おままごとの演じ方
第四話 Promise you
山奥にある小さな集落。
さらにその奥に進んだ小さな井戸のそばに、それは立っていた。
その周りは古びた建物ばかりが並んでいたというのに、そこだけ異世界のようにも感じられた。
真新しい電柱が、そこには立っていた。
それを見て私は少しばかり驚愕した。心を打ちのめされた。目の前に彼女はいるのに、しかしその目の前には屹立するように彼女の墓があった。 
「ほら、名前もあるよ」
そう言って、梨沙は看板を指差した。
――夕月梨沙、ここに眠る
誰が書いたかも解らないそれを見て、私は漸く彼女が死んでしまったことを理解した。いや、理解せざるを得なかった。こうまじまじと物的証拠を見せつけられたのだ。信じざるを得ない。
「……ねえ、そういえばさ」
私はここで、ずっと気になっていたことを、彼女に問いかけた。
「何?」
彼女は首を傾げる。
私はそれを見て、本当にそれを質問していいのか解らなかった。
だけど、私は。
意を決し、それを訊ねた。
「――あなたは、どうして私をここまで連れてきてくれたの?」
その問いを聞いて、梨沙は目を細めた。
梨沙は、頷いて答える。
「いつかはその質問が来ると、いつかはそれに近い質問が来ると思っていた。けれど、私はそれに対する適解をいつも求められずにいた。……だが、今なら言えるよ」
一息。息を吸って、吐いて、梨沙は答えた。 
「私は――君のことが好きだ」
◇◇◇
私が初めて君のことを見つけたのは、講義でのことだ。前の方に座っていた君は優秀だったし、何しろ見た目が可愛かった。私はそれを見て、一目で恋をした。そして、思った。ああ、恋に落ちる瞬間とは――こういうことを指すのだな、と。
私は君の名前を調べた。ああ、いい名前だと思ったよ。そして君はいつもイングリッシュガーデンで昼食をとっていることを知って、私は直ぐにそこへ向かった。
そして、そこに君がいた。
小さい弁当箱の中身を、キラキラと輝いた目で見つめる君の姿を見つけたんだ。 
私はそれを見て、思わず飛び上がりそうになった。でも、それを必死に押さえ込んだ。
「ねえ、ここいいかな」
――思えば、それが君と私が初めて顔を合わせた瞬間だった。
私は考えた。 
どうすれば君に覚えていてもらえるだろうか、ということに。
そこで私はひとつの結論を導き出した。
そのための、準備を始めることにした。
一つ、君に『死んだら電柱になる事への疑問』をぶつける。
一つ、その証明がしたいと言って私が死ぬことを仄めかす。
この二つだ。
この二つが何を意味しているのか、もしかしたら君には到底理解出来ないかもしれない。 
でも、私は一生懸命、あなたに覚えてもらいたくて、あなたから私の記憶が忘れないように、この選択にしたんだ。
◇◇◇
「……狂ってる」
私の、それを聞いた第一の感想がそれだった。
つまり彼女――梨沙は私のために死んだ、といっても過言ではない。私に覚えてもらいたくて、死んだというのか。
「そうよ、あなたに覚えてもらいたくて、私の電柱を見せて、私の死を見せつけることにしたの」 
「……おかしい。そんなことはおかしい。第一、そんなことで私が覚えられると思っているの? 確かに死んだ人間はその生き残っている人たちの心に深く何かを刻み付けると思うけれど、それも何れ忘れ去られるのよ? 彼らがいつまでもあなたが死んだことに苦しみ、悲しむことなんてないのよ?」
「それでもいい。一瞬でも、数瞬でも、あなたの心に『夕月梨沙』という存在を刻みつけていてくれれば」
梨沙は電柱を撫でる。
しかし透けてしまった身体では、実体に触れることはかなわない。
「あなたは……これを愚かなことだと思う? これを意味のない行動だと思う? これが……無駄な行動であると思う?」
「……私は」
そう思う、とは言えなかった。
彼女のためだったのかもしれない。
それ以上に、私のためだったのかもしれない。
どちらにしろ、私はそれを肯定することも否定することも出来なかった。
経験したことのない人間が、そんなことを語るなんて仰々しいことだし、大それたことだと思う。それでも彼女は。私に訊ねた。私にそれを訊ねたのだ。実際にした人間でなくても解らないその回答を、私に求めたのだ。
「……ねえ、答えてよ」
梨沙は私の肩に触れた――否、彼女の触れた感覚は、私には感じられなかった。
彼女は涙を流して、さらに話を続ける。
「私は君のことが好きだったんだ。愛しているんだ。だけど、だけどさ、そういうのってダメだって……みんなが言うんだ。誰もが言うんだ。だけどね、私は諦めたくなかった。あなたという存在を、私は諦めたくなかったんだ。そして私はあなたのことを、永遠に見守っていこうと思った。そしてあなたに私のことを、永遠に忘れさせないようにしようとした。それがこのひとつの解だよ」
「この解が、正しいかい?」
「そう思うよ」
「いいや、それは誤解だ。誤っている解だ。間違っている解だ。それ以上に、あなたは間違っている。どうしてそんな選択をしたの? あなたは――」
――どうしてそんな愚かなことをしてしまったの? 
言ってしまった。
私はその気分に任せて、言ってはいけないことを、口にしてしまったのだ。 
それを言って、口を塞いだが――時すでに遅かった。それは彼女に聞かれていた。彼女に届いていた。
彼女は微笑む。
「そうよね……。私は間違っていた。……けれど、それが正しいと思っていた。それが間違っているはずないことだと思っていた。それが正しい答えだと思っていた。だけど、あなたはそれを認めてくれなかった。そうよ、普通ならこんな方法認めてくれるはず……ないものね」
「そう、だけど……さ」
私は彼女を抱きしめた。
透けてしまって、実際にその感覚こそつかめないけれど、私はほんの僅か彼女の暖かさを感じた。
「私は初めて梨沙に会ったとき……嬉しかったんだよ。友達が出来て、いつも楽しく話すことのできる友達が、これほどまでにいいことなんだ……ってことに気付けてさ」
「…………でも、私はあなたを裏切った」
「裏切ってなんて、いないよ。あなたは何を裏切ったの? 解らないのだから、それは『裏切り』なんて言わないよ」
私は思いの丈をぶちまける。 
もう、思い残すことを無くすように。
「私はあなたと出逢って、いろんなことを話したしいろんなことを知った。それってとても素晴らしいことだと思うのよ。大学生活はとても長かったし、とても楽しいものになる。その第一歩となったのが、あなたと友達になったことなの」 
梨沙は、ただ泣くばかりでうんうんと頷くだけだった。
私はさらに話を続ける。
「ねえ」
私は優しく微笑んだ。 
 「これからも――私のそばに居てくれる?」
それは、私のたったひとりの友人へ向けた、告白だった。
夏は暑い。とても暑い。
私はいつものようにイングリッシュガーデンで食事をとっていた。結局『彼女』以外の友人など出来なかった。いや、作るつもりも毛頭なかった。
だって、彼女はいつも私の隣にいるのだから。
「今日は野菜が少ないんじゃないの? ちょっとは野菜を食べなさいよ」 
隣に座る彼女――梨沙は言った。
梨沙は私のプロポーズめいた告白に了承してくれた。そのあと、ずっと私のそばにいてくれて、いろんなことを言ってくれる。たまに小言が始まることもあるけれど、それでも私の大切な人だ。 
「うるさいよ、これでも野菜はいっぱい入ってるの。ほら、見てみなよ。アスパラのベーコン巻き、これはアスパラが入っているでしょう? それに、レンコンのはさみ揚げ。これもれんこんが入っている。そして豆腐ハンバーグはグリーンピースとか人参とかがゴロゴロと……」
「あー、もういい。解ったよ。野菜がいっぱい入っているね。それでいいかい?」
「構わないよ」
そう言って私は微笑んだ。
そんな時だった。
「ねえ」 
私に声をかける、ひとりの女性がいた。それはいつも同じ授業に受けている人だった。顔を見たことはあるが、面識はなかった。
「すごく楽しそうにおしゃべりしているね。ボクも混ぜてもらっていいかな?」
ボーイッシュな女性だった。
私はそれに断ることなど、なかった。
さらにその奥に進んだ小さな井戸のそばに、それは立っていた。
その周りは古びた建物ばかりが並んでいたというのに、そこだけ異世界のようにも感じられた。
真新しい電柱が、そこには立っていた。
それを見て私は少しばかり驚愕した。心を打ちのめされた。目の前に彼女はいるのに、しかしその目の前には屹立するように彼女の墓があった。 
「ほら、名前もあるよ」
そう言って、梨沙は看板を指差した。
――夕月梨沙、ここに眠る
誰が書いたかも解らないそれを見て、私は漸く彼女が死んでしまったことを理解した。いや、理解せざるを得なかった。こうまじまじと物的証拠を見せつけられたのだ。信じざるを得ない。
「……ねえ、そういえばさ」
私はここで、ずっと気になっていたことを、彼女に問いかけた。
「何?」
彼女は首を傾げる。
私はそれを見て、本当にそれを質問していいのか解らなかった。
だけど、私は。
意を決し、それを訊ねた。
「――あなたは、どうして私をここまで連れてきてくれたの?」
その問いを聞いて、梨沙は目を細めた。
梨沙は、頷いて答える。
「いつかはその質問が来ると、いつかはそれに近い質問が来ると思っていた。けれど、私はそれに対する適解をいつも求められずにいた。……だが、今なら言えるよ」
一息。息を吸って、吐いて、梨沙は答えた。 
「私は――君のことが好きだ」
◇◇◇
私が初めて君のことを見つけたのは、講義でのことだ。前の方に座っていた君は優秀だったし、何しろ見た目が可愛かった。私はそれを見て、一目で恋をした。そして、思った。ああ、恋に落ちる瞬間とは――こういうことを指すのだな、と。
私は君の名前を調べた。ああ、いい名前だと思ったよ。そして君はいつもイングリッシュガーデンで昼食をとっていることを知って、私は直ぐにそこへ向かった。
そして、そこに君がいた。
小さい弁当箱の中身を、キラキラと輝いた目で見つめる君の姿を見つけたんだ。 
私はそれを見て、思わず飛び上がりそうになった。でも、それを必死に押さえ込んだ。
「ねえ、ここいいかな」
――思えば、それが君と私が初めて顔を合わせた瞬間だった。
私は考えた。 
どうすれば君に覚えていてもらえるだろうか、ということに。
そこで私はひとつの結論を導き出した。
そのための、準備を始めることにした。
一つ、君に『死んだら電柱になる事への疑問』をぶつける。
一つ、その証明がしたいと言って私が死ぬことを仄めかす。
この二つだ。
この二つが何を意味しているのか、もしかしたら君には到底理解出来ないかもしれない。 
でも、私は一生懸命、あなたに覚えてもらいたくて、あなたから私の記憶が忘れないように、この選択にしたんだ。
◇◇◇
「……狂ってる」
私の、それを聞いた第一の感想がそれだった。
つまり彼女――梨沙は私のために死んだ、といっても過言ではない。私に覚えてもらいたくて、死んだというのか。
「そうよ、あなたに覚えてもらいたくて、私の電柱を見せて、私の死を見せつけることにしたの」 
「……おかしい。そんなことはおかしい。第一、そんなことで私が覚えられると思っているの? 確かに死んだ人間はその生き残っている人たちの心に深く何かを刻み付けると思うけれど、それも何れ忘れ去られるのよ? 彼らがいつまでもあなたが死んだことに苦しみ、悲しむことなんてないのよ?」
「それでもいい。一瞬でも、数瞬でも、あなたの心に『夕月梨沙』という存在を刻みつけていてくれれば」
梨沙は電柱を撫でる。
しかし透けてしまった身体では、実体に触れることはかなわない。
「あなたは……これを愚かなことだと思う? これを意味のない行動だと思う? これが……無駄な行動であると思う?」
「……私は」
そう思う、とは言えなかった。
彼女のためだったのかもしれない。
それ以上に、私のためだったのかもしれない。
どちらにしろ、私はそれを肯定することも否定することも出来なかった。
経験したことのない人間が、そんなことを語るなんて仰々しいことだし、大それたことだと思う。それでも彼女は。私に訊ねた。私にそれを訊ねたのだ。実際にした人間でなくても解らないその回答を、私に求めたのだ。
「……ねえ、答えてよ」
梨沙は私の肩に触れた――否、彼女の触れた感覚は、私には感じられなかった。
彼女は涙を流して、さらに話を続ける。
「私は君のことが好きだったんだ。愛しているんだ。だけど、だけどさ、そういうのってダメだって……みんなが言うんだ。誰もが言うんだ。だけどね、私は諦めたくなかった。あなたという存在を、私は諦めたくなかったんだ。そして私はあなたのことを、永遠に見守っていこうと思った。そしてあなたに私のことを、永遠に忘れさせないようにしようとした。それがこのひとつの解だよ」
「この解が、正しいかい?」
「そう思うよ」
「いいや、それは誤解だ。誤っている解だ。間違っている解だ。それ以上に、あなたは間違っている。どうしてそんな選択をしたの? あなたは――」
――どうしてそんな愚かなことをしてしまったの? 
言ってしまった。
私はその気分に任せて、言ってはいけないことを、口にしてしまったのだ。 
それを言って、口を塞いだが――時すでに遅かった。それは彼女に聞かれていた。彼女に届いていた。
彼女は微笑む。
「そうよね……。私は間違っていた。……けれど、それが正しいと思っていた。それが間違っているはずないことだと思っていた。それが正しい答えだと思っていた。だけど、あなたはそれを認めてくれなかった。そうよ、普通ならこんな方法認めてくれるはず……ないものね」
「そう、だけど……さ」
私は彼女を抱きしめた。
透けてしまって、実際にその感覚こそつかめないけれど、私はほんの僅か彼女の暖かさを感じた。
「私は初めて梨沙に会ったとき……嬉しかったんだよ。友達が出来て、いつも楽しく話すことのできる友達が、これほどまでにいいことなんだ……ってことに気付けてさ」
「…………でも、私はあなたを裏切った」
「裏切ってなんて、いないよ。あなたは何を裏切ったの? 解らないのだから、それは『裏切り』なんて言わないよ」
私は思いの丈をぶちまける。 
もう、思い残すことを無くすように。
「私はあなたと出逢って、いろんなことを話したしいろんなことを知った。それってとても素晴らしいことだと思うのよ。大学生活はとても長かったし、とても楽しいものになる。その第一歩となったのが、あなたと友達になったことなの」 
梨沙は、ただ泣くばかりでうんうんと頷くだけだった。
私はさらに話を続ける。
「ねえ」
私は優しく微笑んだ。 
 「これからも――私のそばに居てくれる?」
それは、私のたったひとりの友人へ向けた、告白だった。
夏は暑い。とても暑い。
私はいつものようにイングリッシュガーデンで食事をとっていた。結局『彼女』以外の友人など出来なかった。いや、作るつもりも毛頭なかった。
だって、彼女はいつも私の隣にいるのだから。
「今日は野菜が少ないんじゃないの? ちょっとは野菜を食べなさいよ」 
隣に座る彼女――梨沙は言った。
梨沙は私のプロポーズめいた告白に了承してくれた。そのあと、ずっと私のそばにいてくれて、いろんなことを言ってくれる。たまに小言が始まることもあるけれど、それでも私の大切な人だ。 
「うるさいよ、これでも野菜はいっぱい入ってるの。ほら、見てみなよ。アスパラのベーコン巻き、これはアスパラが入っているでしょう? それに、レンコンのはさみ揚げ。これもれんこんが入っている。そして豆腐ハンバーグはグリーンピースとか人参とかがゴロゴロと……」
「あー、もういい。解ったよ。野菜がいっぱい入っているね。それでいいかい?」
「構わないよ」
そう言って私は微笑んだ。
そんな時だった。
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