入しようかと、スマホをその場に置いてベットから降り寒さゆえに腕を前で組み身を縮ませながらへ部屋を出て階段の冷たさを足の裏に痛切に感じながら下った。
一週間後に俺を絶望に落とす日本史史上最悪とも言える大災害があろうとは、世界の誰しもが予想していなかった。
モノトーンを基調としたジップアップパーカーにライトグレーのジャージという適当な装いをした俺こと、塩原 暁はベットの上で体育座りをして、春の訪れを許さないとでも言うような久々の寒さにうずくまっていた。
「うわ、これで三月かよ」
静寂した部屋で一人ボケッーとしているだけでも体の芯まで入り込むような寒さが全身をブルッと身震いさせる、雑然とベットの上にある布にを手に取りくるまった。
ベットで毛布にくるまりながら雑に置かれたスマホに手を伸ばした。
右縁にあるパワーボタンを親指で一回押すと真っ黒な画面に等間隔に並んだアイコンと背景画像が現れる。
その背景画像に中学校の校門前で肩を並べて写っている学生服の二人、右は俺だ。そして俺の隣で満面に笑みで写っているのは幼馴染みの歌浜 いろはだ。
肩につくかつかないかくらいのショートカットの髪は薄茶色で、風を浴びるといつも美しく滑らかになびいていた。
日常的に元気で明るく誰とでも話せる気さくなやつで、無愛想な俺とは大違いだ。この時はまだ身長に大差なかったが、今では俺の方がすこぶる高いだろう。
いろはとは中学卒業まで一緒の学校に通っていたが、高校進学の際に岩手県の小槌町へ親の仕事で引っ越すことになった。その事を本人から知らされた時は正直寂しさが込み上げてきた。それでも引き留める訳にはいかなかった、その時にはもう引っ越しの準備をしていて決定されていたことだからだ。
俺の住んでいる所が名古屋だけに度々会えるわけでもなく、スマホから発せられる酷似の声あるいは言葉だけのメールのやり取りが今は俺といろはを繋ぐ手段だった。
「ああ、寒い」
いやだねー冬は。空気は冷たいし湿度の低さでインフル菌などが繁殖しやすいし、とは言っても冬ではなく三月四日なのだが。
そんなとりとめのない思考を、突然のスマホから流れたコミカルなリズムの音楽が振り払った。
ついついその場でうわっ! と声を発してしまった。
スマホを手に取り耳に当てた。
『やぁーあかつき、いろはだよー』
やたらに明るい声が耳に入ってきた。
名前を告げなくても流れるメロディーでお前ってわかるんだよ。
『どうしたの不機嫌?』
『ちげぇよ、ていうかいろはの方はどうなんだよ?』
『う~んとね~三センチ大きくなった!』
『いやどうでもいいよ!』
『顔赤くしたでしょ今』
スマホから控えめな笑い声が漏れている。一体何がそんなに面白いのか。
『いろは、用件ないなら切るぞー』
『ああちょっと待って、用件あるの! 大事な大事な用件がっ』
『なんだよ用件って』
『ええと、ね……』
そこでいろははしどろもどろになるのでつい尋ねた。
『そんな言えない用件なのか?』
返ってきたのは先程の明るい声とは打って変わって抑制の利いた声だった。
『春休みに……予定空いてるかな、と聞きたくて……』
『空いてるけど何か用でも?』
『そ、そう。なら良かった』
途端にいろはの声の調子が上がった。
『ならさーあかつき、私の所に遊びに来ない?』
それに声には出さなかったが、俺の中にある国の天使が祝福のラッパを吹くほどの嬉しさだった。
比喩を他に変えるなら、宝くじで一等が当たった時以上だ。
ついつい嬉々とした口調になった。
『久しぶりにお前に会えるぜー、名古屋のお土産でも持ってってやろうか?』
『そんなの別にいいよ。来るだけでも大変なのに』
『なんだよ遠慮すんなよ、俺なんてどうせ暇だしさ。でいつなら予定空いてるんだ?』
『そーねー今月の二十五日かなぁ。その日から三日間連休だから』
二十五日か、カレンダーに赤ペンで印しとかないとな。
『わかったいいぜ。時間とかは何時にそっちつけばいい?』
『昼の一時くらいに釜石駅のエントランスの中央の柱前、オケー?』
そこで一瞬間が空き、すまなさそうないろはの声で通話が断ち切れた。
『……ごめんねあかつき、来ちゃったみたいだから、切るね』
『あ、ああ』
部屋に静寂が再来した。
パワーボタンを押し画面を閉じると、スマホを耳から離してふぅと一息吐いた。
まるでさっきとは別世界だ。いろはと通話してたときは寒さなど微塵も感じなかったのに、通話を切ってから一気に体の芯まで寒さを感じた。
「うう、さむ」
そろそろ即効で温まる入浴タイムにでも突入しようかと、スマホをその場に置いてベットから降り寒さゆえに腕を前で組み身を縮ませながらへ部屋を出て階段の冷たさを足の裏に痛切に感じながら下った。
一週間後に俺を絶望に落とす日本史史上最悪とも言える大災害があろうとは、世界の誰しもが予想していなかった。
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