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おままごとの演じ方

巫夏希

第一話 Girl Meets Girl

 私の名前は吉川アヤという。大学生だ。近所にある大学で物理学を学んでいる。昨今物理を学ぶ女性とかが増えてきて、俗にそれを『理系女子=リケジョ』とかいうらしいけれど、そんなのテレビが勝手に決めていくだけのことじゃない、と一喝したものなので、私の周りには私のことをリケジョなどと呼ぶ人はいなかった。 
 ところで今は授業中、その一幕。前にある黒板には電柱の絵が描かれていて、そこに補足説明として、こう書かれていた。


 ――電柱は人の最後であるが、それは決して魂の輪廻が打ち切られたわけではない


 物理学を学んでいる私にとっては頭が痛い話だ。この授業、『人間と世界』という授業は名前のとおり人間と世界について学ぶ授業であり、今は電柱概論という分野に入っている。
 人は死んだら電柱になる。 
 この世界ではもはや当たり前になってしまった常識だ。この世界で死んだ人間は、例外なく電柱になっていく。だからきっと私も死んだとき、電柱になっていくのだろう。 

「電柱に付随している電線は、電柱によって本数が決まっている。その本数が増えることもあれば減ることもある。……吉川、これはどう言う意味か解るか?」 

 唐突に先生が学生を指す。この先生のやり方も大分慣れてきた。
 私はすらすらとそれを答える。

「はいっ。……えーと、魂の輪廻、或いは魂のつながりのためであると考えられています。魂のつながりが多いと、電線も多い……」 
「ああ。そうだ。そのとおりだ。よく復習しているな」 

 その言葉を聞いて、私は安堵する。なにせ、ちょっと前まで読んでいた部分に書かれていたことだ。間違えることはそうない。
 そもそも魂の輪廻、魂のつながりという意味を私はよく理解していない。というかここにいるほとんどの学生は理解できていないと思う。だってこの授業はノート持ち込みオッケーの試験だし、ノートに書いたことがそのまんま出るために学生にとってこの授業は単位が楽にとれるヌルゲーというやつなのだ。 
 授業が終わって、私は時計を確認しながら講堂を出た。時刻は十二時二十分。ちょうどお昼時だ。

「……今日はいい天気だなあ」 

 そう呟いて、私は弁当が入っているカバンを持ち直し、庭園へと向かった。


 ◇◇◇


 私の通っている大学にはイングリッシュガーデンというものがある。意味はよく解らないけれど、庭園として開放されているので、そこにあるベンチに座ってご飯を食べたりすることが出来る。 
 友達がいない――わけじゃないけれど、このご時世物理を学ぶ女性が増えているからとはいって、その女性と直ぐに友達になれるわけでもない。 
 だから私は今日も弁当をこの天気のいいイングリッシュガーデンで食べるのであった。
 蓋を開けて、中身をみる。とはいえ私が作った弁当だから別に感動というものはない。卵焼きに肉団子にポテトサラダ、スパゲッティにブロッコリー。どれも私が好きなものばかりだ。好き嫌いは特にないけれど、こうやって特に好きなものを食べられるのが弁当の醍醐味だと私は思う。

「ねえ、ここいいかな」

 そう言われて、私は顔を上げた。
 そこに立っていたのはひとりの少女だった。プリーツスカートを履いて、フリルめいたものがついたシャツ、それにジャケットを羽織っていた。髪は茶色く染めているのか或いは地毛なのかは分からないけれど、ともかくとても綺麗な髪だった。


 ――綺麗な人だな。


 私は見とれてしまっていた。
 だから彼女が首を傾げているのに気付かなかった。そうだった、彼女は私の返事を待っているのだ。

「あ、えーと……別にいいけれど」

 だから私はその提案に肯定する。

「やった、ありがとね」

 そう言って彼女は私の隣に座った。 
 彼女はカバンに入れていたぶどうパンを頬張る。 

「ところで、どうしてあなたはここにいるの?」 

 ぶどうパンを頬張りながら、彼女は言った。 

「私は、別に。ここの天気がいいし、眺めもいいから」
「そうねえ。確かにここは眺めもいいし、天気も良ければお弁当でも持ってきて云々、って出来るよね」

 彼女の言葉に私は頷く。
 けっこうおしゃべりだな、と私は思った。

「あなた、さっきの『人間と世界』の授業に出ていたよね」 
「ええ」

 頷く私。

「……人は死んだら電柱になる。ふと考えると面白い話よね。だって私たち人間ははるか昔はそんなことなんてなかった……って話も聞くくらいよ」

 それは確か人権団体が言っていた戯言のような気がした。
 人間には人間らしい死を与えるべきだ、と言ってその論を展開した。
 結果として具体的な証拠が出てこなかったためにその論は論破されてしまって、『人は死んだら電柱になる』という現行のことがそのままになっているのであった。

「でも人は死んだらそのまま電柱になるわよ。隣のおばさんだって亡くなった時は家の裏に電柱が出来た、って言っていたし」

 因みに家など私有地に電柱が出来た場合は、『特定区域外電柱敷設書』を国に提出して、それなりのお金を収めなくてはならない。 
 しかし『特定区域』というのは、もうこの世界に殆どない。墓地みたいなものだ。昔はあちらこちらに電柱があったらしい。それはいつまで経っても残り続けるから、結果としてこのまま行けばこの星を埋め尽くすのではないか――しかしそれははるか未来だと言われている――という論文が発表されているくらいである。

「人は死んだら電柱になる、っていうのなら、それなりの土地をもっと用意すべきだと思うよ」

 それは土地が限界だから、用意出来ないのではないだろうか?
 ――などと、殆ど見ず知らずの人と話をしているうちに、お昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。

「あ、もうこんな時間。授業にでなくちゃ」 

 彼女は立ち上がり、そそくさと去っていく。

「あ」 

 しかし彼女は何かを思い出したのか、踵を返し、直ぐに私の方へと戻ってきた。

「私の名前、夕月梨沙っていうの。よろしくね!」 

 そして再び、彼女は走っていった。 
 私は梨沙を、ただずっとその後ろ姿を、眺めているだけだった。

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