月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

拾参輪目 紫苑

お正月も終わって、気づけば一月ももう終わりに近い。僕は自分の家で、貯まった小説の仕事を確認していた。スマホの画面を見ながら、頭を掻く。そろそろ、ガラス屋なのか小説家なのかどちらかにしないと、スケジュールがとんでもないことになっている。
「はあ…… そろそろ潮時かな……」
先輩を追いかけて入ったガラス屋。だけど、その後に小説の方で声がかかった。僕の昔からの夢は作家になること。それを叶えることができる。初めのうちは、なんとか仕事の合間に小説を書いてきたが、今では難しくなってきている。どちらかしか取れないとなると、僕は作家を選ぶだろう。
「学校も行きたいしな……」
小説家としての基礎がない僕。これから作家をやっていく上では、どうしても必要になってくるだろう。
「それに……」
僕は机の上に置いてある、うつ病の薬が入った袋に目をやる。なかなか良くならない症状。病人の僕が、これ以上いても迷惑なんじゃないだろうか。いつ、また酷くなるかわからない。こんな状態で、続けることは難しいと思う。そんな考えが、頭の中でぐるぐるする。
ラインを開いて、裕人先輩とのトークを表示する。そこに、仕事を辞めようと思っている旨を書き込む。文章を書き終えてあとは送るだけだが、なかなか送信のボタンが押せない。 ボタンを押すだけの簡単なことなのに、指先は嫌だと拒む。
「もう、送ってしまえ!」
意を決して、ボタンを押して先輩にメッセージを送る。だが僕は、返事を見るのが怖くてすぐに画面を消してしまった。送ってから早い段階で、返事の音が聞こえた。画面にはただ「今から行く」とだけ、表示されてた。
「え?」
表示された言葉を理解するのに、僕の頭は少し時間が必要だった。理解して「来ないで」と返事をしようとした頃には、もう玄関のドアが開けられていた。
「やあ、まこちゃん」
「……何で来たんですか」
「仕事の先輩として、彼氏として来ない理由があるか?」
「放っておいてください……」
それだけ言い、先輩に背を向ける。会わせる顔なんて無い。顔を会わせて、一体何を話せばいいのかわからない。
「まこちゃん、こっち向いて」
「嫌です……」
「真琴さん、いいから向きなさい」
先輩に言われ、渋々顔を向ける。彼になかなか視線を合わせられなくて、僕は俯いてしまう。
「それで、ラインで送ってきた話は本当か?」
「……はい。辞めようと思ってます」
「理由は?」
「病人の自分が、これ以上いても足を引っ張るだけだと思うのです……」
「本当に? 本当に辞めたいと思ってる?」
「……これ以上は、迷惑かけたくないのです」
「病気だからとか、そういうの抜きにしてさ。本当はどう思ってるの?」
そう問われ言葉が詰まる。迷惑かけたくなんか無いし、かけられない。どうせ、こんな状態の僕がいたとこで足手まといでしかない。それくらい、自分がよくわかってる。役に立てない、役に立たない、ただの覚えが悪い見習い。
「だって、僕は役に立たないじゃないですか……」
「見習いなんだから、俺とか他の職人みたいにできないのは当たり前でしょ」
「足手まといにはなりたくないです……」
「それは、十年後に言ってね」
頭の中を引っ掻き回して、辞める理由を探す。仕事が辛い。作家として忙しい。病人。どれも、理由としてしっくりと来ない。
「まこちゃん。さっきから上辺だけの言葉並べてるけど、逃げてるようにしか聞こえないよ。本当は、まだやりたいんじゃなくて?」
自分はまだ仕事を続けたいか、わからない。だけど、きっと本当の答えはとてもシンプルなはず。
「もう一回聞くよ。本当はどうしたいの、まこちゃん」

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