魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

37 迷宮9――終幕

 目を開く。

 意識を失っていたのは一瞬だったことが周りの状況を見てわかった。

 瓦礫に寄りかかっている体を起こし立ち上がる。

 殴られた痛みは綺麗さっぱり消えていて、むしろ意識を失う前よりも体が軽く感じるほどだ。

 思考は驚くほどにクリアで、今がどんな状況で何をすべきか、最適解が導き出されていく。

 魔力が身体中をうねり、今か今かと荒ぶっている。

 こんなことは初めてだ。

 俺の魔力であって、俺の魔力ではないような未知の感覚。

 でも、嫌な気持ちではない。

 少しでも知りたい、理解したい。

 底なしの探求心。

 この世界に来た時、初めて魔法を見た時、迷宮を見つけた時も、何度も何度も俺は感じて来た。

 こんなの非常識にも程があるけど……俺は今――――ワクワクしている。

 黒龍王の面から覗く目と目が合う。

 起き上がれるとは思っていなかったのだろう。警戒の色が強く現れている。

 しかし、それも僅かな時間であり、黒龍王は音も立てずその場から消える。

 それは周りから見ればの話であり、俺には間合いに飛び込んで来るのがスローモーションに見えて・・・いた。

 さっきまでの俺とは違う。

 強化魔法により身体能力は底上げできる。視力も然りだ。

 だが、強化魔法に見えないものを見えるようにする効果はない。

 なら何故、見えなかったものが見えるように、それもゆっくりに見えるようになったのか。

 元々の動体視力が上がったわけではない。

 魔法のが上がったのだ。

 魔法の質とはつまり魔法の効果、威力のこと。

 イメージだけでは辿り着けない領域。最適性の魔法や才能などの類い。

 自惚れではなく、俺は強くなっている……たった器を変えただけで。

 それが少し悔しく、でも今の俺には必要なものだった。

 鳩尾みぞおち辺りを狙った黒龍王の拳を片手で掴み止める。

「あなたの相手は後でします――――黒龍王ッ!」

 俺は片手で掴んだままの黒龍王を一度右に振り、左へ容赦なく投げ飛ばす。

 黒龍王を一瞥いちべつすることなく、俺はアカネのもとへ転移魔法で転移する。

「アカネッ!」

 覆い被さる瓦礫をどけ、俺はアカネを抱きかかえる。

 全身が傷だらけで、息をするのも苦しそうにしている。

 アカネの弱り切った姿を見て、俺は自分の不甲斐なさに腹が立った。

 あの時……麒麟と戦ったあの時に、俺はもう二度と大切な存在を失ってしまうかもしれない恐怖を味わいたくないと思っていたのに、俺はアカネを守れなかった。

 俺は氷魔法でナイフを創り、指先を切る。

 風船が膨らむように血が溢れ出し、流れ落ちる前にアカネの口へと指先を運ぶ。

 一滴の血が口の中へ入ると、突然ピクッとアカネの体が跳ねる。

 少し驚いたが、俺はそのまま血を流し続ける。

 念のために聖域魔法も使う。

 俺とアカネの下に魔法陣が展開され、そこから淡い光が次々と生まれていく。

 光はアカネの傷口に触れると、溶け込むように傷を癒していく。

 以前はリラックス効果程度だったが今は違う。

 そして、気がつくとアカネは人化していて、俺の指をくわえchuチュー chuチューしていた。

 え? chu chu?

「アカネさん」

「チュ?」

「いや、チュ? じゃなくてね、何で俺の指をお口にくわえてるのかな?」

「ふーひのひば、ほひひぃばわ(ユーリの血が、おいしいから)」

 喋る度に指に舌があたって、何かくすぐったいけど気持ちいいような……ってそうじゃないッ!!

 俺は口から強引に指を抜き、そのままアカネの頭をチョップする。

「何言ってるかわからないしっ! めっちゃ元気になってるし………………無事で……本当によかった」

「ユーリ……」

「ごめん……守れなくて」

 目をきつく閉じる。

 今開けたら、涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。

 色々な感情が急に押し寄せて、それらが溢れ出てしまわぬように堪えようとする。

 そんな俺の頬にアカネの手が優しく触れる。

「謝らないでユーリ……私は何度、同じような目に遭うことになってもユーリのとなりで戦う」

 だって、私は――――





『ユーリの使い魔だから』





 堪え切れなかった。

 再び開いた視界は前が良く見えなくて……でも、アカネが微笑んでいるのは何故かわかった。

 あぁ、本当に情けない。

 だからこそ、もう二度と弱いところは見せない。

 アカネのためにも最強の魔術師でいよう。

 何度目かの誓いだ。

「アカネ、ちょっと待っていてくれ」

「……んっ」

 もう下を向くのはやめよう。

 そんなのは俺の性に合わない。

 どんな時も魔法しか考えてない、魔法バカがいつもの俺だ。

「黒龍王、お手合わせ願います」

 丁度、瓦礫の山から起き上がってきた黒龍王と向き合うように立つ。

 今の黒龍王はアンデッドのため、喋ることは出来ないようだが、どこか怒りのようなものを感じる。

 黒龍王の周りに十数の魔法陣が展開される。

 それは全て俺の方に向けられていて、明らかに俺を狙うつもりだろう。

 魔法陣からは闇の剣と雷の槍が創造され、合計十数本の剣と槍が俺へと放たれる。

 剣と槍は引き寄せられていくように、速さを上げて俺に向かって突き進む。

 しかし、俺には避けるつもりがない。

 いや、避ける必要がない・・・・・・・・

 黒龍王の闇の剣と雷の槍は全て俺に命中するが、ぶつかった瞬間に何もなかったかのように消え去る。

 実は魔法がぶつかる直前に、瞬間的に魔力を放出させ俺は魔法を相殺していた。

「……すごい」

 先ほどの場所でアカネの驚く声が聞こえる。

 アカネの周りには結界魔法を展開していて、念入りに守っているため、塵一つ入ることはないだろう。

 自覚があるほどに、今の俺は過保護になっている気がする。

 だが、何かあってからでは遅いのも事実。

 幸いアカネには気がつかれていないため、戦いが終わるまで黙っていよう。教えるつもりもないけどね。

 黒龍王は無傷の俺を見て一瞬だけ止まるが、再び魔法陣を展開し始める。

「次は俺の番です」

 そう言って俺は転移魔法で黒龍王の前まで来ると、自分を中心に逃げ切れないほどの巨大な魔法陣を地面に展開する。

 そこまでしなくても、黒龍王に逃げる暇はなかった。

「この規模は俺も初めて使います」

 途端、魔法陣から糸のように細く長い光の線が下から上へ、雨とは真逆な方向に降り始める。無数の光の線は次第にこの部屋を白一色に埋め尽くすほどの光へと変わる。

 俺とアカネには無害なため、眩しささえ感じない。

 これも魔法の力だ。

「ア゛ァァァあああ――――ッ!!!!」

 悲痛のような黒龍王の叫び声が響く。

 しかし、止める気はさらさらない。

 程なくして再び光は細い線へと変わっていき、魔法陣とともに消える。

 黒龍王は両手両膝をつき動けずにいる。

 その姿は不死アンデッド化という意味ではわかりやすく、白骨のみが残された姿だった。

「これで終わりです」

 俺は白骨となった黒龍王の頭部にそっと手を置く。



『無に還れ――――リ・ゼロ』



 終幕は息をするよりも早かった。

コメント

  • 黒眼鏡 洸

    293165様
     コメントありがとうございます!!
     異世界生活は始まらないので、ご安心を!

    0
  • ノベルバユーザー293165

    re:ゼロ!?

    1
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