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月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

拾肆輪目 花葱

本当はどうしたいの。裕人さんにそう聞かれて、僕は目を伏せる。僕とて本当は、病気を理由に逃げ出したくない。せっかく始めた仕事なのに、ここで逃げたらまた昔の繰り返しになる。
「僕だって…… 私だって逃げ出したくないです! でも、また過去を繰り返すくらいなら辞めた方がいい……」
「なら、繰り返さないようにすればいいでしょ?」
ぽんっと頭に置かれた手は、大きくて温かく感じた。その優しさに、張りつめていた糸が切れ涙が一筋溢れる。それを皮切りに次から次へと溢れ、そのまま先輩に抱きついて泣いた。
「嫌、です…… 辞め、たくなんか、ないです…… まだ、たくさん、覚えたいです……」
出てくる言葉はどうしようもなく情けなくて、だけどあまりにも純粋な願いで、こんなにも辞めたくないんだと改めて思い知った。
「それが本当の気持ちでしょ? 泣きだすくらいに、諦められないんでしょ?」
そっと背中を撫でながら、裕人さんは言葉を続ける。
「いいんだよ、格好つけなくて。完璧になろうとしなくても、頑張ってるの認めてるんだから。だから、格好悪くいこうよ。どうしようもなく情けなくても、見栄を張るよりはいいから」
泣きながら、僕は頷く。認めてる。その言葉を、探していたのかもしれない。長い間比べられ、人より劣ってると言われ続けてきた僕。それを、頑張ってると認められたのは嬉しかった。それと同時に、ここまで心配してくれたことに申し訳なさを感じた。
「ごめ、んなさい…… ゆう、と、さん……」
ちゃんと言葉が紡げない。ありがとうもごめんも、伝えたい言葉は山程あるのに。喉元まで上がってきては、言葉にならずに消えていく。
「大丈夫だよ、まこちゃん。伝わったから」
優しく抱き締める裕人さんの腕の中は、とても安心できた。僕はしばらく、そのまま腕の中に収まっていた。
「……ありがとう、裕人さん」
「落ち着いたみたいだね、まこちゃん」
「はい……」
よしよしと、頭を撫でられる。
「あの話は無しにして、まだ続けるってことでいいかな?」
「はい、お願いします」
「ん、わかった 明日は、いつも通り四時半ね」
「はい」
そう言って、離れようとする先輩の袖を少し引っ張った。彼は不思議そうな顔をしながら、振り向く。
「どうした?」
「……もう少しだけ、一緒にいてほしいです」
「わかった、もう少しだけね」
おでこに口付けをされ、もう一度抱き締められる。
「いつもありがとう、裕人さん」
お返しとばかりにこちらも口付けを返して、その後は布団に運ばれて一緒に過ごした。

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