おままごとの演じ方
第十二話 A Dialogue(後編)
「二重人格。そうですか、そう見えますか」
そう見えるのなら仕方ない。
「私は二重人格に見えますか、橘さん。演技に見えるって言うんですか」
頷く橘アオイを見て、私は笑みを浮かべる。
目の前に居るのは『壊れた』人間だ。壊れた人間には壊れた自分で接するのも一興だろう。
「私が演技だというのなら、私のこの『人格』と別の人格があるというのなら……それは真実ですよ?」
「二重人格……しかもそこまで裏表が激しい人格同士が常に居座っているというの……」
「ええ、それが普通です。それが日常です。私にとっての当たり前ですから」
私は言い切った。橘アオイは何も言わなかった。
それだけだ。きっとそうなるとは思っていたし理解していた。私がこういう人間であるということを、ほかの人間に言うことを嫌っていたのも、友人をあえて作ろうと思わなかったのもこのせい。人間強度が下がるわけでもない。自分から先に手を見せてしまっては不利になるからだ。
「……罪を償っていただけますか? まあ、先ずはそのためにも自首するのが一番でしょうが」
私は言って、手を差し伸べる。ただしそれはあくまでも素振りに過ぎない。実際には未だ私は縛られているのだ。
「それだけは……それだけは許してくれないかしら」
しかし橘アオイから語られた言葉は、予想を反するものだった。
「もう人を殺さないから……、約束する……。だから、警察には行きたくないの」
「良心が痛みますか。というか、何人も殺しておいて良心なんてものが存在したんですか」
「違う……けれど……言葉にできない……。でも、許して欲しいなんていわない。罪を償っていくことはする。だけど、警察には……自首だけはしたくないの」
溜息を吐き、隣にいるだろう梨沙の顔を見る。
梨沙もまた私の顔を見て、笑みを浮かべる。
「ま、いいんじゃない? 本人がそういうのであれば」
「……梨沙は別に構わないと言っているよ。梨沙の広大な心に感謝するんですね」
言葉を吐き捨てる。涙を流しながら、橘アオイは何度も頷いた。
「まあ、先ずは私のこの束縛されている状況をどうにかしてもらってもいいですかね?」
訊ねる。あっさりと橘アオイは頷いて、縄を解いていく。
そして私は再び自由となった。
エピローグ――というよりもただの舞台裏。決して表に語られることのないけれど、今まで読んできた人たちにとっては重要かもしれないこと。
要するに後日談。
というよりはこれからの話と一区切りにした方がいいかもしれない。
翌日、私は大学へと向かっていた。勿論、梨沙も一緒に。
道中私を待ち構えていたのは橘アオイだった。
「神蔵さんに凡て謝罪した。そして、許してくれないかと願ったの」
歩きながら彼女はそう言った。普通ならばその発言で許してくれなさそうだが――。
「そして許してもらったのはいいのだけれど……」
「ぶいっ」
アオイの背後に居たのは、一紗だった。幽霊の一紗はアオイにくっついた形でふわふわと浮かんでいた。
「許す代わりに取り憑くことにしました。幽霊の特権ってやつですよね!」
幽霊の特権。成る程、確かに言われてみればそうかもしれない。幽霊は具現的に身体を持っていない。だから、ほかの人間に取り憑くことだって容易と言える。
歩きながら私は微笑む。物語のラストにはこういう締めだって案外いいのかもしれない。
「何か、楽しそうね」
アオイは言った。私は問いかける。
「そうですか? 別に、そんなつもりなんてまったく無いですけれど」
私はそう呟いた。答えるには小さい言葉、小さい音量かもしれない。けれど、私の、その言葉にはそれくらいのボリュームが似合っていた。決して飾らない、無垢な言葉。
私はそれが好きだった。それくらいのことが好きだった。小さい人間かもしれない。
「……まあ、私はこれで好きだけれど、ね」
私たちは歩く。
大学へ向かうために。
私たちの日常へ――唯一の日常へ。
「さて、急がないと間に合わないぞ」
梨沙の言葉に、私は笑みを浮かべる。
「解っているよ、梨沙」
そう答えて――私たちは大学へと向けて歩き始める。
そう見えるのなら仕方ない。
「私は二重人格に見えますか、橘さん。演技に見えるって言うんですか」
頷く橘アオイを見て、私は笑みを浮かべる。
目の前に居るのは『壊れた』人間だ。壊れた人間には壊れた自分で接するのも一興だろう。
「私が演技だというのなら、私のこの『人格』と別の人格があるというのなら……それは真実ですよ?」
「二重人格……しかもそこまで裏表が激しい人格同士が常に居座っているというの……」
「ええ、それが普通です。それが日常です。私にとっての当たり前ですから」
私は言い切った。橘アオイは何も言わなかった。
それだけだ。きっとそうなるとは思っていたし理解していた。私がこういう人間であるということを、ほかの人間に言うことを嫌っていたのも、友人をあえて作ろうと思わなかったのもこのせい。人間強度が下がるわけでもない。自分から先に手を見せてしまっては不利になるからだ。
「……罪を償っていただけますか? まあ、先ずはそのためにも自首するのが一番でしょうが」
私は言って、手を差し伸べる。ただしそれはあくまでも素振りに過ぎない。実際には未だ私は縛られているのだ。
「それだけは……それだけは許してくれないかしら」
しかし橘アオイから語られた言葉は、予想を反するものだった。
「もう人を殺さないから……、約束する……。だから、警察には行きたくないの」
「良心が痛みますか。というか、何人も殺しておいて良心なんてものが存在したんですか」
「違う……けれど……言葉にできない……。でも、許して欲しいなんていわない。罪を償っていくことはする。だけど、警察には……自首だけはしたくないの」
溜息を吐き、隣にいるだろう梨沙の顔を見る。
梨沙もまた私の顔を見て、笑みを浮かべる。
「ま、いいんじゃない? 本人がそういうのであれば」
「……梨沙は別に構わないと言っているよ。梨沙の広大な心に感謝するんですね」
言葉を吐き捨てる。涙を流しながら、橘アオイは何度も頷いた。
「まあ、先ずは私のこの束縛されている状況をどうにかしてもらってもいいですかね?」
訊ねる。あっさりと橘アオイは頷いて、縄を解いていく。
そして私は再び自由となった。
エピローグ――というよりもただの舞台裏。決して表に語られることのないけれど、今まで読んできた人たちにとっては重要かもしれないこと。
要するに後日談。
というよりはこれからの話と一区切りにした方がいいかもしれない。
翌日、私は大学へと向かっていた。勿論、梨沙も一緒に。
道中私を待ち構えていたのは橘アオイだった。
「神蔵さんに凡て謝罪した。そして、許してくれないかと願ったの」
歩きながら彼女はそう言った。普通ならばその発言で許してくれなさそうだが――。
「そして許してもらったのはいいのだけれど……」
「ぶいっ」
アオイの背後に居たのは、一紗だった。幽霊の一紗はアオイにくっついた形でふわふわと浮かんでいた。
「許す代わりに取り憑くことにしました。幽霊の特権ってやつですよね!」
幽霊の特権。成る程、確かに言われてみればそうかもしれない。幽霊は具現的に身体を持っていない。だから、ほかの人間に取り憑くことだって容易と言える。
歩きながら私は微笑む。物語のラストにはこういう締めだって案外いいのかもしれない。
「何か、楽しそうね」
アオイは言った。私は問いかける。
「そうですか? 別に、そんなつもりなんてまったく無いですけれど」
私はそう呟いた。答えるには小さい言葉、小さい音量かもしれない。けれど、私の、その言葉にはそれくらいのボリュームが似合っていた。決して飾らない、無垢な言葉。
私はそれが好きだった。それくらいのことが好きだった。小さい人間かもしれない。
「……まあ、私はこれで好きだけれど、ね」
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「さて、急がないと間に合わないぞ」
梨沙の言葉に、私は笑みを浮かべる。
「解っているよ、梨沙」
そう答えて――私たちは大学へと向けて歩き始める。
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