おままごとの演じ方
第十四話 meeting
大学近くには本屋とドラッグストア、それにコンビニが三軒ある。そのような立地条件によるのかもしれないけれど、売店にはあまり物が置いていない。品揃えが悪いわけではない。寧ろ「何でこんなものも置いているんだ」って物が置いてある。一例を示せばお好み焼きとか。
まぁ、私はあまり品揃えを気にしない。気にしたことがないわけではなくて、自分がいつも買う製品さえ売っていればあとは関係ない形だ。
そういうわけで私は今売店に来ている。理由は五十センチのハードルを飛び越えるよりも、フーリエ変換の問題を解くよりも簡単だ。
「……あんたほんとにそれが好きよね」
「ええ。好きだから買っているんですよ」
売店のおばちゃん(それなりの年齢なのにおばちゃんと言うと商品を投げつけられるので、普段は『お姉さん』と呼んでいる。というか呼ばなきゃいけない)を軽くあしらって、私はビニール袋に入った麦茶を受け取った。
別に理由なんて無いけれど、摂取しないとどこか身体の調子がおかしくなる。お腹が痛くなったり眠くなったり幽霊が見えたり。
あ、最後のやつは日常だった。うん、そうでした。
……とまあ、そんな自虐ネタは置いとくとして取り敢えずは解決しなくてはならない課題と向き合わなくてはならない。
売店に置かれた壁時計は十四時半を指していた。会議は十五時からとなっているので未だ三十分もある。
暇だ。こういう時、スマートフォンを持っているならば暇潰しに困らないのだろう。スマートフォン向けのアプリは最近結構有名だ。通話アプリがあり、サークル内でグループを作って情報を共有するとか大学の公式アカウントが休講情報や学校に関するお知らせを通知するとか……他にも様々。
何というか情報社会の賜物と言えるのかもしれないけれど、私はガラケーだからあんまりその恩恵に肖れない。狭い恩恵と最初から思うしか無いのかもね。
ならスマートフォンに変えればいいじゃないかとか言われることも多々あるけれど苦手なものは苦手と割り切る主義だから変えようとは思わない。フリック入力、あれがどうも好きになれない。
フリック入力をする人を見ながら、思う。私はやっぱりボタンを押して文字入力したいなぁ、と。だけれど最近の携帯メーカーは私の思いを汲んでくれないらしい。まぁ、仕方無いことなのかもしれないけれど。
「十四時半だから今から急いでバス乗ればいつもより充分早く帰ることが出来るのに……うう……」
独りごちりながら携帯電話の中に入っているパズルゲームをプレイしていく私。
この大学、実は利便性があまり宜しくない。水戸市にある実家から通っていて、駅的に見れば隣なのだが、その最寄り駅からがあまりにも長い。自転車で二十分くらいだったかな。
そういうこともあって私は電車とバスを乗り継いで通学している。車で行くというパターンも充分に考えられるのだが、しかしあまりにも近いために学校側から拒否されている。
というのも大学が保有している駐車場がお世辞にも広いとは言えないからだ。全学生の三分の一程度しか車を入れることが出来ない。幾ら地域に密着しているからとはいえ、これはひどい。
だから家から学校まで車以外の経路を利用して一時間以上二時間未満かかる人は車を利用してもよいことになっている。ほんとうはもう少し具体的に決められているらしいが手っ取り早く説明するにはそれが一番らしい。
そういうこともあり、敢えなく私は車通学を拒否されたのであった。まぁ、拒否されてもただ面倒なだけで大して遠くないのだけれど。
「あと二十分だね。……というかあまりにも暇じゃない?」
パズルゲームの四面をクリアした辺りで梨沙からそう言われた。そして幻滅した。なんということだろう、まさか未だ十分しか時間を潰せていないなんて。
仕方無いから携帯電話のアプリを止めることにした。あまり使いすぎると電池が家まで持たないからだ。
じゃあ、何をするかって?
「もう行くしかない、か……」
私は諦めて大学を出ることにした。というか、それしか方法が無かったのだった。
◇◇◇
校門を出て通りを歩く。大学の前にある小さな公園では幼稚園くらいの子供がブランコに乗って遊んでいた。子供は風の子というのは今も昔も変わらないらしい。まぁ、今は夏だから未だ遊びやすい方なのだろう。
コンビニの角を曲がれば、会議が行われるファミレスがある……が未だ時間に余裕がある。十五時から会議だが集合するのは十五時過ぎという感じなので、別に少しくらい遅れても何ら問題は無い。
だから私は向かい側にある大きな本屋へと向かうことにした。
この本屋、とても利便性が高い。バス停の目の前にあるからだ。少し待ち時間がある時には適当に本屋の中に入る。中はとても広い。どうやら大手チェーンのものらしい。大手だからかもしれないが、品揃えはこの辺りで一番だ。
中に入るとシックなメロディが店内に流れ、それに自ずと包まれる。そのメロディを聞いて私は店内を散策することにした。
店入り口には最近発売された本がずらりと並べられていた。種類は豊富にある。読書が趣味というわけではないけれど、私はこの光景を見る瞬間がとても好きだったりする。
さて。
新刊を一通り見て未だ欲しい本の発売日ではないことを確認して、本屋を後にした。
再び横断歩道を渡り、向かい側の道を歩く。距離はそんな遠くないのでゆっくり向かう。未だ時間にも余裕があるし。
レストラン『ボーノ』は交差点の角にある、個人経営のお店だ。ハンバーグがとても美味しく、そして安い。だから学生を中心に多くの客で毎日ごった返す人気店だ。
店の前には既に一人の見覚えのある女性がいた。文庫本を読んで、ただ誰かが来るのを待っているようだった。
「ひかりさん、早いですね」
黒縁の眼鏡をかけ、白のワンピース姿で立つ一人の少女。体型だけ見ればその風貌はモデルのそれに近い。
飯島ひかり。それが彼女の名前だった。
ひかりさんは私の声に気付くと文庫本を仕舞い、私の方を向いて微笑む。その時間僅か零コンマ七秒、早業と言えるかもしれない(なお、実際に計測したわけではなく、適当に数値を言っただけだったりする)。
「こんにちは、アヤさん。一応私は副代表を務めていますからね。なるべく早く行くべきだと思っているわけですよ」
「まぁ、真面目ちゃん装ったゲス人間だけれどね。自分が凡て正しいと思っていて、間違った行動を見るとそれに『修正』したがろうとする。私も何度修正されそうになったか。……流石に破瓜にされそうになったときは焦ったが」
衝撃のカミングアウトも、はっきり言って若干慣れてしまった。最初に言われたときは流石に驚いたけれど、梨沙は毎回ひかりさんに会うときに言葉を吐き捨てる。余程彼女のことが嫌いなのだろう。
「取り敢えずもう予定時刻は過ぎていることだし中に入りましょうか?」
頷く私。それを見て微笑むひかりさん。
そして私たちはレストランの中へ足を踏み入れた。
レストランの中は混雑していたが、それでも私たちが座るテーブルだけは確保してあったらしく、なんとか座ることができた。
「待ちましょうか。いつくるか解らないけれど……まあ、十分もしないうちにやってくるでしょう。大体そういうものだったし」
「そういうものですか……」
私は言う。
とにかく、ひかりさんがそういうのだから待つしかない。それ以上何を言おうとも動くことがないのだから。自分が常に正しいと思っている人間、それがひかりさん。絶対的に真実だと思っているのが、ひかりさん自身なのだから。たとえ神様がひかりさんと違うことを言ったら彼女は神様すら罰するのかもしれない。……あくまでも妄想の類だけれど。
そんな戯言はさておき。
いつになったらやってくるんだろうなあ……と私は溜息を吐きながら、先に注文しておいたアイスココアを一口啜った。
だってひかりさんはずっと本を読んでいるのだもの。こういう時は声をかけないほうがいいと思うしかけることもしない。そういう意味がないからだ。
どんな本を読んでいるのかも疑問に思ったことがある。しかし、今このタイミングで訊ねてみたらどんな解答が帰ってくるか解らない。どういう反応をするのかが理解出来ない。言葉に出来ない、といってもいいかも。先生の言葉をちょっと借りてみるとそういう言い回しもできる。
私は黙々と本を読み続けるひかりさんを見ながら、またアイスココアを一口啜った。
――結果として、ほかのメンバーが来るまで会話などひとつも盛り上がらなかったということであった。
まぁ、私はあまり品揃えを気にしない。気にしたことがないわけではなくて、自分がいつも買う製品さえ売っていればあとは関係ない形だ。
そういうわけで私は今売店に来ている。理由は五十センチのハードルを飛び越えるよりも、フーリエ変換の問題を解くよりも簡単だ。
「……あんたほんとにそれが好きよね」
「ええ。好きだから買っているんですよ」
売店のおばちゃん(それなりの年齢なのにおばちゃんと言うと商品を投げつけられるので、普段は『お姉さん』と呼んでいる。というか呼ばなきゃいけない)を軽くあしらって、私はビニール袋に入った麦茶を受け取った。
別に理由なんて無いけれど、摂取しないとどこか身体の調子がおかしくなる。お腹が痛くなったり眠くなったり幽霊が見えたり。
あ、最後のやつは日常だった。うん、そうでした。
……とまあ、そんな自虐ネタは置いとくとして取り敢えずは解決しなくてはならない課題と向き合わなくてはならない。
売店に置かれた壁時計は十四時半を指していた。会議は十五時からとなっているので未だ三十分もある。
暇だ。こういう時、スマートフォンを持っているならば暇潰しに困らないのだろう。スマートフォン向けのアプリは最近結構有名だ。通話アプリがあり、サークル内でグループを作って情報を共有するとか大学の公式アカウントが休講情報や学校に関するお知らせを通知するとか……他にも様々。
何というか情報社会の賜物と言えるのかもしれないけれど、私はガラケーだからあんまりその恩恵に肖れない。狭い恩恵と最初から思うしか無いのかもね。
ならスマートフォンに変えればいいじゃないかとか言われることも多々あるけれど苦手なものは苦手と割り切る主義だから変えようとは思わない。フリック入力、あれがどうも好きになれない。
フリック入力をする人を見ながら、思う。私はやっぱりボタンを押して文字入力したいなぁ、と。だけれど最近の携帯メーカーは私の思いを汲んでくれないらしい。まぁ、仕方無いことなのかもしれないけれど。
「十四時半だから今から急いでバス乗ればいつもより充分早く帰ることが出来るのに……うう……」
独りごちりながら携帯電話の中に入っているパズルゲームをプレイしていく私。
この大学、実は利便性があまり宜しくない。水戸市にある実家から通っていて、駅的に見れば隣なのだが、その最寄り駅からがあまりにも長い。自転車で二十分くらいだったかな。
そういうこともあって私は電車とバスを乗り継いで通学している。車で行くというパターンも充分に考えられるのだが、しかしあまりにも近いために学校側から拒否されている。
というのも大学が保有している駐車場がお世辞にも広いとは言えないからだ。全学生の三分の一程度しか車を入れることが出来ない。幾ら地域に密着しているからとはいえ、これはひどい。
だから家から学校まで車以外の経路を利用して一時間以上二時間未満かかる人は車を利用してもよいことになっている。ほんとうはもう少し具体的に決められているらしいが手っ取り早く説明するにはそれが一番らしい。
そういうこともあり、敢えなく私は車通学を拒否されたのであった。まぁ、拒否されてもただ面倒なだけで大して遠くないのだけれど。
「あと二十分だね。……というかあまりにも暇じゃない?」
パズルゲームの四面をクリアした辺りで梨沙からそう言われた。そして幻滅した。なんということだろう、まさか未だ十分しか時間を潰せていないなんて。
仕方無いから携帯電話のアプリを止めることにした。あまり使いすぎると電池が家まで持たないからだ。
じゃあ、何をするかって?
「もう行くしかない、か……」
私は諦めて大学を出ることにした。というか、それしか方法が無かったのだった。
◇◇◇
校門を出て通りを歩く。大学の前にある小さな公園では幼稚園くらいの子供がブランコに乗って遊んでいた。子供は風の子というのは今も昔も変わらないらしい。まぁ、今は夏だから未だ遊びやすい方なのだろう。
コンビニの角を曲がれば、会議が行われるファミレスがある……が未だ時間に余裕がある。十五時から会議だが集合するのは十五時過ぎという感じなので、別に少しくらい遅れても何ら問題は無い。
だから私は向かい側にある大きな本屋へと向かうことにした。
この本屋、とても利便性が高い。バス停の目の前にあるからだ。少し待ち時間がある時には適当に本屋の中に入る。中はとても広い。どうやら大手チェーンのものらしい。大手だからかもしれないが、品揃えはこの辺りで一番だ。
中に入るとシックなメロディが店内に流れ、それに自ずと包まれる。そのメロディを聞いて私は店内を散策することにした。
店入り口には最近発売された本がずらりと並べられていた。種類は豊富にある。読書が趣味というわけではないけれど、私はこの光景を見る瞬間がとても好きだったりする。
さて。
新刊を一通り見て未だ欲しい本の発売日ではないことを確認して、本屋を後にした。
再び横断歩道を渡り、向かい側の道を歩く。距離はそんな遠くないのでゆっくり向かう。未だ時間にも余裕があるし。
レストラン『ボーノ』は交差点の角にある、個人経営のお店だ。ハンバーグがとても美味しく、そして安い。だから学生を中心に多くの客で毎日ごった返す人気店だ。
店の前には既に一人の見覚えのある女性がいた。文庫本を読んで、ただ誰かが来るのを待っているようだった。
「ひかりさん、早いですね」
黒縁の眼鏡をかけ、白のワンピース姿で立つ一人の少女。体型だけ見ればその風貌はモデルのそれに近い。
飯島ひかり。それが彼女の名前だった。
ひかりさんは私の声に気付くと文庫本を仕舞い、私の方を向いて微笑む。その時間僅か零コンマ七秒、早業と言えるかもしれない(なお、実際に計測したわけではなく、適当に数値を言っただけだったりする)。
「こんにちは、アヤさん。一応私は副代表を務めていますからね。なるべく早く行くべきだと思っているわけですよ」
「まぁ、真面目ちゃん装ったゲス人間だけれどね。自分が凡て正しいと思っていて、間違った行動を見るとそれに『修正』したがろうとする。私も何度修正されそうになったか。……流石に破瓜にされそうになったときは焦ったが」
衝撃のカミングアウトも、はっきり言って若干慣れてしまった。最初に言われたときは流石に驚いたけれど、梨沙は毎回ひかりさんに会うときに言葉を吐き捨てる。余程彼女のことが嫌いなのだろう。
「取り敢えずもう予定時刻は過ぎていることだし中に入りましょうか?」
頷く私。それを見て微笑むひかりさん。
そして私たちはレストランの中へ足を踏み入れた。
レストランの中は混雑していたが、それでも私たちが座るテーブルだけは確保してあったらしく、なんとか座ることができた。
「待ちましょうか。いつくるか解らないけれど……まあ、十分もしないうちにやってくるでしょう。大体そういうものだったし」
「そういうものですか……」
私は言う。
とにかく、ひかりさんがそういうのだから待つしかない。それ以上何を言おうとも動くことがないのだから。自分が常に正しいと思っている人間、それがひかりさん。絶対的に真実だと思っているのが、ひかりさん自身なのだから。たとえ神様がひかりさんと違うことを言ったら彼女は神様すら罰するのかもしれない。……あくまでも妄想の類だけれど。
そんな戯言はさておき。
いつになったらやってくるんだろうなあ……と私は溜息を吐きながら、先に注文しておいたアイスココアを一口啜った。
だってひかりさんはずっと本を読んでいるのだもの。こういう時は声をかけないほうがいいと思うしかけることもしない。そういう意味がないからだ。
どんな本を読んでいるのかも疑問に思ったことがある。しかし、今このタイミングで訊ねてみたらどんな解答が帰ってくるか解らない。どういう反応をするのかが理解出来ない。言葉に出来ない、といってもいいかも。先生の言葉をちょっと借りてみるとそういう言い回しもできる。
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