FINISHERs

。(くてん)

プロローグ・遭遇

 夜の街を二つの影が駆けていた。
 入り組んだ街路は細く、等間隔に立てられた街灯が周りを薄暗く照らしている。
 影は、細い街路を軽い足取りで疾走する痩身の男の影と、それを必死に追っている背の低い女の影だ。
 前を走る影は、時たま後ろの影を確認しながらいくつかの曲がり角を曲がり、不意に足を止めた。目の前には高いレンガの壁があり袋小路になっていた。
 振り返ると先程まで男を追っていた女が立っていた。その手には一丁の拳銃が握られている。


「警察です。手を上げてゆっくり下がりなさい。」
 少女は眼前で動きを止めた相手に向かい叫んだ。
 ティナ・バージェンス。彼女は、24歳だった昨年警官になり今年で25だ。
 しかし、背が低く幼い顔立ちである彼女は、せいぜい十代後半といったところにしか見えない。薄い茶髪を高い位地で纏めたポニーテールも見た目が若く見えるのに無関係ではないだろう。


「盗んだ物を返し、おとなしく投降するなら発砲はしません。」
 ティナは両手を上げた状態の相手に再度、要求した。
――……シャドー。
 年齢、本名、目的、その他すべての情報が不明の怪盗。かろうじて解っているのは背格好から男であるということだけ。神出鬼没で全身を黒いロングコートで覆い隠しているため“影”と呼ばれている。
 ティナがひとしきりシャドーの情報を整理すると、それを待っていたかの様に声が来た。
「名前を聞こう。」
――喋った!?
 いや、シャドーだって人間だ。……多分。ネットでは、『実は人間じゃない』とか噂されてるが、そんなことは今、関係ない。とにかく今は、シャドーが喋ったということが大事だ。
――落ち着け私。会話してなるべく多くの情報を……引き出す!
「にゃ、何ですか。」
 噛んだ。
――やっちゃったー!
 理由は簡単だ。緊張。窃盗とはいえ相手は一応凶悪犯とされているのだ、落ち着けと言われたところで無理な話だ。
――だっ、大丈夫です。まだやれます。
 すると、再度の問いが来た。
「名前だ。俺をここまで追い詰めたお前の名前を聞いている。」
――男の人ですね。
 ティナは落ち着きを取り戻し始めた頭で思考した。
 声は完全に男のそれだ。あと解ることがあるとすれば、意志の疎通は可能だ、ということくらいだろうか。
――とりあえず、会話続行です。
「ティナです。私は、ティナ・バージェンスです。」
「ティナか、その名前覚えておくよ。お嬢ちゃん。」
 そう応えた声に聞き捨てならない言葉があった。
「失礼ですね!こう見えて私、25歳ですよ!」
「……25。」
 そう言うと、シャドーはこちらを見ると、胸の辺りで目を止め上げていた右手を前に出し、親指を上げた。
「大丈夫。きっとまだ大きくなるさ。希望を捨て――
 発砲した。
 撃ち出された銃弾はシャドーの右頬1cmを正確にかすめレンガに埋まった。
「両手を上げて抵抗せずに投降しなさい。さもないと撃ち殺しますよ。」
 ガチのトーンだった。

「悪いが投降する気はない。それと――」
 そこまで言うとシャドーの姿が消えていた。
――何処に!?
「犯罪者相手に“殺す”という言葉は自分の身を危険にさらすだけだ。覚えておくといい。」
 声は背後から、後頭部に突き付けられた金属の感触と共に訪れた。
「ッ!?」
 見れば先程まで握っていたはずの拳銃が無くなっている。
――こっ、殺さ
「まぁ、殺す気は無いけどね。」
「……へ?」
 我ながら間の抜けた声が出たと思う。
 しかし、後ろから来る声には張り詰めた雰囲気は無く、拳銃の感触も消えていた。
「それじゃあ、俺はそろそろ退散するとしよう。君が呼んだ警察の本隊に囲まれたら流石に分が悪い。」
「気づいてたんですか。」
 ティナは、袋小路にシャドーを追い詰めたときに待機していた別動隊に場所を教えていた。
「これは返すよ。」
 後ろから頭上を通り拳銃が投げられた。
「うわっ!」
 慌ててキャッチし、後ろを向くとそこにシャドーの姿はない。
「近いうちにまた会おうティナ・バージェンス。」
 声のした方を向けば、既にシャドーは側壁となっていた住宅の屋根の上だ。
「くっ。」
 乾いた銃声が2回轟いた。
「残念、ハズレだ。」
「いいえ。当たりです。」
 そう言うとティナは、シャドーのいる屋根の下に飛び込みある物を掴んだ。それは、ずっとシャドーが腰に付けていた布袋、シャドーが盗んだ盗品だった。
 それを見たシャドーは笑った。「く」という音から始まった笑いは、「は」という音に変わり、暫くたつと止んだ。
「面白い。こんなに笑ったのも久しぶりだ。いいだろう、その箱はくれてやる。もう必要もないしな。」
 そう言うと、シャドーは次の屋根に飛びうつり消えていった。
 残されたティナは盗品を確認するとその場にへたりこんだ。





 それからすぐに別動隊は到着した。

「ティナ!無事か?」
 聞き慣れた声の方に振り向くとそこにいたのは予想どうりの人だった。
「ロウ先輩!」
 慌てて立とうとするが立てない。腰が抜けている。
――まぁ、仕方ないですよね〜。
「あーすいません。立てないみたいです。」
「いや、そのままでいい報告してくれ。」
「解りました。盗品は何とか取り返しました。ですがシャドーには逃げられました。」
 抱えていた袋を前に出すと、先輩はそれを見て笑うと
「よくやった。偉いぞ。」
そう言って、頭を撫でてきた。
 すると、あることを思い出した。
「あと、気になること言ってました。」
「気になること?」
「はい。この彫刻なんですけど…」
 袋から出された彫刻は40cm程の鳥の像で木でできている。意匠は特に細かい訳ではないが、そうとうな価値があるらしい。
――芸術はよくわからないですね。
 それでも思うことがない訳ではない。
「これ、どう見ても箱じゃないですよね。」
「箱?そうだな。これは鳥だ。何でこんなのが俺の年収より高いんだか。よくわかんねえけどな。」
――良かった。同じ考えの人がいた。
 何となく安心した。
「そうですよね。でも、シャドーはこれのことを“箱”って言ってたんですよ。気になりませんか?」
「気になるな。」
 そう言うと先輩は顎に手を当てて考え始めた。
――これの中に何か入ってるのかな?
 振ってみるが音はしない。
――空っぽですね。
「まぁ、よく分からないが解った。その像は証拠として後で調べよう。」
「そうですね。」
 そう応えると、報告は終わりか?と言って先輩が手を出してきたので掴むと、引き起こしてくれた。
「ありがとうございます。」
「後は俺がやっておくから今日はもう戻っていいぞ。明日は休んでいいから、報告書は明後日に提出しろ。それまでには、この像のことも何かわかるだろ。」
「本当ですか!?」
「何だ、やけに嬉しそうだな。」
「はい。先月新しくできた商業ビルに行きたかったんです。」
 すると先輩は西の方を向いた。
「セントラルに新しくできたやつか。」
「はい。」
「まぁ、何にせよ気を付けろよ。今は何かと危ねえから。」
「解りました。それでは私は失礼します。」
 そう言ってティナはロウと別れた。





 夜の月を高くに望む場所がある。
 屋根の上だ。
 今、その屋根は人の会話がある。しかし人影は1つだ。
 そこにいるのは仮面を外し素顔をさらしているシャドーだった。
 顔のパーツは整っていて、何もしていなければ好青年といった具合で若い。
 そんな彼は腕時計のような機械で誰かと話している。

『それでせっかく盗んだのに取り返されたんだ。格好悪るいね。』
 軽い調子で投げられた言葉に棘はない。それに苦笑でこたえる。
「厳しいな。目的は果たしたんだしそれで良しとしてくれよ。」
 こちらの言葉に応えはない。
――……ダメか。厳しいな。
 仕方ないから話題を変える。
「他の皆はどうした?」
『話そらすなよ。』
「マジで厳しくないですか今日!?」
『まあいいや。』
 ため息が来た。
『もう寝てるよ。ウェルとサティが明日、セントラルに行きたいってさ。』
「セントラルって、何か有ったっけ?」
『なんかヨーコさんにおつかい頼まれたとかで。皆連れて行っておいでよ。拒否権は無しで。』
「へいへい。お前は来ないのか?」
 少し間を置いて返事が来た。
『僕はいいよ。あの人が頼んだってことは確実に何か起きるし、何かあったら連絡してよ。』
 その後、幾つか言葉を交わし通信を切った。
「忙しくなりそうだな。」
 明日のことを考えてそうこぼすと、屋根を蹴り夜の闇に沈んだ。





 四方が海に囲まれた民主国家オウビスは、商業区画セントラルシティ、国営区画ウエストシティ、農業区画サウスシティ、居住区画イーストシティ、そして廃棄区画ノースシティの5つの区画がら構成されている。
 オウビスの人口は3億人を超し、その7割に当たる約2億人が何らかのアビリティと呼ばれる能力を保有していた。
 このアビリティは、5世紀程前にオウビスにいた科学者が唱えた「万人超能力者論」によるものであった。この考えにより第1世代(実験型)が生まれ、第1世代のDNAを基に生まれた第2世代(投薬型)、さらに第2世代の子、孫である第3世代(遺伝型)が生まれた。
 これにより人々は大きな力を得た。
 しかし、その力によって生まれた影も大きなものだった。
 現在、オウビスは世界一の貿易国家であると同時に世界一の犯罪国家でもある。

 そしてこの日、絡み合った運命は、始まりの終わりに向かいゆっくりと加速し始める。 

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