おままごとの演じ方
第八話 Speaking with Ghost(後編)
そこに居たのは少女だった。
背は私と同じくらい。茶のポニーテールにパステルブルーのセーターを着ている。袖が若干長いのか掌の一部が隠れてしまっている。萌え袖というやつ。萌え袖ってとても可愛い。下に履いているのはピンクのミニスカート。少し下から覗けば見えるものが見えちゃいそうな短さ。
彼女は私を見て怯えていた。……もしかしたら正確には私ではなくて梨沙かもしれないけれど。
「あなたたち……誰ですか?」
「君の方こそ誰かなあ。せっかくこちらから出向いてあげたというのに、さ」
梨沙は言った。何だ、聞こえていたんじゃないか。なら、どうして嘘を吐いたのだろうか。
そんなことはさておき、私は訊ねる。どうして彼女は私を呼んだのか。そして、地下室に住む幽霊とは――彼女で正しいのか。
「あなた……幽霊で間違いない?」
「幽霊というカテゴリーにならば所属していますけれど」
言葉を選んで首肯したのが見え見えだ。
回りくどく言っているが、要は『私が幽霊です』ということを認めているのに代わりない。
「幽霊、ね」
床を見る。
彼女の足は無かった。浮いていた。何かで切ったように一直線に切れているわけではなく、ある部分からぼやけているような、そんな感じだった。
「幽霊になった気分ってどんな感じなのよ?」
私は近くにあった椅子に腰掛ける。埃を被っていたけれど、少しだけ払った。
彼女は顎に手を当てて考える。冗談で言ったつもりなのだけれど、そこまで本気で考えられるとこちらとしてもそれはそれで微妙な気分になる。
「あー……一応言っておくけれど、冗談だからね? 別に本気で考える必要も無かったよ……?」
「ええっ? そうなんですか?」
……どうやら若干天然らしい。
それはさておき。
「あなた、地下室の幽霊という噂が立っているけれど、知っているかな」
単刀直入に訊ねた。回りくどいことは嫌いだからね。なるべく簡単に、淡々と話しておくべき。そうしていちはやく情報を掴むのがベター、いやベストだ。
「地下室の……幽霊、そうですか、今私は噂にまでなっているんですね。少なくとも私のことを忘れている人間は居ないんですね」
彼女は涙を流した。唐突に、突然に。何故涙を流したのか私たちにはちんぷんかんぷんだった。
「……どういうことなの?」
この場合は無知をさっさと認めた方が、話も早かった。どうするかとか考えるよりも先ずは話を聞くべきだろう。
彼女は私の言葉を聞くと漸く涙を流さなくなった。泣き腫らした目を見て、私は再び彼女に訊ねる。
「さっきの言葉がどういう意味なのか、それを教えて欲しいのだけれど」
彼女に訊ねると、即座に目を細めた。まるで私たちを見定めているかのようだった。
彼女は『見定め』が終わると小さく頷きながら少しだけ前に動く。
「……いいでしょう。それでは、話させていただきます。この大学に潜む『封印された過去』を」
◇◇◇
私が高津大学を志望した理由は、地元にいながらにして高度かつ専門的な講義が受けられることでした。元々高津大学は高等専門学校だった名残もあり、中学卒業時からも受験出来る、いわゆる飛び級めいた制度もありました。私が受ける講義にもちらほらいたような気がします。
高津大学は私の家からだと自転車で通うことになります。高津駅から伸びる明治通りを真っ直ぐ、坂を上っていくという感じでした。毎日四キロ近い距離を往復するのは、それはいい運動になっていました。
校門を潜り第一教室棟を横目に突き当たりを右に曲がり、さらに左に曲がると駐輪場が見えてきます。駐輪場は低学年用となっているので、三年以上がやって来ることはまず滅多にありませんでした。
――彼女と出会ったのはその時でした。
彼女に初め、こう言われました。
「私の部活に入らないか」
私はその時既に文芸部に所属していたので流石に兼部は無理だろうと思い、その提案を拒否しました。
後頭部に激しい痛みを感じたのはちょうどその時でした。何かで殴打したような痛み――とても具体的ですが、そうとしか形容出来ませんでした。
私は倒れ込みます。時間も時間でしたから私とその女性しかそこに居ませんでした。
――そして、景色が暗転していきました。
目を覚ますとそこは暗室でした。暗い、暗い、部屋でした。
あたりを見渡すとそこにあったのは――地獄でした。
一面に広がっていたのは、死体でした。首が切られた死体、足が漏がれた死体、腕が切り落とされた死体、肌が削がれた死体……そのパターンは様々でした。それを冷静に見ることが出来た私も、どうやら狂っていたのかもしれません。吐き出さずに冷静に状況を判断することができたのですから。
しかし、遅すぎました。
「……あら、起きてしまったのね」
声が聞こえました。その声は落ち着いた声でした。とても、とても。しっとりした声で、私はその状況でなければ聞き惚れてしまうことでしょう。
ですが、その時の状況は……そんなことを言っていられる状況では無かったのです。
どうにかしてそこから逃げ出そうとしました。しかし無理でした。逃げ出そうとしても私の身体を縛る鎖を解くことが出来ないからです。
急いで脱出しなくては……! 私はそう思って鎖をどうにか解こうとします。
「どこに行こうというの?」
……しかし、それはあっという間に遮られてしまいました。
「どうして、私をここへ閉じ込めたんですか?」
私は、意を決し訊ねました。
女性は言いました。
「私の趣味だ」
と。
私は趣味のためにこんなところへ監禁されて……きっと壁際にある無残な死体のように死んでいくのだろうと思いました。きっとこの空間には電柱が屹立しているのだろうとも思いました。
「別にあなたが悪いわけじゃないのよ。あなたは悪くない。私は、私の趣味のためにこれをしているだけに過ぎないのだから。強いて言うならば、私に目をつけられたこと……運が悪かったと言ってもいいでしょうね」
運が悪かった、と言いました。
だからといって、人を殺していい理由になるのでしょうか?
わたしはそう思いませんでしたし、想いたくありませんでした。
そして私は――そのまま死んでしまいました。
◇◇◇
事の顛末を聞いて、私は小さく溜息を吐いた。この大学でそのような事件が起きたことなど聞いたことがないからだ。強いて言うならば、学校の七不思議くらいの感覚で聞いたくらいか。
ともかく、幽霊である彼女から聞いた言葉は予想外だったのだ。
「きっとあなたは私の言葉を聞いて理解出来なかったでしょう。そうであったに違いありません。……ともかく私が死んでしまったということは事実です。探せばそこら辺に私の墓標があると思います」
「話したいのは、それだけじゃないだろう?」
言ったのは梨沙だった。梨沙は鋭い視線を彼女に送った。
しかし当の本人はその視線を感じても無視を貫いていた。私には解らないけれど、同じものどうし何か解ることでもあるのだろうか。
「……あなたからネタを言わないなら私の口からバラすわよ?」
ぴくり、と肩を震わせる。
「私は幽霊です。幽霊の大半は成仏しなければなりません。死後の世界に行かねばなりません。……だけれど、私がここに居るのは、きっと私が何らかの未練を持っているからなのかもしれない……。あなたたちはきっと、そう思っているのでしょう?」
頷く梨沙。どうやら彼女にとってもそこまでは想定内だったらしい。
「私には未練があります。だからこそ私はこの世界に居続けるのです。たぶんきっとそれは私を殺した犯人についてでしょう。私は犯人が憎い。趣味だけで人を殺した、あの犯人が憎いのです。かといって私はもうその姿を覚えていません……。魂だけになってしまった人間はその魂が外界に触れてしまう時間が長ければ長い程その魂の情報は欠如してしまう……なんてことは何処かの本で読んだことがあります。まさか自分がそんなことになろうなんて思いもしませんでしたが」
「……それで、あなたは何を望む?」
梨沙は言った。首を傾げ微笑む様は高貴な雰囲気すら感じさせる。
彼女は梨沙の言葉を聞いて考えていた。あれ程怨んでいるとはいえ、やはり人を殺すことに抵抗があるのだろう。人間を殺せるのは何か外れてしまった『異常者』か、既に人間を殺したことのあるもののどちらかだというのを本で読んだことがある。
彼女は殺されてしまったけれど、その殺した人間を憎んでいたとしても、実際に殺すことが出来るのか、それはまた別の話。
「……ともかく、私が探せばいいのかな」
結論を告げた。どうせ解りきっていたことだ。勿体ぶらずにさっさと言ってしまった方がいいだろう。
背は私と同じくらい。茶のポニーテールにパステルブルーのセーターを着ている。袖が若干長いのか掌の一部が隠れてしまっている。萌え袖というやつ。萌え袖ってとても可愛い。下に履いているのはピンクのミニスカート。少し下から覗けば見えるものが見えちゃいそうな短さ。
彼女は私を見て怯えていた。……もしかしたら正確には私ではなくて梨沙かもしれないけれど。
「あなたたち……誰ですか?」
「君の方こそ誰かなあ。せっかくこちらから出向いてあげたというのに、さ」
梨沙は言った。何だ、聞こえていたんじゃないか。なら、どうして嘘を吐いたのだろうか。
そんなことはさておき、私は訊ねる。どうして彼女は私を呼んだのか。そして、地下室に住む幽霊とは――彼女で正しいのか。
「あなた……幽霊で間違いない?」
「幽霊というカテゴリーにならば所属していますけれど」
言葉を選んで首肯したのが見え見えだ。
回りくどく言っているが、要は『私が幽霊です』ということを認めているのに代わりない。
「幽霊、ね」
床を見る。
彼女の足は無かった。浮いていた。何かで切ったように一直線に切れているわけではなく、ある部分からぼやけているような、そんな感じだった。
「幽霊になった気分ってどんな感じなのよ?」
私は近くにあった椅子に腰掛ける。埃を被っていたけれど、少しだけ払った。
彼女は顎に手を当てて考える。冗談で言ったつもりなのだけれど、そこまで本気で考えられるとこちらとしてもそれはそれで微妙な気分になる。
「あー……一応言っておくけれど、冗談だからね? 別に本気で考える必要も無かったよ……?」
「ええっ? そうなんですか?」
……どうやら若干天然らしい。
それはさておき。
「あなた、地下室の幽霊という噂が立っているけれど、知っているかな」
単刀直入に訊ねた。回りくどいことは嫌いだからね。なるべく簡単に、淡々と話しておくべき。そうしていちはやく情報を掴むのがベター、いやベストだ。
「地下室の……幽霊、そうですか、今私は噂にまでなっているんですね。少なくとも私のことを忘れている人間は居ないんですね」
彼女は涙を流した。唐突に、突然に。何故涙を流したのか私たちにはちんぷんかんぷんだった。
「……どういうことなの?」
この場合は無知をさっさと認めた方が、話も早かった。どうするかとか考えるよりも先ずは話を聞くべきだろう。
彼女は私の言葉を聞くと漸く涙を流さなくなった。泣き腫らした目を見て、私は再び彼女に訊ねる。
「さっきの言葉がどういう意味なのか、それを教えて欲しいのだけれど」
彼女に訊ねると、即座に目を細めた。まるで私たちを見定めているかのようだった。
彼女は『見定め』が終わると小さく頷きながら少しだけ前に動く。
「……いいでしょう。それでは、話させていただきます。この大学に潜む『封印された過去』を」
◇◇◇
私が高津大学を志望した理由は、地元にいながらにして高度かつ専門的な講義が受けられることでした。元々高津大学は高等専門学校だった名残もあり、中学卒業時からも受験出来る、いわゆる飛び級めいた制度もありました。私が受ける講義にもちらほらいたような気がします。
高津大学は私の家からだと自転車で通うことになります。高津駅から伸びる明治通りを真っ直ぐ、坂を上っていくという感じでした。毎日四キロ近い距離を往復するのは、それはいい運動になっていました。
校門を潜り第一教室棟を横目に突き当たりを右に曲がり、さらに左に曲がると駐輪場が見えてきます。駐輪場は低学年用となっているので、三年以上がやって来ることはまず滅多にありませんでした。
――彼女と出会ったのはその時でした。
彼女に初め、こう言われました。
「私の部活に入らないか」
私はその時既に文芸部に所属していたので流石に兼部は無理だろうと思い、その提案を拒否しました。
後頭部に激しい痛みを感じたのはちょうどその時でした。何かで殴打したような痛み――とても具体的ですが、そうとしか形容出来ませんでした。
私は倒れ込みます。時間も時間でしたから私とその女性しかそこに居ませんでした。
――そして、景色が暗転していきました。
目を覚ますとそこは暗室でした。暗い、暗い、部屋でした。
あたりを見渡すとそこにあったのは――地獄でした。
一面に広がっていたのは、死体でした。首が切られた死体、足が漏がれた死体、腕が切り落とされた死体、肌が削がれた死体……そのパターンは様々でした。それを冷静に見ることが出来た私も、どうやら狂っていたのかもしれません。吐き出さずに冷静に状況を判断することができたのですから。
しかし、遅すぎました。
「……あら、起きてしまったのね」
声が聞こえました。その声は落ち着いた声でした。とても、とても。しっとりした声で、私はその状況でなければ聞き惚れてしまうことでしょう。
ですが、その時の状況は……そんなことを言っていられる状況では無かったのです。
どうにかしてそこから逃げ出そうとしました。しかし無理でした。逃げ出そうとしても私の身体を縛る鎖を解くことが出来ないからです。
急いで脱出しなくては……! 私はそう思って鎖をどうにか解こうとします。
「どこに行こうというの?」
……しかし、それはあっという間に遮られてしまいました。
「どうして、私をここへ閉じ込めたんですか?」
私は、意を決し訊ねました。
女性は言いました。
「私の趣味だ」
と。
私は趣味のためにこんなところへ監禁されて……きっと壁際にある無残な死体のように死んでいくのだろうと思いました。きっとこの空間には電柱が屹立しているのだろうとも思いました。
「別にあなたが悪いわけじゃないのよ。あなたは悪くない。私は、私の趣味のためにこれをしているだけに過ぎないのだから。強いて言うならば、私に目をつけられたこと……運が悪かったと言ってもいいでしょうね」
運が悪かった、と言いました。
だからといって、人を殺していい理由になるのでしょうか?
わたしはそう思いませんでしたし、想いたくありませんでした。
そして私は――そのまま死んでしまいました。
◇◇◇
事の顛末を聞いて、私は小さく溜息を吐いた。この大学でそのような事件が起きたことなど聞いたことがないからだ。強いて言うならば、学校の七不思議くらいの感覚で聞いたくらいか。
ともかく、幽霊である彼女から聞いた言葉は予想外だったのだ。
「きっとあなたは私の言葉を聞いて理解出来なかったでしょう。そうであったに違いありません。……ともかく私が死んでしまったということは事実です。探せばそこら辺に私の墓標があると思います」
「話したいのは、それだけじゃないだろう?」
言ったのは梨沙だった。梨沙は鋭い視線を彼女に送った。
しかし当の本人はその視線を感じても無視を貫いていた。私には解らないけれど、同じものどうし何か解ることでもあるのだろうか。
「……あなたからネタを言わないなら私の口からバラすわよ?」
ぴくり、と肩を震わせる。
「私は幽霊です。幽霊の大半は成仏しなければなりません。死後の世界に行かねばなりません。……だけれど、私がここに居るのは、きっと私が何らかの未練を持っているからなのかもしれない……。あなたたちはきっと、そう思っているのでしょう?」
頷く梨沙。どうやら彼女にとってもそこまでは想定内だったらしい。
「私には未練があります。だからこそ私はこの世界に居続けるのです。たぶんきっとそれは私を殺した犯人についてでしょう。私は犯人が憎い。趣味だけで人を殺した、あの犯人が憎いのです。かといって私はもうその姿を覚えていません……。魂だけになってしまった人間はその魂が外界に触れてしまう時間が長ければ長い程その魂の情報は欠如してしまう……なんてことは何処かの本で読んだことがあります。まさか自分がそんなことになろうなんて思いもしませんでしたが」
「……それで、あなたは何を望む?」
梨沙は言った。首を傾げ微笑む様は高貴な雰囲気すら感じさせる。
彼女は梨沙の言葉を聞いて考えていた。あれ程怨んでいるとはいえ、やはり人を殺すことに抵抗があるのだろう。人間を殺せるのは何か外れてしまった『異常者』か、既に人間を殺したことのあるもののどちらかだというのを本で読んだことがある。
彼女は殺されてしまったけれど、その殺した人間を憎んでいたとしても、実際に殺すことが出来るのか、それはまた別の話。
「……ともかく、私が探せばいいのかな」
結論を告げた。どうせ解りきっていたことだ。勿体ぶらずにさっさと言ってしまった方がいいだろう。
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