おままごとの演じ方

巫夏希

第二十三話 How to play "the playing house"

「……確かに理解出来ないところもあるのも事実だ。現に我々も最初は疑っていたからね。彼女がほんとうに時空震を生み出したのか。そこに居たのは幼気な少女だった訳だからね」

 幼気と言っても、三年前ならもう大学生になっているはずだ。
 未来に生きる時井戸さんたちからすれば、私たちも幼気な少女に分類されるのかもしれない。自称するのは非常に恥ずかしいことではあるけれど。

「ここで一つ、問題が発生した」

 一本、時井戸さんは人差し指を立てる。

「考えれば考える程難しくなってくることばかりで、僕はその簡単で単純な事実に気付けなかった。それは……僕自ら時空震の影響を受けてしまったということだ。直ぐに気が付いたから良かったのだけれど」
「影響は……大きかったんですか?」

 私は訊ねる。こうなったらとことん訊くしかない。理解できるまで聞いて、理解するしかない。何故だか不思議とそんなことを考えていた。
 時井戸さんはペンを置き、先程の椅子に腰掛ける。

「影響なんてたいしたことではない……なんて言うとあれだな。簡単に言うと『脇役』にされたということか」
「脇役?」
「そうだ。この行動は僕の本来置かれた立場では実施しない行動だよ。だが、これをしない限り君はこの真実に辿り着くことは無かっただろう。僕はもしかしたら、強制的にこの箱庭から排除される可能性もある」

 箱庭からの排除。
 暗喩ではあったが、私はそれが何の意味を持つのか理解した。

「……いつ排除されるか解らない。この状況の中での最善策とは何か。そう考えると出てくるのは……状況を把握していない人間にその状況を把握させること、これに尽きる」
「状況の把握……ですか。把握してもまったく理解出来ない感じはありますけれど。結局、何をすればいいんですか?」
「この箱庭は夕月梨沙によって作られた飯事ままごとの世界だ」

 唐突に。
 時井戸さんはそう言った。私はその言葉の意味を理解していないわけではない。
 寧ろ話の流れからすれば普通とも言えよう。箱庭が舞台であるという言葉のニュアンスを少々変えただけに過ぎない。

「ここに住む人間は俳優だ。それは動物も同じだよ。誰も彼も皆そう。君が名前を知らなくても、その人間は箱庭で立派に役を演じている。飯事を演じているんだ、この箱庭に住む、凡ての人間が」

 ここまで聞いて、私は何と無く察しがついた。
 時井戸さんが言いたいのは、つまりこんな感じの台詞だろう……世界は飯事で成り立つ小さな箱庭だということ……だと思う。

「飯事を馬鹿には出来ない。現に我々はこれを見てしまっているからな。だがそうだとしても歩を止めるわけにはいかないだろう。この世界は決して正しい世界ではない。正しい方向に世界を修正せねばならないのだよ」
「世界を修正……とは言いますけれど、実際にはどうすれば? 梨沙は幽霊となった今でもこの世界を維持しようとしている。その言葉が正しいとすれば梨沙に何をしても無駄な気がしてならないのだけれど?」
「確かにそうかもしれないだろう。だが、やらなければ結果も見出だせない。正しい結果を出すためには多少の失敗も許容範囲だと言ってもいいだろう」
「失敗の範囲によっては、世界そのものが壊れかねない重大な失敗だって有り得るんじゃ……?」

 時井戸さんは首を傾げることなどしなかった。どうやら想定内の質問だったらしい。

「失敗になった場合、その世界は破棄される。そして殆どそのまま消去される。消去された世界が復元されることもない。非常に淡白な手段だと言ってもいいだろう」

 それは即ち、パラレルワールドということだろうか。

「だがそれでも解決しなかった。解決することは無かった。……だから、今度は外部の人間を頼ることにした。君のような、人間をね」

 私を、頼る。
 いったいどういう理屈からそれが導き出されたのだろうか。私は理解することができなかった。いや、仮にこれが普通のやり取りの中であったとしても理解できたかどうかは不明瞭だ。

「君のような人間は、いや、正確にはこの世界の仕組みを完全に理解できていない人間のことをいうのだろう。それを君という人間に置き換えただけだ。そうして、僕たちは救いを求めた。君ならばこの状況を打開してくれる……と」

 何だか、私に対する期待度が上がっている気がする。なぜだろう。ただの女子大生だぞ。

「君が女子大生だとかそういうことは関係ない。寧ろ、そういうことではない。君はこれからこの世界で『吉川アヤ』を演じるのだよ。おままごとの演じ方くらい、理解しておかないとまずいだろう?」
「……つまり、私に今後の世界での身の振り方を教えてくれる、と?」
「そうだ。そうしないと君が死んでしまうだろう。死んでしまったら今度こそ我々は手詰まりだ。この世界を元に戻す方法を見つけられなくなってしまう。君が一番夕月梨沙と仲がいいからね。まったく、彼女が無意識にこの世界を作り上げたことで逆に物事が有利に進むようで何よりだ。もし意識的に作ったのなら僕の存在自体最初に抹消するだろうからね」

 私が居なければ世界は元に戻らない。言葉だけ聞けばとても冗談めいたものになるのだろう。
 しかし、これは真実なのだろう。今までずっと話を聞いてきた私は不思議とそんなことを考えていた。
 確証が無いわけではない。その最たるものが常滑清治の死だった。まったくの偶然といえばそれまでだが梨沙の態度からしてそうだとは考えにくい。だから彼女が無意識に力を行使し、常滑清治を呪い殺した……それならば何処か納得出来る。あくまでも理論付けであって証拠なんて見つけてはいないのだけれど。

「……なに、おままごとの演じ方と堅苦しい言い方をしたが、ただ今まで通り過ごせばいい。この世界は夕月梨沙が原因として成り立っている世界で、しかし彼女はその力に気付いていないのだからね」
「梨沙は……何で死んだんでしょうか?」

 私は思わず心の中で思っていたことを吐き出していた。不味いと思ったがその時にはもう遅い。私の言葉ははっきりと時井戸さんに届いていた。
 しかし時井戸さんはそれを聞いて首を横に振っただけだった。

「はっきり言って解らない、というのが現状だ。だが、その行動も彼女がこの世界を作り上げたのは無意識だという裏付けにもなる……少なくとも我々はそう考えているよ」

 梨沙が死んだこととこの世界が改変されたことは無関係。
 だとしたら、彼女が死んだ理由は単純に人が死んだら電柱になるのかを確かめたかったことと、私と一緒に居たかったこと――?

「これまた推論で物事を言うことになるが……この世界が背負う業が重い。だからこそ彼女は無意識のうちにこの世界をつくった後、この世界に取り込まれてしまったのではないか。それが今のところの我々の判断となっている」

 空間が強固だったゆえのミス、だということだろうか。良くある言葉で言えばミイラ盗りがミイラになったとか。よく解らないけれど、
 世界に飲み込まれた――そう言えば確かにカッコイイ響きかもしれないが話を聞いた限りでは恐ろしい表現に入るだろう。

「……即ち、この世界に取り込まれ、彼女は記憶を失った。そして他の人間と同じように『演じて』いくようになった。……そう考えてみれば、彼女もまた被害者なのかもしれない」

 彼女も世界の被害者であり、世界の加害者である。
 そう思うと何故か悲しくなってしまう。彼女は犠牲者だったのか、と。彼女もまた、救わなくてはならない存在だったのか、と。

「……ともかく、彼女を助けなくてはいけないこともまた事実だ。だからぼくたちとしてもそれをしていかねばならない。そのための作戦も考えているし、それを今後も実行していくつもりだ」
「それはどんな作戦なのか、教えてもらうことはできるんですか?」
「可能だ」

 時井戸さんは言った。

「というよりも簡単なことなのだけれどね」

 続けて、時井戸さんは溜息を吐く。
 時井戸さんが言う作戦とはこうだ。『彼女を楽しませ、この世界が箱庭であることを自覚させないようにして、どうにかこの世界を改変する方法を模索する』ということ――要するに運に身を任せるという形だ。

「しかしそれって……手詰まりに近い状態じゃないんですか? 間違っていません?」
「いいや。間違ってなどいない。間違うはずが無い。これが一番必然的で絶対的な方法だと計算結果に浮上したのだから」
「計算結果?」
超高速並列演算装置ハイスピード・ロジカリティ・コンピュータ、通称HRCによる計算結果だ。超高速で並列に演算を実施する演算装置のことでね、それをつかうことで未来予測も出来るし、その応用で過去にこうすれば良かったのではないかというシミュレーションもすることが出来る」

 超高速並列演算装置……ハイスピード・ロジカリティ・コンピュータ? 何だか、聞いたことのない単語の羅列ばかりで頭が痛くなってきた。要するに未来の技術なのだろう。寧ろ、そういう一括りで説明してくれたほうが助かるというものだった。

「まあ、長ったらしく言うのもあれだから随所は端折らせてもらうけれど。要するに、彼女をこの世界で楽しませるんだ。どんな手段を用いてもいい。現に彼女が死んだ理由が電柱の墓標化だとして、それを確認したのだとしたら彼女はもう成仏してもおかしくない。にもかかわらず彼女はまだ浮遊霊として存在している。それについて考えたことはないか? 疑問に思ったことはないか?」

 いや、たぶんだけれど。
 彼女がずっと残っているのは私にあてた『告白』に依るものなのではないかなあ、と。
 彼女は私のことが好きだと言っていた。要するに一目惚れってやつだ。一目惚れをしてもらえる程の容姿だとは思えないが、そう思ったのならば思ったのだろう。確かに彼女は私にそういったのだから。

「一目惚れ、ね……。要するに夕月梨沙は君に恋愛感情を抱いていた、ってことになるが……。そうなのか?」

 私は時井戸さんに凡てを話した。そして、その反応が帰ってきて私は頷いた。
 まあ、そう考えるのが普通だろう。少なくとも同性愛にいいことを思っていなければ当然。
 私もあまり同性愛とか考えたことはなくて、ただ彼女の容姿がとてもタイプだった(そういう意味ではなく、ただ好みだということ。こんなことをいうからさらにこんがらがってしまうのだろうけれど)、というのが挙げられる。それがあったからこそ、私は梨沙の告白にイエスと答えた。私は彼女にずっと居て欲しいと告白をした。あの時は、この世界の真実なんて知らなかったから。
 だが、もし私がその真実を知っていた状態で彼女にそれを言っていなかったか、というと話が違う。きっと私は真実を知っていても彼女に告白していたのだろう。今となっては、どういうことなのか解らないが。

「もしかして、他者に認めてもらいたかったのか?」

 時井戸さんは再び立ち上がり、そう言った。
 それにしてもよく動く人だ。じっとしていられないのだろうか。

「他者に認めてもらいたい……って?」
「他者依存、ってやつだよ。依存性人格症候群、という病気もある。要は他人に世話をして欲しいと思い、従属するんだよ。そしてその世話がなくならないように考えている。世話が無くなる……つまり、分離することへの不安を抱えているわけだ。れっきとした病気として位置づけられているんだよ。まあ、夕月梨沙の場合はそれとは少し違うかもしれないけれど。……さて、そろそろいい時間かな。僕は帰るとするよ、君はどうする?」

 時計を見ると二時半を回ったあたりだった。大体一時間くらいは話したことになる。あっという間だった。そういえばその間、梨沙が来ることは無かった。
 私は時井戸さんの提案をそのまま受け入れることにして、研究室を後にした。

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