月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

漆文目 月影にあるものは

病院に車が止まり、僕は受付へと駆け込む。弟に教えられたのは家族の掛かり付けではなく、二つ隣の市にある大きな病院だった。受付の人に部屋の番号を教えてもらい、裕人さんと共にエレベーターで向かった。
目的の階に到着し、視界が開ける。走らずに急いで、父の病室を探す。部屋を見つけて、僕は扉を開けて中に飛び込んだ。
「父さん!」
家族が声に反応して振り向く。椅子に座る、母と弟。その奥には、ベッドからこちらを見ている父がいた。
「どうした、そんなに慌てて」
「だって、父さんが倒れたって電話が……」
「ただの過労だってさ、琴姉。って、聞いてる?」
私は腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。それを見て、慌てて裕人さんが駆け寄ってきた。そして、慎哉にも声をかけられた。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だったら、ここで腰を抜かしてないよ! 本当に心配したんだから……」
父に抗議の目を向け、裕人さんに支えられながら立ち上がる。
「大丈夫そうだから、帰ろうかな」
「心配かけて悪かったな」
「本当だよ、まったく。またね」
踵を返して部屋を出ていく。だが、妙に態度が引っ掛かったので受付で担当医を聞いて、その人の所へと向かった。結果は案の定で、無理しすぎで身体のあちらこちらが悲鳴を上げてるとのこと。少しの間、休養の意味を込めての検査入院をすることになるという。
「本当に無理しすぎだよ」
「まあ、大丈夫そうでよかったね」
「それが、そうでもないんですよね……」
父の状態を裕人さんに話し、これからどうしようかと考える。一度、実家に帰って家計を支えるべきなのだろうとは思う。
「どうするか、しっかり考え答えを出した方がいいよ。焦ると良いこと無いから」
「ありがとう、裕人さん」
「でも、まずはお疲れさま。まこちゃん」
抱き寄せ頭を撫でられ、不意に涙が溢れた。緊張の糸が切れて、頬を流れるのを止められなかった。
「凄く心配だったんだよね。飛んでくるくらいだったしね。重い病気じゃなくて良かったね。良かったでいいのか、わからないけど」
掛けられる言葉を聞きながら、僕はひたすら泣いた。声をあげて、子供みたいにひたすらに。そんな僕を裕人さんは、優しく慰めてくれた。泣いて、泣いて、泣いて。泣き疲れて、僕は少し落ち着いた。
「今日は、帰ろっか。これから遊びに行く気分でもないでしょう?」
「はい……」
「それじゃあ、運転するから隣に座っててね」
「あの、裕人さん……」
「どうしたの?」
「今日、独りにしないでください……」
彼は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって頭を撫でてきた。
「そんな顔をされたら、断れないじゃないか」
軽く頬に口付けされて、裕人さんはそのまま運転を始めた。僕は泣き疲れたせいで眠くなり、隣で瞼が重くなっていた。
「今はおやすみ、まこちゃん」
「おやすみなさい」
夢現にそんなことを答え、そのまま僕の意識は落ちていった。

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