男装の王太子と側近の国ー北の国リールの物語ー

ノベルバユーザー173744

王太子と側近と女官の初の大仕事

 カイルは座れと示されたソファの惨状に唖然とする。
 ついでに周囲を見回して愕然とする。
 史官……歴史研究の官吏として勤めてはいたが、元々さほど上流階級でもない末端貴族の末っ子であり、幼い頃から近所の子供達と遊び回っていたがき大将の知恵袋で、近所の別のグループと喧嘩の仕返し等々をやって来た人間である。
 それを、別の貴族に見込まれ学校に通い仕官して、そのまま結婚だったりする。

 そして、目の前に置かれているのは……。

「ちょ、ちょっと待て‼ これ、これはぁぁ‼ 」
「ん? 何だ? うっせぇな‼ あの色ボケ従弟が仕事をしねぇから、オレがやってんだよ。それに、ミィは女官で官吏じゃねぇし、父上はオレに側近を付けてくれなかった。グチャグチャなのは仕方ねぇだろ? 」
「違う‼ これ、『ギルド』からの要請じゃないですか‼ 緊急の⁉ 」
職業組合ギルド? 」

 顔もあげず、書類に向かうエレメンティアに、書状を掴み持っていく。

「ギルドです‼ ギルド! 普通の職業組合ギルドじゃないんです‼ 『用心棒ギルド』と表向きはいっていますが、このアシエル全土に広がる巨大な組織です‼ 用心棒どころか、金融や他国の行政、多種多様の職業といったところまで深く入り込んでいます。あのリスティル国王陛下ですら、こちらの大陸の支部長にすぎないんです‼ リーダーは代々サー・ミュリエル・レクシア・ド・ラディリアと名乗ります‼ 署名入りですよ⁉ 」
「ラディリア? えーと……」

 後ろを向くと壁に貼ってあった地図をじっと見て、ある部分を示す。

「ラディリア公国。シェールドの中に小さく存在する。1800年前に存在した当主がミュリエル・レクシア公だったな。で? 」
「元々、『用心棒ギルド』と呼ばれていたギルドは、シェールドにあった小さい、商人や人々が隣の町に向かう為に雇う用心棒達のもので、ギルドから雇えば信用に足る腕を持つ存在を雇え、逆にギルドに存在することで、経験を積むとシェールドには巨大な騎士団があり、その騎士団の入団試験を受けることも可能になっていたとか。ミュリエル公はシェールドの当時の王の夫で、その上、騎士団を担うカズール伯爵の養い子、そしてこのアシエル最大の術師の一族マルムスティーン家の血縁。ミュリエル公はシェールドの最大の危機『偽王の乱』を収めたアレクサンダー一世王の参謀であり、夫だった方です。その方がギルドを広め、妻である国王や息子になるアーサー陛下の統治を、影に日向に支えたと言う噂です」
「アレクサンダー一世陛下は女王だったのか……で? 」
「ここに‼ ここに、こちらの支部長のリスティル国王の弟のミューゼリック殿下から‼ 明日、直接面会をと‼ 書いてますよ⁉ しかもデュアンリール閣下まで‼ 」

 カイルの声に、

「ミューゼリック殿下と言うと、ルーズリア王国の旧侯爵で、現在ラルディーン公爵当主。リスティル国王陛下の3人の弟の一番下。デュアンリール閣下と言うのは? 」
「ミューゼリック殿下の長男で後継者ですよ‼ 確か、シェールドに長期留学されてます‼ 」
「ふーん……」

 ニヤリっとエレメンティアは笑うと、

「父上も良い人選をして下さったものだな、今回・・だけは‼ よーし‼ カイル。お前に命令する。明日のお越しに際するもろもろを、オレが対応させて戴くことを、すぐに父上に申し上げてくれ。ついでに、ミィ。お二方に失礼のないように、カイルの服一式をオレのと共に準備してくれ。明日に間に合うように。そして、その書類読むから貸せ。明日が最初の王太子としてのデビューだ‼ 最高のものにして見せる‼ 」
「はぁ? 私がですか? 一史官ですよ⁉ 」
「オレの側近だろ? 配置替えしてやったんだ、即、働け‼ オラッ! 時間はねぇんだ。動け‼ミィ、服装と、女官や侍従、衛兵達にいつものと、明日のことについて、よろしくと伝えてくれないか? 本当はオレがいけば良いんだが、時間がない」

 いなしたエレメンティアは、すまなそうにミィに声をかける。
 いつの間にか戻っていた……ついでに入っていたのも解らないほど静かに近づいてきたミィは、にっこりと微笑みながら、

「大丈夫ですぅ~‼ この私にお任せ下さいませ~。このへなちょこ男よりも役に立って見せますわぁ~‼ で、ニョキニョキ男は、何時までこちらにいらっしゃいますの? こちらはエレメンティアさまのお茶ですが、雑巾の水を顔にぶちまけましょうか~? ちんたらするなって言いますのよ? 」
「ご心配なく。二重人格女官殿に比べて、私は今日から、お帰りまでのスケジュールは解っておりますので。では殿下、失礼します」
「私も失礼しますわ。エレメンティアさま。すぐに戻りますので、お待ちくださいませね~? 」

 二人がいがみ合いながらも立ち去る姿に、

「仲が良いなぁ……まぁ、よっし‼ 明日の為にも仕事を少しでも進めて、そして、ミューゼリック殿下に失礼のないようにしなきゃな‼ 」

と、エレメンティアは拳を握りしめたのだった。

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