おままごとの演じ方
第十六話 meeting-3
時井戸さんに会ったのはこれが初めてだ。だから、ファースト・インプレッションがどうかと言われると『異端』の一言に尽きる。このような人間と話す機会があるなんて思わなかったしはっきり言って必要とは思わなかった。
時井戸さんは私の隣に座っている。そこしか座る場所が無かったからだ。
時井戸さんは私の方をずっと見ている。ずっと、というのは言いすぎかもしれない。時井戸さんは注文をしてそれが来るまでの間話をしているのだけれど、頻りに私の顔を見てくる。私の顔に何かついているのかとか疑問を浮かべてしまうがそんなことは無いだろう。もしそうだとすれば相当意地悪ではなければ梨沙が言っているに違いない。
時井戸さんはちらりと、私の背後を見た。
正確には梨沙と目があった。
幽霊なのに。見えないのに。
「……今、私を見たような気がするけれど、偶然よね」
梨沙は言った。私もそう思う。
時井戸さんは水を呷り、
「さて、君たちに集まってもらったのはほかでもない。我々文芸サークルのサークル誌『烈風』について、だ」
「烈風の企画会議でいいんですかね」
時井戸さんの言葉にいち早く反応したのは竹内さんだった。既にメモとボールペンを出している。
その言葉に時井戸さんは頷き、
「うん。そのとおりだよ。『烈風』は数えるともう三十年近い歴史を持つ。今回で七十九号となる、歴史の長いサークル誌になる。だから、慎重に選ばなくてはならない。けっこうこの本を読む人って多いんだよね。通販してくれ、って言う人も多いし」
「そうなんですか」
私は訊ねていた。年に二回程度発行されるサークル誌『烈風』、まさかそこまで有名なものだとは知らなかったからだ。
「そうなんだよ。意外と学内では評判が良くないんだけど、それに反比例する形で学外での伸びは非常にいい。卒業生だけではなくて、他大学の学生がその存在を知っている時は流石に驚いたけれどね。知ることは容易かもしれないけれど、その存在から中身を知るにはかなり労力を必要とするだろうね」
「と、言うと?」
「このサークル誌は学内サークルという制約上、あまり多くの量を刷ることが出来ない。さらに学内優先になるから……学外に流通するのはそれから大分後になり、かつ部数も少ない。だから実際には松龍祭とかで頒布したものを手に入れた方がいいだろうね。イベントにも参加はするが……さっきの条件を考えるとそっちの方がいいだろうし」
松龍祭は毎年十月に行われる文化祭のことだ。土日の二日間行われるそれはオープンキャンパスの役目も果たしており、大学としても力を入れるべきイベントだった。
しかしもうその松龍祭まで二ヶ月ちょっとしかない。それを考えるとあまりにも不安だ。原稿とかそういうやつ、書いたこと無いのに。
「……というわけで君たちにはテーマを決めてもらって書いてくれているはずだ」
テーマ?
それを聞いて、私は首を傾げる。そんなことをほかのメンバーにも梨沙にも聞いたことが無い。
というかそもそも文芸サークルはあまり交流をすることが無い。メールで聞こうと思うこともあったにはあったが、しかしそれよりも面倒臭さが優先する。
だから必要最低限のことしか関わらない。そういうつもりでいた。だったらさっさと辞めればいいのに、と思われることもあるし梨沙から言われたこともある。だけれど、何故か居心地が良いものだから、このサークルに居る。活動内容ははっきり言って二の次だ。まぁ、多分世の中の大学生の何割かもそういう理由で選んでいるだろうけれど。
「そうだ。……君は新入りだったね?」
唐突に。
時井戸さんは私の方を向いて言った。先程までのように事ある毎に、ではなく、注視しているのだ。
「君のことを唯の一度も見たことが無い。その代わりに梨沙がフェードアウトしている。……あぁ、彼女は確か『行方不明』になったんだったかな。優秀な学生だったのに、書くテーマも面白そうだったのに、何だか至極残念な事だよ。今からでも帰ってきてはくれないだろうか。書けないというのなら口述筆記でも構わないというのに」
時井戸さんが言ったその発言は梨沙に対する執着心の現れに見えた。彼にとって梨沙はどういう立ち位置で見られていたのだろうか。あの発言だけではイマイチ掴みづらい。
だからといって彼に直接聞くというのも気が退けるというものだ。別に仲良しごっこをしたいわけではないから、仲良くしたいとかいう願望を抱いているわけではないから、あまり彼と話をしたくなかった。
「……まぁ、それはおいといて。君にはどういうものを書いてもらえばいいだろうか。流石に梨沙と同じものを書かせてはいけないだろうが……君が書きたいのならば話は別だが」
「梨沙さんは何を書く予定だったんですか?」
「『もしもこの世界から電柱という存在が無くなったなら』」
端的に。
時井戸さんは言葉を告げた。それは今の世界ならば絵空事と呼べるようなものだった。それは妄想という言葉が似合うような、戯言に等しかった。
「面白い考え方だろう?」
時井戸さんはシニカルに微笑む。
「確かにそうですね。その……電柱が無い世界を考えるなんて」
「この大学に居る頭が伽藍洞の教授陣にそれを言うなら『机上の空論』などと言われるだろうね。タイトルだけで考えすら聞いてもらえないかもしれない……。だが、なぜ彼女はそれを考えるに至ったのだろうか? 今となっては訊くことは出来なくなってしまったが……」
「時井戸さん、その発言はまるで梨沙が死んでしまったような、そんな言い回しになると思いますが」
一拍挟んだのはひかりさんだった。
時井戸さんは頭を掻いて首を傾げる。
「そうだったかな? 別に問題なかったような気もするが……、まぁ、気分を害してしまったのならばそれは済まなかった」
頭を下げる時井戸さん。
「いえ、別にそこまでしてもらうつもりは……」
「間違った発言をしたのはこちらだからね。いいんだよ、別に」
「……ところで、私はそれを書けばいいんですか?」
訊ねる。どうせ書くなら梨沙の知っている内容がいいだろう。本人から話を聞けばいい話だし。そして適当に脚色をつければいいのだから。
それを聞いて涼しい顔を向ける時井戸さん。別に私は私だけの都合に合わせて言っただけだ。だから感謝されることもない。
「ほんとうに書いてくれるのかい?」
「ええ。別に構いませんよ。資料とか集める必要は……まあ、ありますけれど。それくらいなら何とかなりそうですし。どれくらい書けばいいんですか?」
「まあ、私の原稿をある程度手直しすればいいだけだもんね」
横槍を入れる梨沙。まあ、そのとおりなのだけれど。
私の話を聞く時井戸さんは何度も頷く。
「うん、うん。そうだよ。書いてくれればいい。最低は原稿用紙五枚分、それ以上ならば何枚でも構わない。制約はそれだけだ」
それくらいの制約ならばあまり時間もかからないだろう――私はそう思うと頷く。
「ならば大丈夫ですよ。締め切りも近いでしょうし……。さっさと書いてしまいますよ」
「ほんとうに大変なことにはなるだろうが、よろしく頼むよ」
軽く頭を下げられる。
梨沙はそれをずっと眺めていた。欺瞞の眼差しだったか、疑問の眼差しだったか、私には直ぐに理解することはできなかった。
会議はお開きになった。結果として誰が何を書くのか再確認とその進捗だけであとはただくだらない話だった。私はアイスクリームを食べながら相槌を適当に打っているだけだった。相槌を打つだけでも会話が盛り上がるか盛り上がらないかが違うらしい。別にここで相槌を打とうか打たまいが特に変わらないと判断したので前者を選択しただけに過ぎないのだが。
「さてと……帰ろうかな」
時刻は十七時を回ったあたり。少し遅くなったが今からバスに乗れば十七時半あたりの電車に乗れるだろう――とかそんなことを考えていたら、
「吉川さん」
声をかけられた。
その声は時井戸さんだった。
振り返るとそこに立っていた。
「少し、話をしませんか。今度は二人で」
何故ですか、と私は問おうとしたが――時井戸さんの視線はとても強かった。否定することを許そうとはしなかった。
だから、私はそれに大人しく従うことにした。
時井戸さんは私の隣に座っている。そこしか座る場所が無かったからだ。
時井戸さんは私の方をずっと見ている。ずっと、というのは言いすぎかもしれない。時井戸さんは注文をしてそれが来るまでの間話をしているのだけれど、頻りに私の顔を見てくる。私の顔に何かついているのかとか疑問を浮かべてしまうがそんなことは無いだろう。もしそうだとすれば相当意地悪ではなければ梨沙が言っているに違いない。
時井戸さんはちらりと、私の背後を見た。
正確には梨沙と目があった。
幽霊なのに。見えないのに。
「……今、私を見たような気がするけれど、偶然よね」
梨沙は言った。私もそう思う。
時井戸さんは水を呷り、
「さて、君たちに集まってもらったのはほかでもない。我々文芸サークルのサークル誌『烈風』について、だ」
「烈風の企画会議でいいんですかね」
時井戸さんの言葉にいち早く反応したのは竹内さんだった。既にメモとボールペンを出している。
その言葉に時井戸さんは頷き、
「うん。そのとおりだよ。『烈風』は数えるともう三十年近い歴史を持つ。今回で七十九号となる、歴史の長いサークル誌になる。だから、慎重に選ばなくてはならない。けっこうこの本を読む人って多いんだよね。通販してくれ、って言う人も多いし」
「そうなんですか」
私は訊ねていた。年に二回程度発行されるサークル誌『烈風』、まさかそこまで有名なものだとは知らなかったからだ。
「そうなんだよ。意外と学内では評判が良くないんだけど、それに反比例する形で学外での伸びは非常にいい。卒業生だけではなくて、他大学の学生がその存在を知っている時は流石に驚いたけれどね。知ることは容易かもしれないけれど、その存在から中身を知るにはかなり労力を必要とするだろうね」
「と、言うと?」
「このサークル誌は学内サークルという制約上、あまり多くの量を刷ることが出来ない。さらに学内優先になるから……学外に流通するのはそれから大分後になり、かつ部数も少ない。だから実際には松龍祭とかで頒布したものを手に入れた方がいいだろうね。イベントにも参加はするが……さっきの条件を考えるとそっちの方がいいだろうし」
松龍祭は毎年十月に行われる文化祭のことだ。土日の二日間行われるそれはオープンキャンパスの役目も果たしており、大学としても力を入れるべきイベントだった。
しかしもうその松龍祭まで二ヶ月ちょっとしかない。それを考えるとあまりにも不安だ。原稿とかそういうやつ、書いたこと無いのに。
「……というわけで君たちにはテーマを決めてもらって書いてくれているはずだ」
テーマ?
それを聞いて、私は首を傾げる。そんなことをほかのメンバーにも梨沙にも聞いたことが無い。
というかそもそも文芸サークルはあまり交流をすることが無い。メールで聞こうと思うこともあったにはあったが、しかしそれよりも面倒臭さが優先する。
だから必要最低限のことしか関わらない。そういうつもりでいた。だったらさっさと辞めればいいのに、と思われることもあるし梨沙から言われたこともある。だけれど、何故か居心地が良いものだから、このサークルに居る。活動内容ははっきり言って二の次だ。まぁ、多分世の中の大学生の何割かもそういう理由で選んでいるだろうけれど。
「そうだ。……君は新入りだったね?」
唐突に。
時井戸さんは私の方を向いて言った。先程までのように事ある毎に、ではなく、注視しているのだ。
「君のことを唯の一度も見たことが無い。その代わりに梨沙がフェードアウトしている。……あぁ、彼女は確か『行方不明』になったんだったかな。優秀な学生だったのに、書くテーマも面白そうだったのに、何だか至極残念な事だよ。今からでも帰ってきてはくれないだろうか。書けないというのなら口述筆記でも構わないというのに」
時井戸さんが言ったその発言は梨沙に対する執着心の現れに見えた。彼にとって梨沙はどういう立ち位置で見られていたのだろうか。あの発言だけではイマイチ掴みづらい。
だからといって彼に直接聞くというのも気が退けるというものだ。別に仲良しごっこをしたいわけではないから、仲良くしたいとかいう願望を抱いているわけではないから、あまり彼と話をしたくなかった。
「……まぁ、それはおいといて。君にはどういうものを書いてもらえばいいだろうか。流石に梨沙と同じものを書かせてはいけないだろうが……君が書きたいのならば話は別だが」
「梨沙さんは何を書く予定だったんですか?」
「『もしもこの世界から電柱という存在が無くなったなら』」
端的に。
時井戸さんは言葉を告げた。それは今の世界ならば絵空事と呼べるようなものだった。それは妄想という言葉が似合うような、戯言に等しかった。
「面白い考え方だろう?」
時井戸さんはシニカルに微笑む。
「確かにそうですね。その……電柱が無い世界を考えるなんて」
「この大学に居る頭が伽藍洞の教授陣にそれを言うなら『机上の空論』などと言われるだろうね。タイトルだけで考えすら聞いてもらえないかもしれない……。だが、なぜ彼女はそれを考えるに至ったのだろうか? 今となっては訊くことは出来なくなってしまったが……」
「時井戸さん、その発言はまるで梨沙が死んでしまったような、そんな言い回しになると思いますが」
一拍挟んだのはひかりさんだった。
時井戸さんは頭を掻いて首を傾げる。
「そうだったかな? 別に問題なかったような気もするが……、まぁ、気分を害してしまったのならばそれは済まなかった」
頭を下げる時井戸さん。
「いえ、別にそこまでしてもらうつもりは……」
「間違った発言をしたのはこちらだからね。いいんだよ、別に」
「……ところで、私はそれを書けばいいんですか?」
訊ねる。どうせ書くなら梨沙の知っている内容がいいだろう。本人から話を聞けばいい話だし。そして適当に脚色をつければいいのだから。
それを聞いて涼しい顔を向ける時井戸さん。別に私は私だけの都合に合わせて言っただけだ。だから感謝されることもない。
「ほんとうに書いてくれるのかい?」
「ええ。別に構いませんよ。資料とか集める必要は……まあ、ありますけれど。それくらいなら何とかなりそうですし。どれくらい書けばいいんですか?」
「まあ、私の原稿をある程度手直しすればいいだけだもんね」
横槍を入れる梨沙。まあ、そのとおりなのだけれど。
私の話を聞く時井戸さんは何度も頷く。
「うん、うん。そうだよ。書いてくれればいい。最低は原稿用紙五枚分、それ以上ならば何枚でも構わない。制約はそれだけだ」
それくらいの制約ならばあまり時間もかからないだろう――私はそう思うと頷く。
「ならば大丈夫ですよ。締め切りも近いでしょうし……。さっさと書いてしまいますよ」
「ほんとうに大変なことにはなるだろうが、よろしく頼むよ」
軽く頭を下げられる。
梨沙はそれをずっと眺めていた。欺瞞の眼差しだったか、疑問の眼差しだったか、私には直ぐに理解することはできなかった。
会議はお開きになった。結果として誰が何を書くのか再確認とその進捗だけであとはただくだらない話だった。私はアイスクリームを食べながら相槌を適当に打っているだけだった。相槌を打つだけでも会話が盛り上がるか盛り上がらないかが違うらしい。別にここで相槌を打とうか打たまいが特に変わらないと判断したので前者を選択しただけに過ぎないのだが。
「さてと……帰ろうかな」
時刻は十七時を回ったあたり。少し遅くなったが今からバスに乗れば十七時半あたりの電車に乗れるだろう――とかそんなことを考えていたら、
「吉川さん」
声をかけられた。
その声は時井戸さんだった。
振り返るとそこに立っていた。
「少し、話をしませんか。今度は二人で」
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