魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

サイドストーリー6 零れ落ちる想い

「セレーナちゃん」

「なにー?」

 わたしを呼ぶ声が、大好きな人の大好きな声が聞こえる。

 跳ね上がる心を落ち着かせて、わたしはユーリくんの顔を見る。

 ユーリくんの顔を見ると胸のあたりがぎゅーと締め付けられる。でも、不思議と痛くはないの。

 そして、少し落ち着くと直ぐに分かった。

 今日も魔法のことかな?

 魔法が大好きなユーリくんの瞳を見れば、今も魔法のことしか見えていないことが丸分かりだ。

 だけど、そんなユーリくんのキラキラした目が好き。

 でも少しくらい、わたしのことも見て欲しいな……っなんちゃってね。

 わたしの王子様はニコニコと笑い、「見ててね」とだけ言ってわたしから少しだけ離れる。

 何をするのかな?

 わたしの興味はユーリくんから、すっかり魔法へとすり替わる。

 ユーリくんが見せてくれる魔法はいつもすごくて、ワクワクしてドキドキする。

「求めるは氷。氷の精よ、踊れ」 『スノーフェアリー』

 わたしとユーリくんの間に現れた魔法陣から、小石より少し大きいくらいの氷の結晶がいくつか浮かび上がる。

 その氷の結晶はクルクルと回った後、弾ける。

「わっ!」

「ふふっ」

「もう! ユーリくん…………わぁー」

 わたしはイタズラをされたと思ったけれど、それはいい意味で裏切られた。

 弾けて粉々になった結晶はその場でキラキラと輝きながら漂い、次第に“氷の妖精”へと変身してしまったのだ。

 妖精たちは、わたしの周りを踊るように飛び回る。

 妖精がわたしの頬に触れると、少しだけひんやりとした。

 しばらく妖精たちの踊りを見ていると、楽しい氷のショーも終わりを迎える。

 最後はわたしに手を振って、氷の妖精たちは消えてしまった。

「……終わっちゃったね」

「どうだった?」

「すっごく楽しかった! ユーリくん、ありがとうっ」

「うん!」

 わたしは興奮のあまりユーリくんに抱きついてしまう。

「せ、セレーナちゃん!?」

「ユーリくん、だーいすき!!」

「あ、あ、ありがとう」





 そして、記憶の再生がそこで終わる。





 ***





「ん、あさ……?」

 わたしはテーブルに伏していた顔を上げて、日が差す方を見る。

 どうやら、座ったまま寝てしまったらしい。

「ユーリくん……」

 ユーリくんが成龍の儀を始めてから、もう1ヶ月以上が過ぎた。

 確かに成龍の儀は厳しい試練であるため、簡単には達成することは出来ない……けれど、あのユーリくんがこんなに手こずるとは思えない。

 何か悪いことがあったのだろうか?

 わたしは胸を締め付ける“不安”という鎖がより強く、きつく締め付けていくのをただ受け入れるしかなかった。



 わたしはアーテルさんのもとへ出掛けた。

 誰かといなければ、わたしはどうにかなってしまいそうだったからだ。

「アーテルさん……」

「……セレーナ」

 アーテルさんの顔を見なくても、声だけで弱り切っていることがわかった。

 かける言葉が見つからない。

 思わず、自分の瞳から溢れそうになるものを必死に堪える。

 だめ。泣いちゃだめよ。わたしが泣いても何も変わらない。

 大丈夫。ユーリくんは大丈夫。

 きっと、昼寝をしてたら遅くなっちゃっただけ。

 美味しい木の実を見つけて、夢中になってるだけ。

「……絶対にユーリくんは帰ってくる」

「あぁ、そうだ」

アーテルさんおかあさん

「うん」

 直ぐに帰ってくるって言ってたのにな……わたしの王子様はのんびり屋さんなんだから。

 わたしはもう1人の母の胸の中で、少しだけ溢れる想いを零した。



 わたしたちは今、長に呼ばれたため巨樹の中にある長の家にいる。

 内容は知らされていない。

 あと、気になることが一つあった。

「なぜ、ボスくんがここに? それに様子が……」

「じじ様!」

 わたしは疑問でいっぱいだった。アーテルさんも同じだ。

 ボスくんは両手を縄で縛られ、床に膝をついて座っていた。

 その目には光がなかった。

「まず、儂はお前たちに謝らなきゃならん」

「……どうしてですか?」

「長として、集落に潜む悪を見抜けなかった……そこにいるボスはユーリを『終わりなき森』へと誘ったのだ」

「終わりなき森っ!? ……どうして」

 アーテルさんが悲痛な叫び声をあげた。

「終わりなき森とは何なんですか?」

 わたしはすかさず問う。

「終わりなき森とは…………」





 わたしはその日、絶望というものを知った――――

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