魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

30 迷宮3――アカネの誓い

 私はユーリを追い越し、扉に向かって一心不乱に走り跳んだ。

 浮遊する足場は次々と崩れ去り、扉に近づける足場はわずかだった。

 それでも焦りはそれほどなく、魔獣としての本能が進むべき道を自ずと教えてくれる。

 しかし、扉が目前までに近づいた時、私に一瞬の油断が生まれた。

 迷宮はそんな私に容赦なく襲いかかる。

 最後の足場に足をつけたその時、氷の膜が砕けるよりも簡単に足場が砕け散った。

 あ――――

 私は翼を失った鳥のように、抗うことも出来ず落ちていく。

 闇へ吸い込まれるような感覚が、私の時間を緩やかに変える。頭の中は高速に回転しているのに、体が世界がゆっくりと動いている。

 ふと、こんな世界の中で唯一自由な私の頭はある日のことを思い出す。

 それはユーリと初めて出会った日。



 私は生きるために必死だった。

 森は強者のみが存在を許される場所で、力がない私には厳しすぎた。

 肉の匂いがした。

 誘われるように、その匂いへとフラフラと足を進める。

 私はその場所に着いてから、強い魔力をもつやつがいることに気がつくが、すでに手遅れだった。

 そいつは今までに見たこともない姿をしていた。

 目が合う。

 私は未知の恐怖にその身を一瞬にして縛られた。

 怖い、怖い、怖い……。

 しかし、生きることを諦めることだけは魔獣としての血が許さなかった。

 私はなけなしの威圧を込めて相手の眼を真っ直ぐに見る。

 そして、残りわずかな力で牙を剥き威嚇する。

 その眼に私は敵意と違う何かを感じる。

 不思議だった。

 殺気以外のものを向けられたことは一度もなかった。

 それなのに目の前にいるそいつは殺気など微塵も感じない。それどころか、好意にも似たものを感じた。

 直後、信じられないことが起きる。

 そいつは腰に下げていた肉を私に向かって投げてきたのだ。

 肉は私の目の前まで来ると、その濃厚な旨みが詰まった匂いを発する。

 だが、私はまだ警戒を解かない。

 お腹は暴れるように肉を欲しているが、今肉を食べてしまえば、隙ができてしまう。

「同情なんて烏滸おこがましいかもしれない。だけど……生き抜けよ」

 言っていることはその眼を見れば何となくわかった。

 そいつはゆっくりと立ち去り、そして私の前から完全にいなくなる。

 不思議な匂いがするやつだった。温かくて、まるでポカポカした日向のような匂いだ。

 ……また会えるかな?

 私は木漏れ日が暖かいその場所で、ゆっくりと美味しい肉を頬張った。



 それから、一緒に魔獣を倒して、ユーリの血(すっごく美味しい)を吸って、契約を結んでユーリの使い魔になって……ユーリとたくさんの冒険をした。

 どれも楽しかった……本当に楽しかった。

 まだまだユーリと冒険したい。

 まだまだユーリと一緒にいたい。

 ――――ユーリーマスター



 その時、私を温かい匂いが包み込み、そして一瞬にして私は扉まで飛ばされる。

 見れば、私がいたところには代わりにユーリがいた。

 ユーリは満足そうな笑顔を私に向ける。

『頼むぞ、アカネ』

 そう聞こえた気がした。

 世界が急速に動き始める。

 そして、私の頭はそれよりも高速に回転する。ユーリを助けるための答えを見つけ出すために。

 ユーリなら……

 最強の魔術師の思考をトレースするように、私の中で答えが導き出されていく。

 私はユーリの眼を真っ直ぐに見つめ、頭の中では1つの魔法をイメージする。

 召喚魔法。

 それは本来、契約主が使い魔を自分の元へと呼び出すための魔法だ。

 その力を逆に利用する。

 逆召喚魔法――――使い魔がマスターを召喚する魔法なら、この状況を打開できる。

 しかし、そんな魔法は存在しない。

 でも、やるしかない!

 迷うことなんてない。

 やるべきことは1つだ。

『私がユーリを助ける!』

 唯一救いなのは、扉の近くなら魔法がいつも通り使えることだ。

 魔力を一点に絞るように、ユーリと私を繋ぐ魔法けいやくに意識のすべてを向ける。

 いける!

 魔力は導かれるように、私の目の前に魔法陣を描く。

『リバースサモン!』

 きて……マスター。



『ただいま』

『おかえり、私のユーリマスター

 私は人化し、ユーリに抱きつく。

「おぉ! 危ないな……アカネ?」

「よかった……よかったよ」

「うん、ありがとな」

 私は自分に頬に伝うものに驚く。

 私……泣いてる。

 ユーリは少し驚いてから、直ぐに私の頭を温かい手で優しく撫でてくれる。

「よしよし、頑張ったな」

「ゆ゛ぅーり゛ぃー」

 私は思いっきり泣いた。大号泣だ。

 今まで泣いたことなんてなかった。

 それほどまでにユーリは私にとってなくてはならない存在なんだ。

 私は誓うことにした。

 私とユーリに対して。

「……私、最強の使い魔になるから」

 もう二度とユーリが危険な目に遭わないように、ユーリを守れるようになるために。

「おう!」

 ユーリは一度頷いて、太陽のような笑顔で私を見つめる。

 私はそれだけで、なぜか強くなれるような気がした。

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