おままごとの演じ方
第二十一話 People dies and became telegraph-pole
「ここが僕の研究室だ。カーペットの扉付近にあるところが玄関になっているから、そこらへんに靴を脱いでくれ」
時井戸さんに連れられてやって来たのは学科棟の一階にある小部屋だった。明確にその位置を示すならばプログラミングルームの真向かいに位置している。
扉の横には準備中を示すプレートがかけられていたが、時井戸さんが入る時にそれを営業中に変えていた。何か意味でもあるのだろうか。
「どうしたんだい、考え事なんてしちゃって」
時井戸さんの言葉を聞いて我に返る。どうやら人の話も聞かずぼうっとしていたらしい。……悪い癖だ。
感傷に浸る暇など無く、私は時井戸さんの言葉に半ば従う形となって席に着いた。
研究室には合わせて三つのテーブルがあった。二つのパソコンが置いてある小さなテーブルが奥と手前の角にそれぞれ一つずつ、そして真ん中にある巨大なテーブルだ。そのテーブルにもパソコンは置いてあるけれど……六つまで数えた時点でそれをすることを止めてしまった。
時井戸さんの席は大きなテーブルの半分あたりに置かれていた、一際巨大なディスプレイのある場所だった。その横には一回り小さなディスプレイが寄り添う形で置かれていた。いわゆるデュアルディスプレイというやつだと思う。二つ以上のディスプレイをケーブルで繋ぐことにより仮想的に一つの大きなディスプレイとしているのだろう。
因みに私が座った席はその隣にある席。ピンクのブランケットがかけられ、ワークスペースの周りにはファンシーなぬいぐるみが置かれている女の子らしい席だった。よく観ると最近子供に人気のゲームのグッズとか置かれていたけれど、まぁ、女子だろうし。
時井戸さんはと言えば、席に腰掛けたと同時にパソコンの電源を入れていた。黒い箱だった。シックかつ、大人っぽい。
暫くすると基本ソフトが起動して、ログイン。ものの一分でディスプレイはそのユーザーのデスクトップ画面を映し出していた。
「……さて、本題に入ろうか。どうして君をこんな場所まで連れてきたのかということについて。それは勿論、ここまで連れて来ないと話すことが出来ないからだ。ここの研究室は僕と教授だけで構成されている。そして教授は今日別大学へミーティングに向かっている。……即ちそれは、邪魔が入らないということだよ」
「それは、邪魔が入らない状況に私を置いて、何かをしたいからそういう発言をした……ということですか」
発言に、時井戸さんは首を振った。
「そういうつもりはないよ。ただ疑問に思っただけだ。そういうことを言ってみたらどういう反応をするか……ということをね。結果として君は面白い解答を告げた。ただ、それだけのことだ」
解らない。
時井戸さんはいったい何を言いたいのか、少なくとも今の私には解らなかった。話が捻転している――とでも言えばいいのか、ともかく、そんな感じだった。
時井戸さんは笑みを浮かべ、頷く。続いてマウスを握り、カーソルを検索ウィンドウに合わせクリックした。
時井戸さんは手際よく、ある言葉をウィンドウに打ち込んだ。
――人は死んでも電柱にはならない
それを見て、彼女は目を丸くした。何故ならそれは異端だったからだ。間違っていることだったからだ。人は死んだら電柱になる――それは変わりようのない事実なのだから。
打ち込み終わり、時井戸さんはこちらを見る。彼が何をしたいのか、まったく解らなかった。解るはずもなかった。
笑みを浮かべ――口角を吊り上げ――エンターキーを勢い良く叩いた。
普通ならば、世界中の出来事を集めたデータベースからそれに纏わる情報だけを収集して検索結果に表示する。それが検索サイトの一般的な使い方であるのは確かだったが――。
――しかし、ブラウザは全く変化することは無かった。
「……何も変化していない。そう思っているのならば大間違いだよ? 検索ウィンドウを良く見てご覧」
心を見透かされた発言を聞いた私だったが、しかしそれでも、ウィンドウを眺めることにした。
異変には直ぐに気が付いた。検索ウィンドウから先程書いた文字が消えていたのだ。時井戸さんが消したわけでもない。彼はその間キーボードには一切触れていないのだから。だからこそ、疑問が解決出来ないのだが。
「理解出来ない。そういう顔をしているね?」
図星だった。
「まぁ、仕方無いよ。この世界が電柱中心となるにはそうする必要があったのかもしれない。だがしかし、ここまでやるべきことなのだろうか? 電柱にならない記憶を人々の中から消さなくてはならないくらいのことがこの世界では当たり前なのだろうか? ……疑問に思いはしないか?」
「つまりあなたは……この世界には何か『裏』がある、そう言いたいんですね」
「そういうことだ。ただし、僕が疑問に思っているのは世界についての根幹。はじまりのこと……そう言ってもいいだろう」
「それほどおかしいのならば、学者とかが発見して調査にでも乗り出しているんじゃないですか?」
「……そんな呑気なことを言っている場合か? 言っておくが僕が異変に気付いたわけではない。未来からの情報で漸く知ったというレベルだぞ?」
疑問に思うのは一つ。どうして時井戸さんは情報を知って、それからここに来たのだろうか。きっと彼にとってそれをするだけのメリットがあったのだろう。そうでなければやろうとは思わない。
「……そこで僕は一つの仮説を立てた。それはチープ・トリックと言われるかもしれない。だが、これしか考えられることが出来ない。確固たる証拠が無いから、それは案外仕方無いことなのかもしれないけれど」
立ち上がり、冷蔵庫の隣にあるコーヒーメーカー、その前に立った。コーヒーメーカーの容器を取り外し、そこに予め浄水しておいた水を加える。次に、ガムシロップの入った容器めいたそれをセットしてスイッチを押す。
それから僅か数秒、あっという間にコーヒーが出来上がった。
二杯分作り、それを私の目の前に置いてくれた。
暫くそれをきょとんとした様子で眺めていたのだが、
「……せっかくの暖かいコーヒーが冷めてしまうよ。暖かいうちに飲んでしまったほうがいい。砂糖やミルクが所望ならば幾らか持って来ようか?」
そう言って時井戸さんはブラックコーヒーを一口啜った。
「ええ。なら、それぞれ一つずつください」
私は言うと、再び時井戸さんは立ち上がり壺と牛乳パックを冷蔵庫から持ってきた。
壺にはスプーンが刺さっており、それを見て私はその壺の中に入っているものが砂糖であると理解した。
砂糖をスプーンで掬い、それをコーヒーの中に入れる。一杯を入れるだけで充分だ。そうして適当にかき混ぜて、それを一口。「ミルクは要らないのかい?」という言葉に首を横に振る私。「ミルクもほしいって言ったじゃないか」とバツの悪そうな顔をして時井戸さんは自分のコーヒーにミルクを注ぐ。
「世界がおかしいと思ったことはないかい?」
訊ねられ、私は首を傾げる。
「……電柱のことですか」
頷く時井戸さん。
時井戸さんに連れられてやって来たのは学科棟の一階にある小部屋だった。明確にその位置を示すならばプログラミングルームの真向かいに位置している。
扉の横には準備中を示すプレートがかけられていたが、時井戸さんが入る時にそれを営業中に変えていた。何か意味でもあるのだろうか。
「どうしたんだい、考え事なんてしちゃって」
時井戸さんの言葉を聞いて我に返る。どうやら人の話も聞かずぼうっとしていたらしい。……悪い癖だ。
感傷に浸る暇など無く、私は時井戸さんの言葉に半ば従う形となって席に着いた。
研究室には合わせて三つのテーブルがあった。二つのパソコンが置いてある小さなテーブルが奥と手前の角にそれぞれ一つずつ、そして真ん中にある巨大なテーブルだ。そのテーブルにもパソコンは置いてあるけれど……六つまで数えた時点でそれをすることを止めてしまった。
時井戸さんの席は大きなテーブルの半分あたりに置かれていた、一際巨大なディスプレイのある場所だった。その横には一回り小さなディスプレイが寄り添う形で置かれていた。いわゆるデュアルディスプレイというやつだと思う。二つ以上のディスプレイをケーブルで繋ぐことにより仮想的に一つの大きなディスプレイとしているのだろう。
因みに私が座った席はその隣にある席。ピンクのブランケットがかけられ、ワークスペースの周りにはファンシーなぬいぐるみが置かれている女の子らしい席だった。よく観ると最近子供に人気のゲームのグッズとか置かれていたけれど、まぁ、女子だろうし。
時井戸さんはと言えば、席に腰掛けたと同時にパソコンの電源を入れていた。黒い箱だった。シックかつ、大人っぽい。
暫くすると基本ソフトが起動して、ログイン。ものの一分でディスプレイはそのユーザーのデスクトップ画面を映し出していた。
「……さて、本題に入ろうか。どうして君をこんな場所まで連れてきたのかということについて。それは勿論、ここまで連れて来ないと話すことが出来ないからだ。ここの研究室は僕と教授だけで構成されている。そして教授は今日別大学へミーティングに向かっている。……即ちそれは、邪魔が入らないということだよ」
「それは、邪魔が入らない状況に私を置いて、何かをしたいからそういう発言をした……ということですか」
発言に、時井戸さんは首を振った。
「そういうつもりはないよ。ただ疑問に思っただけだ。そういうことを言ってみたらどういう反応をするか……ということをね。結果として君は面白い解答を告げた。ただ、それだけのことだ」
解らない。
時井戸さんはいったい何を言いたいのか、少なくとも今の私には解らなかった。話が捻転している――とでも言えばいいのか、ともかく、そんな感じだった。
時井戸さんは笑みを浮かべ、頷く。続いてマウスを握り、カーソルを検索ウィンドウに合わせクリックした。
時井戸さんは手際よく、ある言葉をウィンドウに打ち込んだ。
――人は死んでも電柱にはならない
それを見て、彼女は目を丸くした。何故ならそれは異端だったからだ。間違っていることだったからだ。人は死んだら電柱になる――それは変わりようのない事実なのだから。
打ち込み終わり、時井戸さんはこちらを見る。彼が何をしたいのか、まったく解らなかった。解るはずもなかった。
笑みを浮かべ――口角を吊り上げ――エンターキーを勢い良く叩いた。
普通ならば、世界中の出来事を集めたデータベースからそれに纏わる情報だけを収集して検索結果に表示する。それが検索サイトの一般的な使い方であるのは確かだったが――。
――しかし、ブラウザは全く変化することは無かった。
「……何も変化していない。そう思っているのならば大間違いだよ? 検索ウィンドウを良く見てご覧」
心を見透かされた発言を聞いた私だったが、しかしそれでも、ウィンドウを眺めることにした。
異変には直ぐに気が付いた。検索ウィンドウから先程書いた文字が消えていたのだ。時井戸さんが消したわけでもない。彼はその間キーボードには一切触れていないのだから。だからこそ、疑問が解決出来ないのだが。
「理解出来ない。そういう顔をしているね?」
図星だった。
「まぁ、仕方無いよ。この世界が電柱中心となるにはそうする必要があったのかもしれない。だがしかし、ここまでやるべきことなのだろうか? 電柱にならない記憶を人々の中から消さなくてはならないくらいのことがこの世界では当たり前なのだろうか? ……疑問に思いはしないか?」
「つまりあなたは……この世界には何か『裏』がある、そう言いたいんですね」
「そういうことだ。ただし、僕が疑問に思っているのは世界についての根幹。はじまりのこと……そう言ってもいいだろう」
「それほどおかしいのならば、学者とかが発見して調査にでも乗り出しているんじゃないですか?」
「……そんな呑気なことを言っている場合か? 言っておくが僕が異変に気付いたわけではない。未来からの情報で漸く知ったというレベルだぞ?」
疑問に思うのは一つ。どうして時井戸さんは情報を知って、それからここに来たのだろうか。きっと彼にとってそれをするだけのメリットがあったのだろう。そうでなければやろうとは思わない。
「……そこで僕は一つの仮説を立てた。それはチープ・トリックと言われるかもしれない。だが、これしか考えられることが出来ない。確固たる証拠が無いから、それは案外仕方無いことなのかもしれないけれど」
立ち上がり、冷蔵庫の隣にあるコーヒーメーカー、その前に立った。コーヒーメーカーの容器を取り外し、そこに予め浄水しておいた水を加える。次に、ガムシロップの入った容器めいたそれをセットしてスイッチを押す。
それから僅か数秒、あっという間にコーヒーが出来上がった。
二杯分作り、それを私の目の前に置いてくれた。
暫くそれをきょとんとした様子で眺めていたのだが、
「……せっかくの暖かいコーヒーが冷めてしまうよ。暖かいうちに飲んでしまったほうがいい。砂糖やミルクが所望ならば幾らか持って来ようか?」
そう言って時井戸さんはブラックコーヒーを一口啜った。
「ええ。なら、それぞれ一つずつください」
私は言うと、再び時井戸さんは立ち上がり壺と牛乳パックを冷蔵庫から持ってきた。
壺にはスプーンが刺さっており、それを見て私はその壺の中に入っているものが砂糖であると理解した。
砂糖をスプーンで掬い、それをコーヒーの中に入れる。一杯を入れるだけで充分だ。そうして適当にかき混ぜて、それを一口。「ミルクは要らないのかい?」という言葉に首を横に振る私。「ミルクもほしいって言ったじゃないか」とバツの悪そうな顔をして時井戸さんは自分のコーヒーにミルクを注ぐ。
「世界がおかしいと思ったことはないかい?」
訊ねられ、私は首を傾げる。
「……電柱のことですか」
頷く時井戸さん。
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