おままごとの演じ方
第十三話 Gale
「サークルに入る気はない?」
「サークル?」
七月のとある日。私と梨沙はいつも通りイングリッシュガーデンで食事をしていた。
サークルといえば、大学での常識の一つだと言えるだろう。中学校及び高校での部活動に近いものであり、同じ趣味や研究をする者たちが集まっている団体のことをいう。
要するに馴れ合いごっこ。
そういうのはあまり好きではなかったから、入ろうとは思わなかった。一人で過ごすのが好きだったというのもあるけれど……。まぁ、要するにただのエゴだけどね。
「サークルはいいぞ。私も一応入っているが、なかなかに面白い。そうだ、いっそ入ってみるのはどうだ。私と同じサークルに入ってみるのもいいかもしれないし」
「同じサークル……と言われましても、どのサークルに入っているのか聞いたことないのだけれど」
「そうだったかな?」
「そうでしたよ?」
鸚鵡返しのように私は答える。
「私の所属しているサークルは文芸サークルなんだよね」
「コミケですか?」
「何でそれは知っているのかな?」
「たまにニュースで報道していますからね。まあ、それくらいは」
私はそう嘯いた。
梨沙は微笑みながら話を続ける。
「それはそうだったか、失敬。ところで、どうだい? 文芸サークルに入ってみようとは思わないか。あそこには随分と面白い人間ばかり集まっているしね」
「面白い人?」
「そうだ。面白い人だ。いつも小説ばかり読んでいる飯島に挿絵専門の竹内、仕事を全くしないが編集だけは有能だからサークル代表を務める時井戸とか」
「へえ……。成る程、苗字を聞いただけで個性的な人ばかりだとは思えますね」
それに梨沙が含まれている、とは流石に本人の前では言わなかった。
「まあ、時井戸はもう大学院なんだけどね。たしか二年生だったかなあ」
「二つ上の先輩を呼び捨てにしていたわけですか……」
図太い性格だな、と思う。
「いいじゃない、別に。聞こえなきゃどうってことないのよ」
「そんなものですかね」
「そんなものよ」
そう言うもののどこか後ろめたさを感じる私であった――。
「そういえば今日も行くの?」
そして一ヶ月後。八月の半ば。あれから梨沙が死んで、アオイの事件を解決して、私はまたイングリッシュガーデンで昼食を食べる生活に戻っていた。
だってこれが一番だもの。
生活リズムとしては良好。雨が降ると流石に食堂に出向くことになるけれど、そうなると少しだけ気まずいしのちのちやる気が出ない。やはり習慣は続けていくからこそ習慣なのであった。
そしてイングリッシュガーデンでは私と梨沙、アオイと一紗が居た。四人のうち二人が幽霊という少々滑稽な光景に見えるかもしれないが、それはそれである。
「今日も行くって……サークルの話?」
訊ねたのはアオイだった。私はそれに頷く。
アオイは目を細めながら、野菜がたっぷり挟まったサンドイッチを一口。
「あのサークル……どうも好きじゃないのよね……。なんというか、気味が悪いというか」
まあ間違ってはいないけれど。
アオイの言葉を聞いて私は苦笑いしつつも頷く。
「まあ、今日も行くよ。別につまらないわけじゃないし、確かそろそろサークル誌も出るらしいから」
「サークル誌……か。別にいいのに。私が死んだあとも行く必要なんてないのよ」
「何というか……まあ」
あまり人と接したくないというのもある。
さっさと辞めてしまえば良かったのだが、どうにも直ぐに決心がつかず今まできてしまったというわけだ。だから、今も辞めるか辞めないか決めかねている。結果としてどう転ぶか解らないというのもあるし、別に辞める必要も無いような気がしているからだ。
そんな時だった。
ピアノで演奏された昔懐かしいロックが流れてきた。こんな曲を流すことができる機器といえば、私の携帯電話くらいだ。今若者がもっている携帯といえばスマートフォンが主流と言われているこの時代だが、私はそれでもガラケーだ。ガラケー……ガラパゴスケータイの略称らしいけれど、私はこの名前が嫌いだ。だって言う程機種の見た目が多種多様に無いし。日本だけ独特に進化したからガラパゴスとか言っているのかもしれないけれど、だったら日本の名前を使えばいいのにと思うのは私だけじゃないと思う。
「メール?」
梨沙の言葉に頷く。
メールを開くとそこに書かれていたのは、端的な内容だった。
――本日サークル誌『烈風』の会議を行います
烈風。それがこの文芸サークルで頒布するサークル誌の名前だった。文芸と冠するものならば何でもいい。評論でも小説でもいい。詩でもいいし、勿論それ以外の媒体でもいい。
要するに自由。
どんなものでも構わないというわけだ。
「……今日は会議らしい。どうやら頒布が近いみたい」
「でも未だ夏コミが終わったばかりだろう?」
笑みを浮かべる梨沙。そう、その通りだ。何故か知らないがこのサークル、コミケの常連なのである。
コミケ。通称コミックマーケット。世界最大級の同人誌即売会である。現時点ではここからビッグサイトまで行くには少々時間がかかっているが来年には上野東京ラインなるものが出来るらしくそれで僅かながら時間が短縮されるらしい。品川まで行けば大井町から乗り換えできる。具体的な時間は調べてないから把握していないけれど、ある程度短縮できるはずだ。
「どちらにしろ、あれか……。今から冬コミの準備でもするのかな。何というか仕事が早いんじゃないかね」
「でもあと四ヶ月だよ? 原稿書いてそれを印刷所に提出して印刷してもらうんでしょう? だったらある程度の猶予は必要だしそう考えると時間的にちょうどいいか少し遅いくらいなんじゃない?」
「……気付かないうちにアヤが同人の知識を得ている」
「それくらい学ぶよ、やっぱり所属しているんだから。足を引っ張るわけにはいかないし」
……まあ、どちらにしろ。
今日は早く帰れなさそうだ。そう思うと私はシニカルに微笑み残っていた卵焼きを口の中に放りこんだ。
「サークル?」
七月のとある日。私と梨沙はいつも通りイングリッシュガーデンで食事をしていた。
サークルといえば、大学での常識の一つだと言えるだろう。中学校及び高校での部活動に近いものであり、同じ趣味や研究をする者たちが集まっている団体のことをいう。
要するに馴れ合いごっこ。
そういうのはあまり好きではなかったから、入ろうとは思わなかった。一人で過ごすのが好きだったというのもあるけれど……。まぁ、要するにただのエゴだけどね。
「サークルはいいぞ。私も一応入っているが、なかなかに面白い。そうだ、いっそ入ってみるのはどうだ。私と同じサークルに入ってみるのもいいかもしれないし」
「同じサークル……と言われましても、どのサークルに入っているのか聞いたことないのだけれど」
「そうだったかな?」
「そうでしたよ?」
鸚鵡返しのように私は答える。
「私の所属しているサークルは文芸サークルなんだよね」
「コミケですか?」
「何でそれは知っているのかな?」
「たまにニュースで報道していますからね。まあ、それくらいは」
私はそう嘯いた。
梨沙は微笑みながら話を続ける。
「それはそうだったか、失敬。ところで、どうだい? 文芸サークルに入ってみようとは思わないか。あそこには随分と面白い人間ばかり集まっているしね」
「面白い人?」
「そうだ。面白い人だ。いつも小説ばかり読んでいる飯島に挿絵専門の竹内、仕事を全くしないが編集だけは有能だからサークル代表を務める時井戸とか」
「へえ……。成る程、苗字を聞いただけで個性的な人ばかりだとは思えますね」
それに梨沙が含まれている、とは流石に本人の前では言わなかった。
「まあ、時井戸はもう大学院なんだけどね。たしか二年生だったかなあ」
「二つ上の先輩を呼び捨てにしていたわけですか……」
図太い性格だな、と思う。
「いいじゃない、別に。聞こえなきゃどうってことないのよ」
「そんなものですかね」
「そんなものよ」
そう言うもののどこか後ろめたさを感じる私であった――。
「そういえば今日も行くの?」
そして一ヶ月後。八月の半ば。あれから梨沙が死んで、アオイの事件を解決して、私はまたイングリッシュガーデンで昼食を食べる生活に戻っていた。
だってこれが一番だもの。
生活リズムとしては良好。雨が降ると流石に食堂に出向くことになるけれど、そうなると少しだけ気まずいしのちのちやる気が出ない。やはり習慣は続けていくからこそ習慣なのであった。
そしてイングリッシュガーデンでは私と梨沙、アオイと一紗が居た。四人のうち二人が幽霊という少々滑稽な光景に見えるかもしれないが、それはそれである。
「今日も行くって……サークルの話?」
訊ねたのはアオイだった。私はそれに頷く。
アオイは目を細めながら、野菜がたっぷり挟まったサンドイッチを一口。
「あのサークル……どうも好きじゃないのよね……。なんというか、気味が悪いというか」
まあ間違ってはいないけれど。
アオイの言葉を聞いて私は苦笑いしつつも頷く。
「まあ、今日も行くよ。別につまらないわけじゃないし、確かそろそろサークル誌も出るらしいから」
「サークル誌……か。別にいいのに。私が死んだあとも行く必要なんてないのよ」
「何というか……まあ」
あまり人と接したくないというのもある。
さっさと辞めてしまえば良かったのだが、どうにも直ぐに決心がつかず今まできてしまったというわけだ。だから、今も辞めるか辞めないか決めかねている。結果としてどう転ぶか解らないというのもあるし、別に辞める必要も無いような気がしているからだ。
そんな時だった。
ピアノで演奏された昔懐かしいロックが流れてきた。こんな曲を流すことができる機器といえば、私の携帯電話くらいだ。今若者がもっている携帯といえばスマートフォンが主流と言われているこの時代だが、私はそれでもガラケーだ。ガラケー……ガラパゴスケータイの略称らしいけれど、私はこの名前が嫌いだ。だって言う程機種の見た目が多種多様に無いし。日本だけ独特に進化したからガラパゴスとか言っているのかもしれないけれど、だったら日本の名前を使えばいいのにと思うのは私だけじゃないと思う。
「メール?」
梨沙の言葉に頷く。
メールを開くとそこに書かれていたのは、端的な内容だった。
――本日サークル誌『烈風』の会議を行います
烈風。それがこの文芸サークルで頒布するサークル誌の名前だった。文芸と冠するものならば何でもいい。評論でも小説でもいい。詩でもいいし、勿論それ以外の媒体でもいい。
要するに自由。
どんなものでも構わないというわけだ。
「……今日は会議らしい。どうやら頒布が近いみたい」
「でも未だ夏コミが終わったばかりだろう?」
笑みを浮かべる梨沙。そう、その通りだ。何故か知らないがこのサークル、コミケの常連なのである。
コミケ。通称コミックマーケット。世界最大級の同人誌即売会である。現時点ではここからビッグサイトまで行くには少々時間がかかっているが来年には上野東京ラインなるものが出来るらしくそれで僅かながら時間が短縮されるらしい。品川まで行けば大井町から乗り換えできる。具体的な時間は調べてないから把握していないけれど、ある程度短縮できるはずだ。
「どちらにしろ、あれか……。今から冬コミの準備でもするのかな。何というか仕事が早いんじゃないかね」
「でもあと四ヶ月だよ? 原稿書いてそれを印刷所に提出して印刷してもらうんでしょう? だったらある程度の猶予は必要だしそう考えると時間的にちょうどいいか少し遅いくらいなんじゃない?」
「……気付かないうちにアヤが同人の知識を得ている」
「それくらい学ぶよ、やっぱり所属しているんだから。足を引っ張るわけにはいかないし」
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