おままごとの演じ方
第三話 One Time and One Thing
大学を出るとビルディングが立ち並んでいた。
ここは都会のど真ん中――とは言わないが、少しばかり栄えている場所にある。
歩いて、歩いて、私たちは駅に到着した。 
「あんまり話しかけないほうがいいよ」
ずっと私は梨沙と会話していたのだけれど、梨沙が溜息をついて話しかけた。
「どうして?」
「どうして、って。あんた周りを見てみなよ。変わり者と思われているよ」
周りを見れば、私を横目で見る人や笑っている人、中には堂々と携帯電話で写真を撮っている人もいた。
「それがどうしたっていうの? あなたはここにいるじゃない」
「……君にはかなわないな。まあ、いい。先ずは電車に乗るとしよう。ああ、一応忠告しておくけど一人分で充分だからな。間違って二人分も買ってお金を無駄にしないように」
「解っているよ」
そう言って私は、切符を買いに売り場へと出かけた。
梨沙から買うように命じられた切符の値段はそれなりに高いもので、結局券売機では買えないものだった。窓口で言わないと買えない値段だった。窓口のおじさんが「へえ、こんな物珍しいところまで行くのかい」とだけ言った。不審に思われたのかどうかは、解らない。
「ところで、こんなに高い切符……どこまで行くつもりなの?」
私は電話をかけている『ふりをして』、彼女に声をかけた。
ちなみに、なぜこうしているのかというと、彼女がこうしていれば不審に見られない――という優しさみたいなものからきているのだが、私としては別にどっちでもいいのだ。
「ちょっと遠くにある田舎町だ。場所は私が教えるから、安心していい」 
それを聞いて少しだけほっとしたのと、私は決心しなくてはならないのだという恐怖に襲われた。
このままいけば、私は彼女の死体、或いは彼女の死んだ証である『電柱』を目の当たりにすることになる。
それを見て私は正常でいられるのか。気を狂わせずにいられるのか。 それが疑問でしょうがなかった。 
「まあ、それはおいおい考えればいいか……」 
その呟きには、敢えてなのか偶然なのか、梨沙は反応しなかった。
何個か電車を乗り換えて、単線をディーゼル車が走った、その終点に私たちはいた。駅、とはいっても折り返しのあれもなく、ひとつの櫛形ホームで構成されているだけだった。
窓口にいる駅員さんに切符を渡し、私は漸く外に出ることが出来た。 
「やっとついたね」
梨沙が私に声をかける。
「ほんとだよ、どれくらいかかったかな」
私は時計を見た。今は夕方四時を回ったくらいだった。実に二時間以上電車に乗っていることになる。
でも二時間――でこんなところまで来れるというのだから、まだまだ田舎というのは都会のそばにあるのだということを実感させる。
でも、こんな場所でも電柱はある。そしてそれはずーっと繋がっている。
「そういえば、ある科学者が電柱に通信できる可能性を見出したのはどれくらい前の話だったかな」
電柱を見つめながら、梨沙は言った。
「脳の細胞にあるシナプスがどういう動きをしているのかははっきりしていないが、神経伝達物質が細胞間に放出されて、それを受容することで情報の伝達が可能となる……どうして死んでもその役割が可能となっているのかは解らないが」
「確かイオン電流を流したんじゃなかったっけ? そういうことでシグナル伝達が行われることが発見されていて、それを応用したとか」 
「それだ」
梨沙は私を指差して、答えた。 
「電気シナプス。それを使って、電柱間で通信をしているんだ。だからこれは誰かの墓であると同時に、全国各地に通信を行き渡らせるネットワークの中継点でもあるわけだ」
「でも、それ以外にもあるでしょう?」
そう言って私は上空を指差した。
電柱には、鳥が止まっていた。 
「ここは鳥のオアシスにもなっているみたいよ」
「……そのようだな」
そう言って、梨沙は笑った。
暫く歩いていくと、目の前に自動販売機があった。
「……暑い」
「飲めばいいじゃない」
「幽霊って暑さを感じなかったりするの?」 
「うーん、どうだろう。詳しくは解らないかなあ」
梨沙は呟く。
私は喉がカラカラで死にそうだったので、硬貨を入れて何を買おうか商品を見ていた。
……と、思っていたのだが、いつまで経ってもランプが点灯しない。とはいえ『売り切れ』のランプも点いていない。
「……どういうこと?」
「ちゃんと飲み物代、全部いれた? 十円くらい値上げをした、ってこと覚えてる?」
「覚えてるよそれくらい……」
そう言ったところで、私の思考が停止した。その理由は、今いくら入っているかを知らせる画面を見ていたからだ。
入れた金額は百五十円。それに対してペットボトルのお茶は百六十円。
――即ち、梨沙の言い分が正しかったことを意味していた。
私は静かに財布を開け、十円追加して、お茶を購入した。梨沙は笑いを堪えていたが、それを見ないようにしてペットボトルの蓋を開けて、一気にお茶を流し込む。その表情は周りに見せたらとてもじゃないが恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいのものになるだろうが、周りには梨沙しかいないからそんなことはどうだってよかった。 
半分近くお茶を消費するほど、私は飲んでしまっていた。 
ふう、と一息ついて、ふと梨沙の方を眺めるとじっとこっちを見つめていた。
「お茶、呑む?」
「いいや、死んでしまってからこの身体が随分と楽になってね。食欲も睡眠欲も性欲も感じない。便利な身体だよ」 
「性欲を付け足した理由はあったの……?」
「いいや、特にない」
そう言って梨沙は微笑んだ。
私は自動販売機で一応、もう一本お茶を購入しておいた。理由は簡単、この先自動販売機やお水を売っているお店があるかどうか曖昧だったからだ。ここは来たことのない場所だから、それぐらいの警戒はしておかなくてはならない。
空を見ると、少しだけ曇ってきていた。
「今日は雨の予報だった気がするね」
梨沙は言った。
「幽霊なのに天気予報なんてわかるの?」
「さっきのシナプスの原理で解るんじゃないかな」
そんな曖昧な答えを、私は信じることしか出来なかった。
ここは都会のど真ん中――とは言わないが、少しばかり栄えている場所にある。
歩いて、歩いて、私たちは駅に到着した。 
「あんまり話しかけないほうがいいよ」
ずっと私は梨沙と会話していたのだけれど、梨沙が溜息をついて話しかけた。
「どうして?」
「どうして、って。あんた周りを見てみなよ。変わり者と思われているよ」
周りを見れば、私を横目で見る人や笑っている人、中には堂々と携帯電話で写真を撮っている人もいた。
「それがどうしたっていうの? あなたはここにいるじゃない」
「……君にはかなわないな。まあ、いい。先ずは電車に乗るとしよう。ああ、一応忠告しておくけど一人分で充分だからな。間違って二人分も買ってお金を無駄にしないように」
「解っているよ」
そう言って私は、切符を買いに売り場へと出かけた。
梨沙から買うように命じられた切符の値段はそれなりに高いもので、結局券売機では買えないものだった。窓口で言わないと買えない値段だった。窓口のおじさんが「へえ、こんな物珍しいところまで行くのかい」とだけ言った。不審に思われたのかどうかは、解らない。
「ところで、こんなに高い切符……どこまで行くつもりなの?」
私は電話をかけている『ふりをして』、彼女に声をかけた。
ちなみに、なぜこうしているのかというと、彼女がこうしていれば不審に見られない――という優しさみたいなものからきているのだが、私としては別にどっちでもいいのだ。
「ちょっと遠くにある田舎町だ。場所は私が教えるから、安心していい」 
それを聞いて少しだけほっとしたのと、私は決心しなくてはならないのだという恐怖に襲われた。
このままいけば、私は彼女の死体、或いは彼女の死んだ証である『電柱』を目の当たりにすることになる。
それを見て私は正常でいられるのか。気を狂わせずにいられるのか。 それが疑問でしょうがなかった。 
「まあ、それはおいおい考えればいいか……」 
その呟きには、敢えてなのか偶然なのか、梨沙は反応しなかった。
何個か電車を乗り換えて、単線をディーゼル車が走った、その終点に私たちはいた。駅、とはいっても折り返しのあれもなく、ひとつの櫛形ホームで構成されているだけだった。
窓口にいる駅員さんに切符を渡し、私は漸く外に出ることが出来た。 
「やっとついたね」
梨沙が私に声をかける。
「ほんとだよ、どれくらいかかったかな」
私は時計を見た。今は夕方四時を回ったくらいだった。実に二時間以上電車に乗っていることになる。
でも二時間――でこんなところまで来れるというのだから、まだまだ田舎というのは都会のそばにあるのだということを実感させる。
でも、こんな場所でも電柱はある。そしてそれはずーっと繋がっている。
「そういえば、ある科学者が電柱に通信できる可能性を見出したのはどれくらい前の話だったかな」
電柱を見つめながら、梨沙は言った。
「脳の細胞にあるシナプスがどういう動きをしているのかははっきりしていないが、神経伝達物質が細胞間に放出されて、それを受容することで情報の伝達が可能となる……どうして死んでもその役割が可能となっているのかは解らないが」
「確かイオン電流を流したんじゃなかったっけ? そういうことでシグナル伝達が行われることが発見されていて、それを応用したとか」 
「それだ」
梨沙は私を指差して、答えた。 
「電気シナプス。それを使って、電柱間で通信をしているんだ。だからこれは誰かの墓であると同時に、全国各地に通信を行き渡らせるネットワークの中継点でもあるわけだ」
「でも、それ以外にもあるでしょう?」
そう言って私は上空を指差した。
電柱には、鳥が止まっていた。 
「ここは鳥のオアシスにもなっているみたいよ」
「……そのようだな」
そう言って、梨沙は笑った。
暫く歩いていくと、目の前に自動販売機があった。
「……暑い」
「飲めばいいじゃない」
「幽霊って暑さを感じなかったりするの?」 
「うーん、どうだろう。詳しくは解らないかなあ」
梨沙は呟く。
私は喉がカラカラで死にそうだったので、硬貨を入れて何を買おうか商品を見ていた。
……と、思っていたのだが、いつまで経ってもランプが点灯しない。とはいえ『売り切れ』のランプも点いていない。
「……どういうこと?」
「ちゃんと飲み物代、全部いれた? 十円くらい値上げをした、ってこと覚えてる?」
「覚えてるよそれくらい……」
そう言ったところで、私の思考が停止した。その理由は、今いくら入っているかを知らせる画面を見ていたからだ。
入れた金額は百五十円。それに対してペットボトルのお茶は百六十円。
――即ち、梨沙の言い分が正しかったことを意味していた。
私は静かに財布を開け、十円追加して、お茶を購入した。梨沙は笑いを堪えていたが、それを見ないようにしてペットボトルの蓋を開けて、一気にお茶を流し込む。その表情は周りに見せたらとてもじゃないが恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいのものになるだろうが、周りには梨沙しかいないからそんなことはどうだってよかった。 
半分近くお茶を消費するほど、私は飲んでしまっていた。 
ふう、と一息ついて、ふと梨沙の方を眺めるとじっとこっちを見つめていた。
「お茶、呑む?」
「いいや、死んでしまってからこの身体が随分と楽になってね。食欲も睡眠欲も性欲も感じない。便利な身体だよ」 
「性欲を付け足した理由はあったの……?」
「いいや、特にない」
そう言って梨沙は微笑んだ。
私は自動販売機で一応、もう一本お茶を購入しておいた。理由は簡単、この先自動販売機やお水を売っているお店があるかどうか曖昧だったからだ。ここは来たことのない場所だから、それぐらいの警戒はしておかなくてはならない。
空を見ると、少しだけ曇ってきていた。
「今日は雨の予報だった気がするね」
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