おままごとの演じ方
第十一話 A Dialogue(中編)
「違うのですか?」
直ぐに否定しないところを見ると認めていると同義になるのだけれど。
私は話を続ける。
「ともかく、夕月梨沙にはあなた以外の好意を抱いて欲しくなかった。夕月梨沙にはあなただけの好意を受け取って欲しかった。それだけの理由で人を殺すにははっきり言って仰々しいものすら感じますが……たぶん、理由はそういう感じでしょう」
橘アオイは何も言わない。何も答えない。否定的で感情的で、そしてどこか扇情的な視線を送っている。私が男性か恋人が居ないならばその視線に惹かれたのかもしれないが残念、私にはもう既に恋人が居る。
「ともかく、だ」
私はさらに話を続ける。饒舌で早口でお淑やかな言葉を使うことの出来ない私だけれど、何故か今は普通に言葉が浮かび上がってくる。言葉が染み出てくる。言葉が降りてくる。
「私は考えた。夕月梨沙が好きな人間は、夕月梨沙にしか解らない。そしてそのことはあなたにも理解できていた。理解できていたにもかかわらず、あなたはそれを認めたくなかった。現実逃避の一種とも言えるだろう。夕月梨沙のことが好きだけど、都合の悪い事実には目を瞑る……。普通に考えてみれば最低な方法だが、しかし一番現実的な方法かもしれない。そのほうが人間にとって至極やりやすい方法だと言えるのだから」
「それはつまり」
漸く橘アオイが反論の意思を示す。
「あなたが考えるに私は、恋に溺れていたってこと?」
「言い回しはかっこよく決めていますが、行為としては最低と言えるでしょうけれど」
「最低……ね。確かにあなたはそう思うかもしれない。だってあなたは、まだ恋愛の一つしたことがないでしょう? したことがあっても、私のような経験をしたことなんてないはず。ええ、無いに決まっているわ。そういう人間みたいに見えるものね! 一般人なのよ、所詮あなたは。ただのモブキャラと言ってもいい。そういう存在なのよ、あなたは!」
私は答えない。
「あなたはただの一般人。そうね、そうよね! 何を勘違いしていたのかしら。あなたはただの一般人、今回の事件に関わる必要なんて何もなかった! でもあなたが悪いのよ。あなたが梨沙と関わったから、あなたが梨沙と話したから、それであなたは私に殺される羽目になったのだから」
私は答えない。
「そもそも、考えたことがあるのかな。あなたは何も違和を抱くこともなかったのかもしれないけれど、絶対的で乖離的で現実的で、しかしながら非現実的な考えを述べていた梨沙のことを、本気で好きだと思っていたのは私だけだった。私だけなのよ。較べてあなたは何の取り柄もない。どんな取り柄もない。寧ろ、あなたに取り柄なんてあるのかしら。そう訊ねたくなるくらいには、あなたに取り柄なんてまったくもって存在しないのよ」
私は答えない。
「あなたに他人を見る目があれば――もしかしたら梨沙と話すことは無かったかもしれない。きっとあなたにも『電柱墓標説』について話したのではないかな? 電柱を墓標とすること、電柱は人間の行き着く果てにあるものだということ、それについて話したのだと思う。けれどあなたはそれに対して明確に『否定』しなかった。だから彼女はあなたと話を始めた。なぜなのかしら、私だって否定もせずに彼女の話を聞くというのに」
橘アオイは何が言いたいのか、私には解らない。
そして答えずに、ただ話を聞く。
「そもそもあなたと梨沙の接点が解らない。どうしてあなたと梨沙は会うことが出来たのかしら? 私はずっとずっと、梨沙のことを待っていたのに。梨沙とずっと話がしたかったのに。ずっとずっと、一緒に居たかったのに」
ああ、そうか。
ここで私は漸く、一つの結論を得た。
――彼女は、梨沙と会わなかった私だ。
正確に言えば、梨沙と会ったあと、彼女と合わずに縁が切れてしまった私。
彼女を好きになりすぎて、そして中途半端に彼女との縁が切れて。
気がつけば橘アオイは彼女に近づく人間を排除し続けていたのだ。
「……私の周りに近づく人間が怪我をし続けていたのも、もしかしたら彼女の仕業だったのかもしれないということなのかな」
長らく話すことのなかった梨沙が、口を開いた。
そうなのかもしれない。
確証は掴めないけれど梨沙は見る人を好きにさせる力でもあるのかも。一種の惚れ薬みたいな。
まあ、それがほんとうなのかどうかと言われれば、普通に考えれば冗談めいた発言になるのは自明だけれど。
「ずっと居たかった……だから殺すんですか。だから人を殺していくんですか。それって矛盾しませんか。そんなことをしたら、彼女の笑顔が離れていくことだって解っているんじゃないんですか」
「煩い」
ナイフを振り翳す。
ただ、それだけ。
そして私はあっという間に――。
◇◇◇
ポルターガイスト。
ドイツ語で『騒がしい幽霊』という意味の心霊現象で、人間が触れているはずのない物が動いたり、光ったり、火が点いたりする現象のことをいう。それによって人間は恐れ慄く。仕方ないことかもしれない。実際に幽霊の仕業だということがその目で確かめることができるのだから。
――今、それを説明したのはどうしてだろうか、って?
「……どういうことよ……これ……」
橘アオイは動けなかった。ナイフを私に振り翳して、そのまま私の腹へ突き刺そうとでも思ったのだろうが、しかしそれは敢え無く失敗した。
何故か?
橘アオイには見えないかもしれないが、そのナイフを誰かが押さえていたからだ。
私はその押さえている人間の名前を、ぽつりと呟く。
「……梨沙」
目の前に他人が居るにもかかわらず。
先輩を呼び捨てにしているにもかかわらず。
私はその名前を言った。
それを聞いて驚いたのは橘アオイだった。
「嘘……どういうことよ……? 梨沙が、私を裏切ったってことなの……!?」
「裏切ったというよりかは、元々私は見放していたのだけれどね。そして私は別の人を探していた。というよりもアオイはただのおまけ。ただのモブキャラ。ただのクラスメート。アオイのほうが私へ一方的な好意を持っていたのは確かだし、私はまったくアオイに対して好意なんて抱かなかったけれど」
それをそのまま直接伝えるのは流石に可哀想だと思ったので、少しだけオブラートに包んでその言葉を伝えた。伝えるとき少しだけ悲しそうな表情をしていた梨沙を見て、正直酷いと思った。まあ、元々悪いのは橘アオイの方であって、彼女が人を殺したという事実は変えようが無い。その罪は償ってもらうほか無い。
「あなたは……ずっとそういう思いを抱いていた、ということなのね……。私はただ勘違いしていただけ。アハハ、おかしいね。私はずっと、それに気付けなかった。あなたは私のことを何にも思っていなかったということに。私は一方的に愛情を送っていただけだった。そしてあなたのことを独占したくてずっと人を殺してきた。そういう……そういうことだった……」
「ずっとあなたは空蝉を愛していた。別に梨沙はそう思っていなかったかもしれない。けれど、あなたは気づかないうちに幻想を愛していた。幻想を抱いていた。彼女という名前の、人間そっくりな幻想を抱いていた」
「違う……違う……」
「彼女もまた、悲しい存在だったのかもしれないわね……」
当事者の一人である梨沙が小さく溜息を吐いて、言った。
「結局あなたはそういう人間だったということなのね、あなたは最低な人間だよ」
唐突に。
橘アオイは言った。
「確かにそうなのかもしれない。だが、それがどうだというの」
一歩動く。
橘アオイに、自分だけが汚れているわけじゃないと思っている人間に、紛れもない真実を見せつけるために。
「あなたは間違っていない。この世界に醜い人間はたくさん居る。それは認めます。そうでないと世界は動かない。だけれど、それがどうした? あんたみたいな欠陥品が言える問題か?」
「欠陥……品」
「そうだ。あんたは欠陥品だ。紛れもない。欠陥品であるからこそ、その異常な行動をしている。……そもそも人間に正常な状態なんて無い。誰もが正常と偽っている。猫をかぶっていると言ってもいい。そんなことをしていない、無垢な状態の人間なんて果たして生きているのだろうか。いや、そんな人間はもう荒波に揉まれているだろうよ」
「あなたは……先程話したときとまったく違うね。まるで二重人格のような……」
直ぐに否定しないところを見ると認めていると同義になるのだけれど。
私は話を続ける。
「ともかく、夕月梨沙にはあなた以外の好意を抱いて欲しくなかった。夕月梨沙にはあなただけの好意を受け取って欲しかった。それだけの理由で人を殺すにははっきり言って仰々しいものすら感じますが……たぶん、理由はそういう感じでしょう」
橘アオイは何も言わない。何も答えない。否定的で感情的で、そしてどこか扇情的な視線を送っている。私が男性か恋人が居ないならばその視線に惹かれたのかもしれないが残念、私にはもう既に恋人が居る。
「ともかく、だ」
私はさらに話を続ける。饒舌で早口でお淑やかな言葉を使うことの出来ない私だけれど、何故か今は普通に言葉が浮かび上がってくる。言葉が染み出てくる。言葉が降りてくる。
「私は考えた。夕月梨沙が好きな人間は、夕月梨沙にしか解らない。そしてそのことはあなたにも理解できていた。理解できていたにもかかわらず、あなたはそれを認めたくなかった。現実逃避の一種とも言えるだろう。夕月梨沙のことが好きだけど、都合の悪い事実には目を瞑る……。普通に考えてみれば最低な方法だが、しかし一番現実的な方法かもしれない。そのほうが人間にとって至極やりやすい方法だと言えるのだから」
「それはつまり」
漸く橘アオイが反論の意思を示す。
「あなたが考えるに私は、恋に溺れていたってこと?」
「言い回しはかっこよく決めていますが、行為としては最低と言えるでしょうけれど」
「最低……ね。確かにあなたはそう思うかもしれない。だってあなたは、まだ恋愛の一つしたことがないでしょう? したことがあっても、私のような経験をしたことなんてないはず。ええ、無いに決まっているわ。そういう人間みたいに見えるものね! 一般人なのよ、所詮あなたは。ただのモブキャラと言ってもいい。そういう存在なのよ、あなたは!」
私は答えない。
「あなたはただの一般人。そうね、そうよね! 何を勘違いしていたのかしら。あなたはただの一般人、今回の事件に関わる必要なんて何もなかった! でもあなたが悪いのよ。あなたが梨沙と関わったから、あなたが梨沙と話したから、それであなたは私に殺される羽目になったのだから」
私は答えない。
「そもそも、考えたことがあるのかな。あなたは何も違和を抱くこともなかったのかもしれないけれど、絶対的で乖離的で現実的で、しかしながら非現実的な考えを述べていた梨沙のことを、本気で好きだと思っていたのは私だけだった。私だけなのよ。較べてあなたは何の取り柄もない。どんな取り柄もない。寧ろ、あなたに取り柄なんてあるのかしら。そう訊ねたくなるくらいには、あなたに取り柄なんてまったくもって存在しないのよ」
私は答えない。
「あなたに他人を見る目があれば――もしかしたら梨沙と話すことは無かったかもしれない。きっとあなたにも『電柱墓標説』について話したのではないかな? 電柱を墓標とすること、電柱は人間の行き着く果てにあるものだということ、それについて話したのだと思う。けれどあなたはそれに対して明確に『否定』しなかった。だから彼女はあなたと話を始めた。なぜなのかしら、私だって否定もせずに彼女の話を聞くというのに」
橘アオイは何が言いたいのか、私には解らない。
そして答えずに、ただ話を聞く。
「そもそもあなたと梨沙の接点が解らない。どうしてあなたと梨沙は会うことが出来たのかしら? 私はずっとずっと、梨沙のことを待っていたのに。梨沙とずっと話がしたかったのに。ずっとずっと、一緒に居たかったのに」
ああ、そうか。
ここで私は漸く、一つの結論を得た。
――彼女は、梨沙と会わなかった私だ。
正確に言えば、梨沙と会ったあと、彼女と合わずに縁が切れてしまった私。
彼女を好きになりすぎて、そして中途半端に彼女との縁が切れて。
気がつけば橘アオイは彼女に近づく人間を排除し続けていたのだ。
「……私の周りに近づく人間が怪我をし続けていたのも、もしかしたら彼女の仕業だったのかもしれないということなのかな」
長らく話すことのなかった梨沙が、口を開いた。
そうなのかもしれない。
確証は掴めないけれど梨沙は見る人を好きにさせる力でもあるのかも。一種の惚れ薬みたいな。
まあ、それがほんとうなのかどうかと言われれば、普通に考えれば冗談めいた発言になるのは自明だけれど。
「ずっと居たかった……だから殺すんですか。だから人を殺していくんですか。それって矛盾しませんか。そんなことをしたら、彼女の笑顔が離れていくことだって解っているんじゃないんですか」
「煩い」
ナイフを振り翳す。
ただ、それだけ。
そして私はあっという間に――。
◇◇◇
ポルターガイスト。
ドイツ語で『騒がしい幽霊』という意味の心霊現象で、人間が触れているはずのない物が動いたり、光ったり、火が点いたりする現象のことをいう。それによって人間は恐れ慄く。仕方ないことかもしれない。実際に幽霊の仕業だということがその目で確かめることができるのだから。
――今、それを説明したのはどうしてだろうか、って?
「……どういうことよ……これ……」
橘アオイは動けなかった。ナイフを私に振り翳して、そのまま私の腹へ突き刺そうとでも思ったのだろうが、しかしそれは敢え無く失敗した。
何故か?
橘アオイには見えないかもしれないが、そのナイフを誰かが押さえていたからだ。
私はその押さえている人間の名前を、ぽつりと呟く。
「……梨沙」
目の前に他人が居るにもかかわらず。
先輩を呼び捨てにしているにもかかわらず。
私はその名前を言った。
それを聞いて驚いたのは橘アオイだった。
「嘘……どういうことよ……? 梨沙が、私を裏切ったってことなの……!?」
「裏切ったというよりかは、元々私は見放していたのだけれどね。そして私は別の人を探していた。というよりもアオイはただのおまけ。ただのモブキャラ。ただのクラスメート。アオイのほうが私へ一方的な好意を持っていたのは確かだし、私はまったくアオイに対して好意なんて抱かなかったけれど」
それをそのまま直接伝えるのは流石に可哀想だと思ったので、少しだけオブラートに包んでその言葉を伝えた。伝えるとき少しだけ悲しそうな表情をしていた梨沙を見て、正直酷いと思った。まあ、元々悪いのは橘アオイの方であって、彼女が人を殺したという事実は変えようが無い。その罪は償ってもらうほか無い。
「あなたは……ずっとそういう思いを抱いていた、ということなのね……。私はただ勘違いしていただけ。アハハ、おかしいね。私はずっと、それに気付けなかった。あなたは私のことを何にも思っていなかったということに。私は一方的に愛情を送っていただけだった。そしてあなたのことを独占したくてずっと人を殺してきた。そういう……そういうことだった……」
「ずっとあなたは空蝉を愛していた。別に梨沙はそう思っていなかったかもしれない。けれど、あなたは気づかないうちに幻想を愛していた。幻想を抱いていた。彼女という名前の、人間そっくりな幻想を抱いていた」
「違う……違う……」
「彼女もまた、悲しい存在だったのかもしれないわね……」
当事者の一人である梨沙が小さく溜息を吐いて、言った。
「結局あなたはそういう人間だったということなのね、あなたは最低な人間だよ」
唐突に。
橘アオイは言った。
「確かにそうなのかもしれない。だが、それがどうだというの」
一歩動く。
橘アオイに、自分だけが汚れているわけじゃないと思っている人間に、紛れもない真実を見せつけるために。
「あなたは間違っていない。この世界に醜い人間はたくさん居る。それは認めます。そうでないと世界は動かない。だけれど、それがどうした? あんたみたいな欠陥品が言える問題か?」
「欠陥……品」
「そうだ。あんたは欠陥品だ。紛れもない。欠陥品であるからこそ、その異常な行動をしている。……そもそも人間に正常な状態なんて無い。誰もが正常と偽っている。猫をかぶっていると言ってもいい。そんなことをしていない、無垢な状態の人間なんて果たして生きているのだろうか。いや、そんな人間はもう荒波に揉まれているだろうよ」
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